私たちが目指す権利法の法律案

医療基本法要綱案世話人会案

2011年10月1日 患者の権利法をつくる会世話人会(2013年9月20日改訂版)

前文

日本国憲法は、生命、自由、および幸福追求に対する国民の権利について最大の尊重をすべきことを表明するとともに、すべての国民が、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有することを確認し、国が、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めるべきことを明らかにしている。医療は、人々の幸福追求権と生存権の実現に必要不可欠なものであり、医療制度は、それらの基本的人権を擁護するためにある。
我が国は1961年以来国民皆保険制を採用し、医療を受ける権利の保障に努めてきた。患者の自己決定権に関しても、国民にひろく認識され、インフォームド・コンセントの実践も普及しつつある。しかし、重大な医療事故の多発、繰り返される薬害等により国民の医療に対する信頼は大きく揺らぎ、またその一方では、社会構造の変化による所得格差や地域的条件あるいは診療科における医療供給体制の不足等により、医療を受ける権利自体が脅かされ、医療の選択にかかる自己決定権も空洞化する状況が指摘されている。

このような状況を克服し、患者の自己決定権の尊重を含めた最善かつ安全な医療を、すべての人が必要な時に受けられる医療制度を確立するためには、国・地方公共団体や医療の提供にあたる者のみならず、医薬品、医療機器等の産業、医療保険の保険者等医療に関わる全てのステークホルダーが、そしてまた国民自身が、医療の基本理念に立ち返り、それぞれの責務を果たしていくことが求められる。
以上の目的により、すべての医療関係諸法規の整理・整備をはかるための基本法として、この法律を定めるものである。

Ⅰ. 総則

1 目的

この法律は、医療に関する基本理念を定め、基本的人権としての患者の権利並びに国、地方公共団体、医療施設開設者、医療従事者(医療職及び福祉職を含む)、事業者、保険者及び国民の責務等を明らかにし、もって、日本国憲法に定める生存権及び幸福追求権の実現に資することを目的とする。

2 医療の基本理念
  1. 医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、患者が肉体的、精神的かつ社会的に良好な状態にあることを目指して行われなければならない。
  2. 医療は、健康の増進と維持、疾病の予防、診断、治療、ケア及びリハビリテーションを含むものであり、患者と医療従事者との相互理解と信頼に基づいて行われなければならない。
  3. 医療は、人の生命及び健康並びに基本的人権に直接かかわるものであることに鑑み、高度の公共性が確保されねばならない。
3 医療における基本的人権
  1. すべて人は、その経済的負担能力、政治的、社会的地位や、人種、国籍、宗教、信条、年齢、性別、疾病の種類等に関わりなく、最善かつ安全な医療を受ける権利を有する。
  2. すべて人は、医療行為を受けるか否かに関し、必要十分な情報を得た上で、同意あるいは拒否する権利を有する。
  3. すべて人は、医療政策の立案から医療提供の現場に至るまで、あらゆるレベルにおいて参加する権利を有する。
  4. すべて人は、自らの生命、身体、健康などにかかわる状況を正しく理解し、最善の選択をなし得るために必要なすべての医療情報を知り、かつ学習する権利を有する。
  5. すべて人は、病気または障碍を理由として差別されない。
4 国及び地方公共団体の基本的責務
  1. 国及び地方公共団体は、Ⅰ−2に定める医療の基本理念を実現し、Ⅰ−3に定める基本的人権を擁護しなければならない。
  2. 前項の目的を達するため、国及び地方公共団体は必要な関係法令の制定又は改廃を行うとともに、必要な財政上の措置を講じなければならない。
5 医療従事者の権限と責務

医療従事者はⅠ−3に定める基本的人権を擁護する権限を有し、責務を負う。

6 国民の責務
  1. 国民は、医療の公共性を踏まえ、その適正な利用に努めるものとする。
  2. 国民は、自らの健康状態を自覚し、健康の増進に努めるものとする。但し、病気や障碍を、この健康増進義務に違反した結果であると解釈してはならない。

Ⅱ 患者の権利及び責務

1 個人の尊重
  1. 患者は、自己の道徳的及び文化的価値観、並びに宗教的及び思想的信条を尊重される権利を有する。
  2. 患者は、快適な施設環境の中で、あるいは在宅において、最善かつ安全な医療を受け、可能な限り社会生活に参加し、私生活を営む権利を有する。
  3. こどもは、療養中であっても、教育を受ける権利、その年齢に相応しい遊び並びにレクリエーション的活動を行う権利及び文化的活動に参加する権利を有する。
2 自己情報に関する権利
  1. 患者は、診療過程において医療施設の開設者及び医療提供にあたる医療従事者が取得した自己の個人情報を保護され、法律に定める場合を除き、事前の同意なしで第三者に開示されない。
  2. 患者は、医療施設の管理者の保有する自己の医療記録(カルテ等)の閲覧及び写しの交付を求める権利を有する。
3 知る権利
  1. 患者は、医療従事者から、現症状とその原因、行おうとする治療の方法及び内容、当該治療方法を採用する理由、それによる危険性の程度、それを行った場合の改善の見込み、当該治療行為をしない場合の予後、選択しうる他の治療方法があればその内容と利害得失、予後、担当する医療従事者の氏名、資格、臨床経験、自己に対してなされた治療、検査の結果などにつき、十分に理解できるまで説明と報告を受ける権利を有する。
  2. 患者は、自己に対する医療行為に関し、同一医療施設の別の医療従事者、あるいは他の医療施設の医療従事者からの意見を求める権利を有する。
4 インフォームド・コンセント
  1. 患者は、医療従事者の誠意ある説明、助言、協力、指導などを得たうえで、自由な意思にもとづき、診療、検査、投薬、手術その他の医療行為に同意し、選択し、あるいはそれを拒否する権利を有する。
  2. 患者が疾病・未成熟等を原因として、医療行為に関する説明、報告を理解し、同意・選択・拒否する能力が欠如している場合は、患者に代わって患者の最善の利益を代弁することのできる法律上の権限を有する者を患者の代理人とする。
5 不当な拘束などの虐待を受けない権利
  1. 患者は、不当な身体拘束などの虐待を受けない権利を有する。
  2. 患者は、緊急かつ他に取り得る手段がないなどのやむを得ない場合であって、法に定める適正な手続に基づいた必要最小限度の範囲でなければ、身体拘束等自由を制限されない。
6 臨床試験における権利
  1. 患者は、臨床試験に参加しないことができ、そのことによって如何なる不利益な扱いも受けない。
  2. 患者が臨床試験に参加するに際しては、その目的、有効性、危険性、予後、担当する研究者あるいは医療従事者の氏名、資格、専門領域における経歴等につき、書面による十分な説明を受け、かつ書面による同意を与えなければならず、また、患者はいつでも自己の同意を撤回する権利を有する。
7 医療被害の救済を受ける権利

患者に医療行為による被害が生じた場合、患者本人・家族・相続人は、迅速かつ適切な救済を受ける権利を有する。

8 苦情の解決を求める権利

患者は、自分の権利が侵害され、あるいは尊重されていないと感じるときには、当該医療施設の開設者に対して苦情を申し立て、迅速かつ適切な調査及び解決を求める権利を有する。

9 患者の責務

患者は、医療従事者と協力して、最善、安全かつ効率的な医療が実現するよう努めるものとする。

Ⅲ 基本的施策と国及び地方公共団体の責務

1 医療保障制度の整備

国及び地方公共団体は、国民及び地域住民が、経済的負担能力にかかわりなく最善かつ安全な医療を受けることができるように、また、医療機関及び医療従事者が最善かつ安全な医療を提供しうるように、医療保障制度を整備しなければならない。

2 医療供給体制の整備
  1. 国及び地方公共団体は、国民及び地域住民が、その居住する地域にかかわらず、等しく最善かつ安全な医療を享受するために、必要かつ十分な医療施設等の人的、物的体制を整備し、かつ医療水準の確保のために適切な措置を講じなければならない。
  2. 国及び地方公共団体は、前項の目的を達するために必要かつ十分な医療従事者の養成及び確保に努めるとともに、それら医療従事者の資質の向上を図らねばならない。
3 療養環境の整備
  1. 国は、III1及び2の医療供給体制及び医療保障制度の整備を図るにあたって、医療と介護との連続性に十分配慮しなければならない。
  2. 国は、患者が安心して療養生活を送ることができるように、また、患者の家族が患者の療養生活に協力できるように、労働法制上の配慮を含む療養環境の整備に努めるものとする。
  3. 4 医療計画
    1. 国は、III1〜3の医療供給体制、医療保障制度及び療養環境の整備を図るため、医療基本計画を定め、公表しなければならない。
    2. 都道府県は、前項の医療基本計画に即し、かつ、地方の実情に応じて医療供給体制、医療保障制度及び療養環境の整備を図るため、地域医療計画を定め、公表しなければならない。
    3. 国及び都道府県は、医療基本計画及び地域医療計画を定めるにあたっては、医療の地域格差を解消し均てん化を実現するために相互に協議しなければならない。
    4. 国及び都道府県は、医療基本計画及び地域医療計画を定めるにあたっては、患者団体、医療施設団体、医療従事者団体等関係者の意見が十分反映されるよう適切な措置を講じなければならない。
    5 医療安全の確保
    1. 国及び地方公共団体は、医療の安全に関する情報の提供、研修の実施、意識の啓発そのほか医療安全確保のために必要な措置を講じなければならない。
    2. 国は医療事故の再発を防止するとともに、医療事故被害の迅速かつ適切な救済を実現するため、医療事故調査のための第三者機関を設置するなど必要な措置を講じなければならない。
    6 医薬品及び医療機器に関する国の責務
    1. 国は、医薬品及び医療機器に関する製造、輸入、販売の承認にあたっては、その安全性及び有効性に十分配慮するとともに、適正に使用されるよう必要な措置を講じなければならない。
    2. 国は、患者に必要な医薬品及び医療機器の供給状況に関して、必要な情報を収集し、安定供給が途絶えないために必要な措置をとるよう努めるものとする。
    7 医療に関する情報の提供

    国及び地方公共団体は、患者が医療施設の選択に関して必要な情報を得られるように適切な措置を講ずるよう努めるものとする。

    8 医療技術等の向上
    1. 国は、最善、安全かつ効率的な医療の実現のため、医療に関する研究及び技術の開発並びに医療技術に関する評価方法の開発の推進に努めるものとする。
    2. 臨床研究(疫学的研究等の非介入的研究を含む)については、被験者の尊厳、生命、健康、プライバシーの尊重を旨として、実施するために充たすべき要件及び必要な手続を別途法律によって定める。
    9 医療政策決定過程における民主性及び透明性の確保

    国及び地方公共団体は、医療施策の適切な策定及び実施に資するため、患者の意見を施策に反映し、当該施策の策定過程の民主性及び透明性を確保するための制度を整備する等必要な施策を講じなければならない。

    10 患者の権利擁護
    1. 国及び地方公共団体は、国民及び地域住民に対し、この法律に定める患者の権利保障を促進するため、学校教育を含め必要な措置をとるよう努めるものとする。
    2. 地方公共団体は、患者の権利擁護を図るため、患者の苦情を受け付け、医療提供者との対話の促進を含め、苦情が適切かつ迅速に解決するよう援助する機関を設置するなど必要な措置を講じなければならない。
    11 患者団体の活動の促進

    国及び地方公共団体は、患者の権利擁護及び医療の安全性の向上を図るため、患者団体の健全かつ自律的な活動を促進するよう基本方針を定め、必要な措置を講じなければならない。

Ⅳ 医療施設の開設者及び医療従事者の責務

1 医療施設の開設者及び医療従事者の基本的責務
  1. 医療施設の開設者及び医療従事者は、この法律に定める患者の権利を尊重、擁護し、誠実に最善かつ安全な医療を提供しなければならない。
  2. 医療施設の開設者は、当該施設内にⅡに定める患者の権利を公示する等、その権利擁護のために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
  3. 医療施設の開設者は、雇用する医療従事者の労働者としての権利を侵害してはならない。
  4. 医療従事者は、それぞれに付与された法律上の資格と倫理基準にふさわしい能力と品性を保持し、その向上のため絶えず研鑽するよう努めるとともに、I−3に定める基本的人権を擁護するよう努めるものとする。
2 医療安全の確保

医療施設の開設者は、医療の安全を確保するための指針の策定、医療従事者に対する研修の実施その他の当該医療施設における医療の安全を確保するための措置を講じなければならない。

3 医療に関する情報の提供

医療施設の開設者は、患者が医療施設の選択を適切に行うことができるように、当該医療施設が提供する医療について正確かつ適切な情報を提供するとともに、患者またはその家族からの相談に適切に応ずるよう努めるものとする。

4 結果報告義務
  1. 医療施設の開設者及び医療従事者は、患者の求めに応じて、診療経過及び結果を報告しなければならない。
  2. 患者が死亡した場合において、その相続人が当該患者の診療経過及び結果の報告を求めた場合、前項の規定を準用する。
  3. 前項において、相続人が被相続人たる患者の医療記録の開示を求めた場合、医療施設の開設者は、当該患者の生前の明示の意思表示に反しない限り、これに応じなければならない。
5 誠実対応義務

医療施設の開設者および医療従事者は、医療行為によって患者に被害が生じた場合、医療被害の原因の究明に努め、再発防止の措置を講じるとともに、患者・家族・遺族に対し、責任の有無を明らかにして十分な説明を行うなど、患者・家族・遺族に対して誠実に対応しなければならない。

6 患者の苦情の解決

医療施設の開設者は、当該施設に対する患者の苦情を解決するため適切な措置を講じなければならない。

V 医療に関するその他の関係者の責務及び関係諸団体の役割

1 医療施設団体及び医療従事者団体の役割
  1. 医療施設の団体は、各医療施設及びそこで医療の提供にあたる医療従事者が、IVに定める責務を果たすために遵守すべき倫理指針の作成の支援、医療政策に対する意見の表明等、I−2に定める基本理念の実現及びⅡに定める患者の権利を擁護するための健全かつ自主的な活動に努めるものとする。
  2. 医療従事者の団体は、各医療従事者が、IVに定める責務を果たすために遵守すべき倫理綱領の作成、医療政策に対する意見の表明等I−2に定める基本理念の実現及びIIに定める患者の権利を擁護するための健全かつ自主的な活動に努めるものとする。
2 保険者の責務
  1. 公的医療保険の保険者(以下、「保険者」という)は、保険契約の本旨に従い、適切な医療費の支払いに努めるものとする。
  2. 保険者は、より効率的な医療の提供に資する医療費の基準を策定するため、医療費支払にかかる医療の評価に努めるものとする。
  3. 保険者は、被保険者の求めに応じ、当該保険契約にかかる医療費の支払いについて情報を開示しなければならない。
3 事業者の責務
  1. 医薬品または医療機器(以下、「医薬品等」という)の製造、輸入、販売を業とする者(以下、「事業者」という)は、Ⅰ−2に定める医療の基本理念にのっとり、適切な医薬品等の供給に努めなければならない。
  2. 事業者は、有効性・有用性を欠いた医薬品等を供給してはならない。その有効性については科学的根拠に基づいて判断しなければならない。
  3. 事業者は、供給する医薬品等の安全性を確認するための情報収集に努め、安全性に疑問が生じた場合には、ただちに製造・輸入・販売の中止等適切な措置をとらねばならない。
  4. 事業者は、医療関係者及び患者等、医薬品等を利用する者に対し、適正な使用のために必要な情報を提供しなければならない。
4 事業者団体の役割

事業者団体は、事業者の自主的な取組を尊重しつつ、事業者自らがV−3に定める責務を果たすために遵守すべき基準の作成の支援その他の事業の公共性を確保するための自主的な活動に努めるものとする。

5 患者団体の役割

患者団体等は、疾病及びその治療に関する情報の収集及び提供並びに意見の表明そのほか患者の権利を擁護するための健全かつ自律的な活動に努めるものとする。

Ⅵ 附則

1 関係法令の制定または改廃

国は、この法律成立後速やかに、この法律の趣旨に沿って、関係法令の制定または改廃を行わなければならない。

2 公的医療機関と私的医療機関との役割分担に関する検討事項

国は、医療の公共性を踏まえ、医療提供体制に関する公的医療機関と私的医療機関との役割分担に関し検討を加え、その結果に基づいて適切な措置をとらなければならない。

3 医療保険に関する検討事項

国は、国民皆保険制度を維持しつつ、公的医療保険に関する下記の事項に関し検討を加え、その結果に基づいて適切な措置をとらなければならない。

  1. 被用者保険と国民健康保険の統合
  2. 都道府県による地域保険と地域医療計画の一体的運用
  3. 保険医療の財源としての保険料、窓口一部負担金、公的負担の割合