権利法NEWS

山梨 小沢 木理

 

 権利法をつくる会も実行委員会の一団体ですが、2012年11月10日、福岡で開催の「医療基本法制定に向けてのシンポジウム」に参加することができたので、そのシンポの成果と課題について、記憶が薄れないうちに感想を書き留めておこうと思います。

 シンポジウムの詳細については近いうちに「記録集」が出されると思いますので、それを読んでいただきたいと思います。また既に前号で竹花元弁護士が報告されていますので、ここではごくかいつまんでまとめます。

 「医療基本法」をテーマに福岡でシンポジウムを開催するにあたっては、特別に感慨深いものがありました。九州、それも博多という地域は権利法をつくる会の全体事務局があり、患者の権利オンブズマンをはじめさまざまな患者の権利をめぐる活動をされていた権利法をつくる会の初代事務局長であり九州・山口医療問題研究会の創始者のひとりでもある池永満弁護士の姿を背中に感じていたからです。(12月1日、池永満さんの訃報を知りました。とても無念で心痛みます。)

事務局長 小林洋二

 

11月10日、福岡のパピヨン24ガスホールで、第22回総会が開催されました。

小林から、議案書に沿ってこの一年間の患者の権利に関する動きを報告した後、現段階の情勢及び今後の方針に関する討議に入りました。

医療基本法については、昨年の総会で発表された「つくる会」世話人会の要綱案に続き、今年三月にはHーPACの要綱案が、また日本医師会医事法関係検討委員会の医療基本法草案を含む「『医療基本法』の制定に向けた具体的提言」が発表されました。四月の、患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会主催の勉強会「医療基本法の制定を 今こそ!」(「つくる会」共催)には各政党の国会議員が顔を並べ、九月には、民主党内に、有志議員による「医療基本法」について考える勉強会が発足するなど昨年に引き続き大きな前進がみられました。

当会の創立に深く関わり、初代事務局長を務め、日本における患者の権利運動を牽引しつづけてきた池永満弁護士が、本年12月1日午前2時21分、がんのため、逝去されました。

その最後の三年余りは、自身がその推進のために力を尽くしてきた「患者の権利」を、まさに自らが患者として実践する日々でした。

池永弁護士は、福岡県弁護士会会長を務めていた2009年秋、肝機能の悪化を指摘されて受けた精密検査で、悪性リンパ肝腫と指摘されました。既に進行していて治癒不能として、化学療法を勧められましたが、これを拒否し、食事療法により自己免疫力を高めるとして、会長職を終えてからは故郷の直方市に拠点を移し、毎朝のジョギングをこなすなど、体力強化に努めた結果、腫瘍は主治医が驚くほどに縮小しました。しかし、その後心筋梗塞の発作を起こして、カテーテル手術を受け、術後に消化管出血が見つかって胃がんが発見され、胃全摘手術を受けました。

 

 

事務局長 小林 洋二

 

九月二九日一三時から、東京の駿河台記念館で、今年度最後となる第五回の世話人会が開催されました。参加者は石井麦生・漆畑眞人・小沢木理・木下正一郎・久保井摂・小林洋二・鈴木利廣・高岡香・中村道子・藤井信子(五十音順・敬称略)の各氏。

医療基本法要綱案〜苦情申立権に関して

患者の権利オンブズマン東京から、八月二九日付で、「医療基本法に『患者の苦情調査申立権』を明記することを提案する意見書」をいただきました。提案の趣旨は、「患者は、自分の苦情について、徹底的に、公正に、効果的に、そして迅速に処理され、その結果について情報を提供される権利を有する」との一文を明記することを求めるものです。医療基本法要綱案世話人会案には、既にⅡの7「患者は、自分の権利が侵害され、あるいは尊重されていないと感じるときには、当該医療施設の開設者に対して苦情を申し立て、その解決を求めることができる」という条項が存在しますが、この条項に加えて、オンブズマン東京の提案する条項を新設すべきか否か、あるいはその趣旨を取り入れて改訂すべきか否かが議論されました。

 

 

福岡市 久保井 摂

 

 7月21日午後一時から日本医療福祉生活協同組合連合会(略称「医療福祉生協連」)の本部に伺い、意見交換をしてきました。医療福祉生協連は、専務理事の藤谷さん、看護師の中村さん、組合員理事である中島さん、途中から副会長の藤原さんと、日野秀逸さんも同席されました。こちらの出席者は、石井麦生さん、小沢木理さん、木下正一郎さん、小林洋二さん、鈴木利廣さん、高岡香さん、中村道子さんと私という顔ぶれです。

 まずはじめに藤谷さんから、前身である医療生協は地域住民に医療を届けることを目的に設立されたこと、したがって、国民皆保険成立を受けてその役割は終わったとも言われていたが、改めてまち全体を健康にする、健康づくり・まちづくりを目標とする組織として自己規定して活動してきたこと、その中で、1991年に、当時としては先進的な「患者の権利章典」発表に至ったこと、当時は医師の大多数は三分間診療の中でただでさえ患者に怒られているのに、とか、がんの患者に告知して自殺されでもしたらどうするのか、と反対だったこと、しかし「権利章典」の採択により住民の医療への「参加と協同」の取り組みが具体的に追求されるようになり、カルテ開示、患者満足度評価、事業所利用委員会、倫理委員会など他の医療機関に先んじ、あるいは他にはみられない様々な実践に取り組むようになり、活動と事業の質が大きく変わってきたことが実感を持って語られました。

 

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