患者の諸権利を定める法律案要綱
患者の諸権利を定める法律案要綱
1991年7月30日 発表
1993年11月1日一部改訂
2001年9月30日一部改訂
2004年10月17日一部改定
前 文
すべての人は自己および家族の健康および福祉に十分な生活水準を保持し、到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利を有している(世界人権宣言、国際人権規約)。
日本国憲法は、生命、身体、自由および幸福追求に対する国民の権利について最大の尊重を表明するとともに、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することを確認し、国が、すべての生活部面において社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進につとめるべき義務を有することを宣明した。
医療は、人々の健康に生きる権利の実現に奉仕するものであり、何よりも人間の尊厳を旨とし、科学性安全性をそなえるとともに、患者の主体性を尊重し、できる限り開かれたものでなければならない。
わが国は、世界有数の経済力を持ちながら、医療、福祉、保健等の水準は決して満足しうるものではなく、また、ある面では高い医療技術を有するにもかかわらず、国民の医療に対する不信感は根強いものがある。
わが国において、開かれた医療と人間的な福祉社会をつくりあげる上で、医療における患者の諸権利を法律をもって確認し、医療において健康権や自己決定権を尊重する制度的な条件を整えることは極めて重要な意義をもっている。
よって、ここに患者の諸権利に関する基本法を定める。
- 1 医療における基本権
- (a)(医療に対する参加権)
- すべて人は、医療政策の立案から医療提供の現場に至るまであらゆるレベルにおいて、医療に対し参加する権利を有する。
- (b)(知る権利と学習権)
- すべて人は、自らの生命、身体、健康などにかかわる状況を正しく理解し、最善の選択をなしうるために、必要なすべての医療情報を知り、かつ学習する権利を有する。
- (c)(最善の医療を受ける権利)
- すべての人は、経済的負担能力にかかわりなく、その必要に応じて、最善の医療を受けることができる。
- (d)(安全な医療を受ける権利)
- すべて人は、安全な医療を受けることができる。
- (e)(平等な医療を受ける権利)
- すべて人は、政治的、社会的、経済的地位や人種、国籍、宗教、信条、年齢、性別、疾病の種類などにかかわりなく、等しく最善の医療をうけることができる。
- (f)(医療における自己決定権)
- すべて人は、十分な情報提供とわかりやすい説明を受け、自らの納得と自由な意思にもとづき自分の受ける医療行為に同意し、選択し、或いは拒否する権利を有する。
- (g)(病気及び障害による差別を受けない権利)
- すべて人は、病気又は障害を理由として差別されない。
- 2 国および地方自治体の義務
- (a)(権利の周知と患者を援助する義務)
- 国および地方自治体は、ひろく国民および地域住民に対し、又、医療機関および医療従事者に対して、本法に定める患者の諸権利につき周知させるために学校教育を含め必要な具体的措置をとるとともに、患者自身がその権利を十分行使しうるよう、すべての市町村に一定数の患者の権利擁護委員をおいて患者・家族からの苦情相談を受け、医療機関との対話の促進を含め苦情が迅速かつ適切に解決するよう援助しなければならない。
- (b)(医療施設等を整備する義務)
- 国および地方自治体は、国民および地域住民が等しく最善かつ安全な医療を享受するために、必要かつ十分な医療施設等の人的、物的体制を整備し、かつ、医療水準の向上のため適切な措置を講じなければならない。
- (c)(医療保障制度を充実する義務)
- 国および地方自治体は、国民および地域住民がいつでもどこでも経済的負担能力に関わりなく最善かつ安全な医療を受けることができるように、又、医療機関および医療従事者が最善かつ安全な医療を提供しうるように医療保障制度を充実させなければならない。
- (d)(病気及び障害による差別を撤廃する義務)
- 病気又は障害を理由とするあらゆる差別は禁止され、撤廃されねばならない。
- 3 医療機関および医療従事者の義務
- (a)(誠実に医療を提供する義務)
- 医療機関および医療従事者は、患者の人格の尊厳と健康に生きる権利を尊重し、患者との信頼関係を確立保持し、誠実に最善かつ安全な医療を提供しなければならない。
- (b)(患者の権利を擁護する義務)
- 医療機関および医療従事者は、常に患者が有する精神的、肉体的負担等に配慮しつつ、率先して患者の自律権と正義を保証し、もしくは回復するために適切な手段を講じて、常に患者の権利を尊重し、これを擁護しなければならない。
- (c)(医療従事者としての研鑽義務)
- 医師、歯科医師、看護師、薬剤師等すべての医療従事者は、それぞれに付与された法律上の資格と倫理基準にふさわしい能力と品性を保持し、その向上のため絶えず研鑽しなければならない。
- (d)(医療事故における誠実対応義務)
- 医療機関および医療従事者は、医療行為によって患者に被害が生じた場合、患者本人・家族・遺族に対して誠実に対応しなければならない。
前項の場合、医療機関および医療従事者は、医療被害の原因の究明に努め、患者・家族・遺族に対し、責任の有無を明らかにして十分な説明を行うとともに、再発防止の措置を講じなければならない。
- 4 患者の権利各則
- (a)(自己決定権)
- 患者は、医師および医療医療従事者の誠意ある説明、助言、協力、指導などを得たうえで、自由な意思にもとづき、診療、検査、投薬、手術その他の医療行為に同意し、選択し、或いはそれを拒否することができる。
- (b)(説明および報告を受ける権利)
-
(1) 患者は、医師およびその他の医療従事者から、自己に対する医療行為の目的、方法、危険性、予後、選択しうる他の治療手段、担当する医療従事者の氏名、経歴、自己に対してなされた治療、検査の結果などにつき、十分に理解できるまで説明と報告を受けることができる。
(2) 患者は医療機関あるいは医療従事者に対して、自己の治療経過に関する要約的文書(サマリー)の作成・交付を求めることができる。
- (c)(インフォームド・コンセントの方式、手続)
- (1) 患者および医療従事者は、医療行為に関する説明と同意につき、書面により行うことを求めることができる。
(2) 患者が疾病・未成熟等を原因として、医療行為に関する説明、報告を理解し、或いは同意・選択・拒否する能力が欠如している場合は、患者に代わって患者の最善の利益を代弁することのできる法律上の権限を有する者を患者の代理人とする。 - (d)(医療機関を選択する権利と転医・退院を強制されない権利)
- 患者は、医療機関を選択し、転医することができ、又、自己の意思に反する転医や入退院を強制されない。
患者は、いつでも転医に必要な情報を受ける権利を有する。 - (e)(セカンド・オピニオンを得る権利)
- 患者は、自己に対する医療行為に関し、必要と考える場合には、いつでも同一医療機関の別の医療従事者、或いは、他の医療機関の医療従事者からの意見を求めることができる。
- (f)(医療記録の閲覧謄写請求権)
- 患者は、医療機関が有している自己の医療記録(カルテ等)を閲覧し、或いはその写しの交付を求めることができる。
- (g)(証明書等の交付請求権)
- 患者およびその遺族は、医療機関および医療従事者に対し、患者に関する診断、投薬、手術、入院、通院と治療の経過および結果、医療費の明細、出生、死亡などの事実を証明する書面の交付を求めることができる。
- (h)(個人情報を保護される権利)
- 患者は、診療過程において医療機関および医療従事者が取得した自己の個人情報を保護され、事前の同意なくして、或いは自己に対する治療目的以外で第三者に開示されない。
- (i)(快適な施設環境と在宅医療および私生活を保障される権利)
- 患者は、快適な施設環境の中で、或いは在宅において、最善かつ安全な医療を受け、可能な限り通常の社会生活に参加し、或いは通常の私生活を営む権利を有する。
- (j)(不当な拘束や虐待を受けない権利)
- 患者は、不当な拘束や虐待を受けない権利を有する。
- (k)(試験研究や特殊な医療における権利)
- 患者は、試験・研究に参加せず、或いは一般化していない特殊な医療を拒否することができ、そのことによって如何なる不利益扱いも受けない。
患者が試験・研究に参加し、或いは特殊な医療を受けるに際しては、その目的、危険性、予後、担当する研究者或いは医療従事者の氏名、資格、経歴等につき、書面による十分な説明を受け、かつ書面による同意を与えなければならず、又、患者はいつでも自己の同意を撤回することができる。 - (l)(医療被害の救済を受ける権利)
- 患者に医療行為による被害が生じた場合、患者本人・家族・相続人は、迅速かつ適切な救済を受ける権利を有する。
- (m)(苦情調査申立権)
- 患者は自分の権利が侵害され、あるいは尊重されていないと感じるときは何時でも当該医療機関に対して苦情を申し立て、必要な場合には患者の権利委員会における調査を経たうえで、迅速な回答を得る権利を有する。
- 5 患者の権利擁護システム
- (a)(権利の公示制度)
- 患者は、受診する医療機関に対し、患者の諸権利について記した書面の交付を求めることができる。
医療機関は、本法に定める患者の諸権利を具体的に行使する手続等(申立窓口を含む)につき施設内に公示しなければならない。 - (b)(患者の権利支援担当者等)
- すべての医療機関は、施設内において患者の権利擁護に関する業務に従事する患者の権利支援担当者をおくとともに、施設代表・患者代表および第三者委員からなる患者の権利委員会を設置して日常的に患者・家族からの苦情を受け付け、苦情の原因を迅速に調査し改善策を協議するなど、可能な限り対話を通じて患者の意見や苦情が適切に解決されるよう努力しなければならない。
- (c)(患者の権利審査会)
- 患者およびその家族、或いは法律上患者に代わって意思表明をなしうる者、又は法律上の保護義務を有する者は、医療機関および医療従事者による権利の侵害がある時、或いは当該医療機関が行った措置につき不満がある場合(苦情申立に対して2ヶ月を経ても回答が出されない場合を含む)、患者の権利審査会に対し、権利侵害の排除、或いは自己が求める権利の実現および公平な紛争の処理を求めて、審査の申立を行うことができる。
地方自治体は、郡又は市の段階および都道府県の段階において、それぞれ患者の権利審査会を設置しなければならない。
患者の権利審査会には、患者(団体)、住民代表、弁護士、医療従事者を含み、かつ医療従事者が半数を超えないものとし、その構成および運営については政令で定める。 - (d)(審査および制裁手続と裁判の関係)
- 患者の権利審査会は、必要があると認める場合は、当該医療機関および医療従事者に対して、口頭や文書による報告、医療記録等の提出を求めた上で審査し、具体的に採るべき措置につき勧告し、或いは権利侵害の事実につき公表することができる。
患者の権利審査会に対する申立および審査は別に裁判を起こすことを妨げない。