権利法資料集

医療過誤に関する世界医師会声明(仮訳)

1992年9月スペインマルベラにて開催された
第44回世界医師会総会において採択
世界医師会のサイト

序言

医療過誤の訴えが増えている国の医師会ではこの問題にどう対処するかを模索しているところである。他方医療過誤が訴えられることが稀な国々の医師会においても、医師に対するクレームの増大を招いている問題や状況についての注意が喚起されるべきである。
この声明では、世界医師会は各国の医師会に対し、医療過誤訴訟にかかわる事実や問題に関して情報提供を試みている。各国の社会的伝統や経済状態と同様、この声明のある条項がその国の医師会にどう関係するかは、その国の法律や法制度に影響される。しかしながら、世界医師会は、この声明には、すべての国の医師会が興味をもつものと確信している。

 
  1. 医療過誤の訴えの増大は、部分的には、以下に述べるような環境のいずれかにより生じている。
    1. 医学知識の増大と医療技術の増大により医師は過去には不可能だった医療行為を行うことが可能になったが、これらの行為はさまざまな場面でより深刻な危険を伴うこと。
    2. 医師に対し医療行為のコストを制限することが義務づけられていること。
    3. ヘルスケアを受ける権利(これは実現可能である)が、健康になりそれを維持する権利(結果を保証することはできない)と混同されていること。
    4. しばしばメディアが、医師にその能力、知識、態度、患者の取扱について質問することによって医師に対する不信感を育て、患者に対し医師に苦情を申し立てるように唆すなどの悪しき役割を演じていること。
    5. 訴えが増えているために防衛的医療が激増していることの間接的結果
  2. 医療過誤と、医療の過程において医師の過失を原因とせずに生じた予期せざる結果は区別されなければならない。
    1. 医療過誤とは、当該患者に対する治療が医療水準に反した場合、その技術が未熟であった場合、もしくは患者に対するケアを怠った場合であって、それが直接に患者の傷害の原因となっている場合をいう。
    2. 医療行為の過程で生じた傷害であって、予見できず、かつ治療をした医師側の技術や知識の不足によって生じたものではないものは、医師は何ら責任を負うものではないから、これは予期せざる結果である。
  3. 医療に起因する傷害を被った患者に対する補償は、その国の法律が禁じない限り、医療過誤にもとづく請求の場合と医療の過程において生じた予期せざる結果の場合とでは別に定めることができる。
    1. 医師側の過失に基づかずに生じた予期せざる結果の場合は、社会は患者が受けた障害を補償すべきか否かを決定しなければならず、もし補償すべきであるとするならばそのための基金が拠出されるべき財源を決定しなければならない。医師に負担させず、患者に補償できるような共同基金が可能かどうかは、その国の経済状態により決定される。
    2. 医療過誤訴訟における責任の判断や、医療過誤が証明された場合に患者に支払われるべき賠償金の決定に関する手続は、各国の裁判に関する法律により、定められる。
  4. 各国の医師会は、医師と患者の双方に公正かつ衡平な処置を提供するため以下のような活動を検討する。
    1. 新しい治療法や手術に含まれる危険性についての学校教育プログラムおよびそのような治療法や手術の際に患者のインフォームド・コンセントを得る必要性についての医師教育プログラム
    2. コストを厳しく制限することによって医療やヘルスケアの提供に生じる問題を明らかにする公的アドボカシープログラム
    3. 学校及び社会内の場で一般的な健康教育プログラムを進めること
    4. 全ての医師について臨床訓練を含めた医学教育のレベルと質を高めること
    5. 医師の医療のケアと処置の質を高めるために企画されるプログラムを発展させ参加すること
    6. 知識や技術が不十分であると判明した医師に対する治療法のトレーニングについて、適切に政策的立場(不十分さが是正されるまで当該医師の臨床行為を制限する政策的立場を含む)を進めること
    7. 市民と政府に対し、防衛的医療がさまざまな結果を生むであろう危険について情報を提供すること(医療行為の複雑化、それとは逆に医師の不干渉、さらには若手の医師がリスクの高い専門領域を避けることなど)
    8. 市民に対し、医療行為の過程において、予見できずしかも医師の過失行為に基づかない傷害が生じうることについて教育すること
    9. 過失に基づかない予期せざる結果によって患者が傷害を被った場合、医師を法的に保護すること
    10. 医療過誤訴訟に適用される法律や手続の開発に参加すること
    11. 言いがかりや弁護士からの成功報酬の請求に対して積極的に反対すること
    12. 訴訟手続よりも仲裁手続のような、医療過誤の訴えを処理する新たな手続を開発すること
    13. 医療過誤の訴えに対処するため、医師に対し、臨床医本人または勤務医の場合は雇用主が掛け金を支払う自家保険への加入を推奨すること
    14. 何ら過失がなく医療行為の過程で傷害を被った患者に対する補償を行うことの望ましさに関する決定に参加すること

(仮訳 久保井摂)