権利法資料集

欧州評議会患者の権利条約

生物学及び医療の適用における人権及び人間の尊厳の擁護のための条約

1996年11月ストラスブール
1996年11月19日関係理事会採択

前文

欧州評議会の加盟国及び調印する他の諸国とヨーロッパ共同体はここに、
1948年12月10日に国連総会において宣言された世界人権宣言
1950年11月4日の人権及び基本的自由の擁護に関する条約
1961年10月8日のヨーロッパ社会憲章
1966年12月16日の市民的及び政治的権利に関する国際規約及び経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約
1981年1月28日の個人情報の電算処理における個人の保護に関する条約
1989年11月20日の子どもの権利条約
を念頭に置きながら
欧州評議会の目的が加盟国間のより広範な統一の達成にあること及びその目的を追求する手段のひとつは人権及び基本的自由を維持し、より一層実現していくことであることを考慮し
生物学及び医学の急激な発展を認識し
個人としても人類の1構成員としても人間を尊重することの必要性を確認し、人間の尊厳を保障することの重要性を認識し
生物学及び医学の誤用は人間の尊厳を危険にさらすものとなることを認識し
生物学及び医学の発展は現世代及び未来の世代の利益のために利用されるべきであることを確認し、
すべての人類が生物学及び医学の利益を享受できるようになるためには国際的な協力が必要であることを強調し
生物学及び医学の適用とその結果に関する問題について、公的な議論を促進することの重要性を認識し
社会の全構成員に自分の権利と責任の認識をうながすことを願い
生命倫理条約の準備のためになされた1991年の1160勧告を含むこの領域における議会の活動を念頭に置きながら
生物学及び医学の適用における人間の尊厳及び個人の基本的人権と自由を守るために、これらの方策を採用することが必要であることを確認し
以下のように合意した。

第1章

総則
1条(目的及び対象)
この条約参加国はすべての人の尊厳と同一性を擁護し、すべての人に差別なく生物学及び医学の適用に関して人格の不可侵その他の権利及び基本的自由を保障する。
各当事国はこの条約の各規定を有効にするために必要な方策をそれぞれの国内法において定める。
2条(個人の優越)
個人の利益及び福祉は、社会あるいは科学の利益より優先されなければならない。
3条(ヘルスケアへの公平なアクセス)
当事国は保健の必要性とこれにあてうる資源を検討して、各法律制度において十分な質のヘルスケアへの公平なアクセスを保障するために、適切な手段を講じるべきである。
4条(プロフェッショナル・スタンダード)
研究を含め保健領域のあらゆる侵襲的行為は専門家の適切な義務及び基準に基づいて実施されなければならない。

第2章

コンセント
5条(総則)
保健領域の侵襲的行為は、本人の自由かつ十分な情報提供を受けた上でのコンセントがなされた後にのみ、実施できる。
この場合本人は、事前に当該侵襲行為の目的及び性質のみならずその予測される結果や危険性についても十分な情報を提供されるべきである。
この本人は何時でも自由にコンセントを撤回できる。
6条(コンセントする能力のない者の擁護)
  1. コンセントをなしうる能力のない者に対する侵襲的行為は、17条及び20条に基づき、本人の直接的利益のためにのみなしうる。
  2. 法律により未成年者がある侵襲的行為に関してコンセントをなす能力を持たないとされる場合、侵襲的行為は本人の親族もしくは法律によって定められている授権者、故人あるいは機関からの授権がある場合にのみなしうる。
    1. 未成年者の意見は、その年齢及び成熟度に照らした本人の決定能力に応じて考慮されるべきである。
  3. 法律により精神障害、疾病その他の理由により成人がコンセントする能力を持たないとされる場合、侵襲的行為は本人の親族もしくは法律によって規定された代理人又は代理機関の授権がある場合にのみなしうる。
    1. この場合、本人ができる限り決定手続に参加するようにしなければならない。
  4. 2項及び3項に言及した代理人、授権者、個人もしくは機関は、5条に規定されている情報を同条とおなじ条件で提供されるべきである。
  5. 2項及び3項の基底に基づきなされた授権は本人の最善の利益のためにいつでも撤回されうる。
7条(精神障害者の擁護)
重篤な精神障害をもつ者については、法律によって定められた監督、管理及び不服申立手続などを含む権利擁護条件に基づき、当該処置がなされなければ本人の健康に深刻な危害が生じる可能性のある場合に限って、本人のコンセントなくして、精神障害の治療のための処置を行うことが許される。
8条(救急時)
緊急事態のために適切なコンセントが得られない場合には、当該個人の健康上の利益のため医療的に必要とされる侵襲行為を直ちに実施することができる。
9条(事前に表明されていた希望)
当該侵襲行為がなされる際に意思表明ができる状態にない患者が、事前に医的侵襲行為に関する希望を表明していた場合は、その意思は考慮されるべきである。

第3章

私生活及び情報に対する権利
10条(私生活及び情報に対する権利)
  1. すべて人は自分の健康に関する情報について、私生活を尊重される権利を有する。
  2. すべて人は自分の健康に関して収集された情報を知る権利を有する。しかし情報の提供を受けたくないという個人の希望もかなえられるべきである。
  3. 例外的な場合には、患者の利益のために2項の権利の行使が法律によって制限される場合がありうる。

第4章

ヒトゲノム
11条(差別の禁止)
いかなる形態においても遺伝的素質を理由として個人を差別することは禁じられる。
12条(予防的な遺伝子診断)
遺伝病を予測するため、もしくはある疾病の原因となる遺伝子のキャリアか否かを識別するため、またはある疾病になりやすい遺伝的素質や疑いがあるかどうかを明らかにするための検査は、健康を目的としている場合か健康を目的とする科学的研究の場合でなければ実施が許されず、その場合は適切な遺伝的助言にしたがわなければならない。
13条(ヒトゲノムへの侵襲)
ヒトゲノムを変更する目的の侵襲行為は、予防的、診断的、または治療的な目的による場合で、子孫のゲノムに変更をもたらすことを目的としない場合にのみ許される。
14条(性選別の禁止)
性別に関係する深刻な疾病を回避する場合を除き、生殖技術を子どもの性別を選択する目的により利用することは許されない。

第5章

科学研究
15条(総則)
生物学及び医学の領域における科学的研究は、本条約その他の法令が定める個人の擁護を保障する規定を遵守することにより、自由になされうる。
16条(被験者の擁護)
  1. 人に対する実験は次のすべての条件が整っている場合にのみなしうる。
  2. 人に対する実験について同等の効果を持つ他の方法がない場合
  3. 被験者に生じうるリスクが実験の潜在的な利益と不均衡をきたしていない場合
  4. 実験計画がその科学的な利益(その実験の目的の重要性の評価を含む)について評価する能力を持った機関の独立した検証により認可され、その倫理的妥当性について学際的なレビューがなされていること
  5. 被験者が自分の権利及び被験者を擁護する法律の保護規定について十分な情報を提供されていること
  6. 5条に規定されているような必要的コンセントが明示的に、個別に、書面により提供されていること。このようなコンセントはいつでも自由に撤回することができる。
17条(実験に対するコンセントの能力がない人の保護)
  1. 5条の基底により要求されているコンセントをする能力がない者に対する実験は、以下のすべての条件が整っている場合にのみなしうる。
    1. 16条iないしivに定めている条件が充足されていること
    2. 実験の結果が被験者に現実かつ直接の利益をもたらす見込みがあること
    3. 同等の有効性をもつ研究が、コンセント能力のある者に対しては実施できないこと
    4. 6条に規定した必要的授権が具体的に、かつ書面でなされていること
    5. 被験者が反対がしないこと
  2. 例外的に、かつ法律に規定された保護の要件の下において、被験者の健康に直接の利益をもたらす可能性がない研究は、上記1項i、iii、iv、v号、及び以下の付加的要件を満たす場合においては実施が許される場合がある。
    1. 当該実験が、当該個人の状況、疾病及び障害に対する科学的理解を突き詰めることにより、被験者もしくは被験者と同年代の者または同一疾病もしくは障害を負っている者または同一条件の者に利益を与えうる結果の最大限の獲得に貢献することを目的としている場合
    2. 当該実験が被験者に対し最小限の危険及び最小限の負担にのみ止まる場合
18条(試験管内の胚子に対する実験)
  1. 法律が試験管内の胚子に対する実験を認める場合は、胚子の適切な保護を保障しなければならない。
  2. 実験目的による人の胚子の生成は禁止される。

第6章

移植目的による生存ドナーからの臓器及び組織の摘出
19条(総則)
  1. 移植目的による生存者からの臓器もしくは組織の摘出は、レシピエントの治療目的のため、死者から摘出した臓器又は組織では適応せず、かつ同等の効果を持った他の治療方法がない場合にのみ実施されうる。
  2. 5条に規定された必要的コンセントは書面によりもしくは公的機関の面前で明示かつ具体的になされるべきである。
20条(臓器の摘出についてコンセントすることができない者の擁護)
  1. 5条に定めるコンセントをする能力のない者から臓器や組織を摘出することは許されない。
  2. コンセントをする能力がない者からの再生能力のある組織の摘出は、以下の条件が整っている場合には、例外的にかつ法律に定められた権利擁護条件に基づいて、許される
    1. コンセント能力のある適合的なドナーがいないこと
    2. レシピエントが当該ドナーの兄弟であること
    3. 組織の提供がレシピエントの生命を救う見込みがあること
    4. 6条2項及び3項に規定された授権が、具体的かつ書面により法律と権限ある機関の承認にもとづいてなされていること
    5. 当該ドナー候補者が反対していないこと

第7章

人体の一部を有償で取得及び処分することの禁止
21条(有償譲渡の禁止)
人体及びその一部は経済的利益を生じさせるようなものであってはならない。
22条(人体から摘出された一部の処分)
医的侵襲行為の過程において摘出された人体の一部は、これが適切な情報とコンセントの手続にそってなされた場合にのみ、これを保管し他の目的で利用することができる。

第8章

本条約条項の違反
23条(権利又は原則の違反)
締約国は短期間のうちに、本条約が規定した権利及び原則の違法な侵害を予防しまたはこれをやめさせるため、適切な法律による擁護手段を整備すべきである。
24条(不当な損害に対する補償)
医的侵襲に起因する不当な損害を被った者は法律に規定された条件及び手続に基づいて公平な補償を受けることができる。
25条(制裁)
締約国は本条約に含まれる規定違反が生じた場合の適切な制裁を定めるべきである。

第9章

本条約と他の規定の関係
26条(権利行使の制限)
  1. 本条約に含まれる権利及び権利擁護規定の行使は、法律による定めがあり、かつ民主主義社会において、公共の安全のため、犯罪を防止するため、公衆衛生を守るため、または他の者の権利及び自由を守るために必要な場合にのみ制約を受ける。
  2. 前項の規定によっても11、13、14、16、17、19、20、21条は制約されない。
27条(更なる保護)
本条約の規定は締約国が生物学及び医学の適用に関し、本条約に定める以上に広範な権利擁護の手段をとることを制限しまたは影響を与えるものではない。

第10章

開かれた討論
28条(開かれた討論)
本条約の締約国は、生物学と医学の発展により生じる基本的な問題は、特にこれと関係のある医療的、社会的、経済的、倫理的及び法的手段などについては、公の場で議論されるべきであり、その適用可能性は適切な協議の対象となるものであることを認識すべきである。

第11章

条約の解釈とフォローアップ
29条(条約の解釈)
ヨーロッパ人権裁判所は、審理中の具体的な事件手続に直接関連することなく、本条約の解釈に関する法的な問題について下記の求めに応じて助言的意見を提供できる。
-締約国の政府が、他の締約国に情報を提供した後に求める場合
-32条に基づいて設立された本条約の締約国の代表者からなる委員会が、3分の2以上の投票により採択した決定により求める場合
30条(本条約の適用に関する報告)
欧州評議会の事務総長から要求された場合、各締約国は、本条約の規定の効果的な履行を保障する国内法の状況についての説明を準備しなければならない。

第12章

議定書
31条(議定書)
議定書は、特定の領域において本条約に定められた原則を発展させる目的で32条を実行することで締結される。
議定書は本条約の署名国が自由に署名できるものである。署名国は議定書の批准、受理、承認にしたがう。署名国は、それに先だってもしくは同時に本条約を批准、受理又は承認しなければ、議定書を批准、受理もしくは承認することができない。

第12章

本条約の改正
32条(条約の改正)
  1. 本条及び29条にある委員会に割り当てられた業務は、生命倫理に関する運営委員会(CDBI)または閣僚理事会によりそのために任命された他の委員会によりなされる。
  2. 29条の特定の規定の予断なく、欧州評議会の各構成国家は欧州評議会のメンバーではない本条約の各締約国と同様に、本条約により委員会に割り当てられた業務を委員会が実行しようとする場合、委員会に代表を送り、1票を投じることができる。
  3. 33条に言及された又は34条の規定に関連して条約に同意するよう誘われた本条約の当事者ではない各国家は、委員会にオブザーバーとして代表者を送りうる。ヨーロッパ共同体が締約国でない場合には、委員会にオブザーバーとして代表者を送ることができる。
  4. 科学の発展を監視するため、本条約は委員会を通じて施行から5年以内に検証され、その後も委員会が決定した期間ごとに検証される。
  5. 締約国、委員会、または閣僚理事会による本条約の改正に関するあらゆる提案、および議定書の提案または議定書の修正の提案は、欧州評議会の事務総長に伝えられ、彼から欧州評議会の構成国家、ヨーロッパ共同体、あらゆる署名者、あらゆる本条約に招かれた国家に、33条に基づいて伝えられ34条に基づいてこれを受け入れるあらゆる国家に送付される。
  6. 委員会は5項に基づいて事務総長が送付して2ヶ月以上経過した後でなければ提案について調査することができない。委員会は閣僚理事会の3分の2以上の多数による可決により採用されたテキストにしたがわなければならない。可決後は、このテキストは批准、受諾、承認のため、加盟国に送付される。
  7. あらゆる改正は、それをすでに受諾している加盟国について、少なくとも欧州評議会に加盟している4カ国を含む5加盟国が事務総長に受諾の事実を知らせたときから1か月の期間を満了した日から発効する。
これ以降に受諾する加盟国に関しては、当該加盟国が受諾を事務総長に通知したときから1か月の期間を満了した日に発効する。

第14章

結語
33条(署名、批准、発効)
  1. この条約は、欧州評議会加盟国、条約の作成に参加した非加盟国、ヨーロッパ共同体ーにおいて自由に署名できる。
  2. この条約は、批准、受諾、可決にしたがう。批准、受諾、可決の文書は欧州評議会の事務総長に送付される。
  3. この条約は、本条第二項の規定にしたがって、少なくとも欧州評議会の4構成国家を含む5つの国が同意を表明した日から三ヶ月の期間を満了したのちの月の最初の日に効力を生じる。
  4. 後続的に同意を表明した締約国については、本条約は批准、受諾、承認の署名をしたときから三ヶ月を経過した後の月の最初の日に発効する。
34条(非加盟国)
  1. 本条約が発効した後は、欧州評議会の閣僚理事会は、加盟国による話し合いの上、欧州評議会非加盟国に対し、欧州評議会規則20条d項に規定された多数決および閣僚理事会に出席する資格のある協約国の代表者の全員一致によりこの条約に加盟するよう勧誘することができる。
  2. 後に加盟する国に関しては、この条約は欧州評議会事務総長に加盟の書類が届いた時から3か月の期間を満了した後の月の最初の日に効力を生じる。
35条(管轄)
  1. 署名国は、署名をしたとき又はその改訂、受諾、承認の書類が送達された時点において、この条約が適用される領域を明らかにすることができる。署名国以外の国家は、加盟の書類が送達された時点で同様の宣言をなすことができる。
  2. 加盟国は、いつでも、欧州評議会事務総長にあてた宣言により、この条約の適用を右宣言において特定するいかなる領域にも、広げることができ、当該宣言が責任のある国際的関係のある者または当該宣言により保障を受ける資格のある者に適用を広げることができる。
  3. 前2項に基づく宣言は、そのような宣言において特定される領域に関して、事務総長に対する通知によって撤回することができる。この撤回は当該通知を事務総長が受領した日から3か月の期間を満了した後の月の最初の日に効力を生じる。
36条(留保条項)
  1. あらゆる国家及びヨーロッパ共同体は、この条約に署名しまたはその改正を受け入れる場合には、その管轄に適用される法律の規定に合致しない範囲の条約条項については、留保することができる。本条の下では、一般条項の留保は許されない。
  2. 本条による留保は関連する法律について手短な説明を含むものでなければならない。
  3. この条約の適用を35条2項に定める宣言で明らかにした領域に広げている加盟国は、当該領域に関して前項の規定に従って留保することができる。
  4. 本条で述べた留保をなした加盟国は、欧州評議会の事務総長にあてた宣言によりその留保を撤回できる。この撤回は事務総長が宣言を受領した日から3か月の期間を満了した後の月の初日に効力を生じる。
37項(廃棄通告)
  1. 加盟国は欧州評議会の事務総長にあてた通告によりこの条約をいつでも廃棄しうる。
  2. 前項の廃棄通告は事務総長が通告を受領した日から3か月の期間を満了した後の月の初日に効力を生じる。
34条(非加盟国)
欧州評議会の事務総長は、この条約に加盟している国家、ヨーロッパ共同体、あらゆる署名者、当事者その他この条約に招かれて参加した国家に対し、次の事項を通知する。
  1. 署名
  2. 改正、受諾、承認または参加の受け入れ
  3. 33条または34条の関係におけるこの条約の発効日
  4. 32条にしたがってなされた改訂や議定書およびかかる改訂や議定書の発効日
  5. 35条に基づいてなされたあらゆる宣言
  6. 36条に基づいてなされた留保および留保の撤回
  7. この条約に関係するあらゆる法律、通知、協議

以下に署名する者の立会の下、正式に授権あるものとしてこの条約に署名した。

○○月○○日、英語とフランス語によって締結された。これは双方のテキストを正本として写し1通を欧州評議会文書局に送付する。欧州評議会事務総長は、欧州評議会加盟各国、ヨーロッパ共同体、この条約の遂行に参加した非加盟国およびこの条約に参加したあらゆる国家に、公証された写しを送付する。

(仮訳 久保井摂)