「医療分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」に対する意見

「医療分野における情報の利活用と保護のための環境整備のあり方に関する報告書」に対する意見

2012年10月15日

厚生労働省政策統括官付情報政策担当参事官室 御中

患者の権利法をつくる会
事務局長 小林 洋二
〒812-0054 福岡市東区馬出1丁目10番2号
メディカルセンタービル九大病院前6階
TEL092-641-2150/FAX092-641-5707
http://kenriho.org/
E-mail:kenri-ho@gb3.so-net.ne.jp

 私たち「患者の権利法をつくる会」は、「医療における患者の諸権利を定める法律案」を起草し、その制定に向けて立法要請活動を行うとともに、医療の諸分野における患者の諸権利を確立することを目的として、1991年10月に結成された市民団体です。
 私たちは、医療情報の機密性及び利活用の必要性に鑑み、医療分野における独自の個人情報保護法を制定すべきという本報告書の方向性に、基本的に賛成いたします。

 

1 医療機関に共通するルールの必要性

 本報告書が指摘するとおり、現在、民間の医療機関にはわが国の個人情報保護に関する通則法である個人情報保護法が適用される一方、国立の医療機関には行政機関個人情報保護法、独立行政法人の設置する医療機関には独立行政法人等個人情報保護法が適用され、さらに、自治体立の医療機関には各々の自治体の個人情報保護条例が適用されています。
 また、民間の医療機関でも、取り扱う個人情報の数が5,000件以下の小規模医療機関には個人情報保護法の適用がありません。
 その結果、患者の自己決定権を保障するために極めて重要な役割を果たす診療記録開示請求権を行使するにあたっても、法的な開示義務の存否、委任を受けた代理人による開示請求の可否、開示が拒否された場合の救済手段等が、医療機関の種類によって区々になるという、患者にとってはたいへん分かりにくい事態が生じています。
 また、民間の医療機関の中には、未だに日本医師会「診療情報の提供に関する指針」に従い、委任を受けた代理人からの診療記録開示請求を拒むといった個人情報保護法に反する取扱を続けている例があります。これも、医療分野に特化した個人情報保護法が存在しないことの弊害の一つではないかと思われます。
このような状況を解消するため、全ての医療機関に適用される医療分野に特化した個人情報保護法を制定すべきです。

2 診療記録開示義務の明確化と拒否に関する救済措置

 本報告書は、個人情報の取扱をめぐる個人からの苦情等に対応する機関として、第三者機関の必要性を指摘し、医療等に関する個人情報について本人の権利利益の侵害のおそれがある取扱がされている場合には、その旨の通告を受け、主務大臣に対して必要な権限行使を求めるなどの仕組みについても検討する必要があるとしています(報告書14頁)。
 現在、患者からの診療記録開示請求を医療機関側が拒否した場合、それが国公立及び独立行政法人の設置する医療機関であれば、行政不服審査や行政訴訟という救済手段がありますが、それ以外の医療機関については司法判断が分かれています。
 東京地裁平成19年6月27日判決(判例時報1978号27頁)では、個人情報保護法は、当事者間の自主的解決や主務大臣の行政上の措置による解決が予定されているのであって、裁判上の診療記録開示請求権を認めることはそういった法律を空文化してしまうことになるという理由で、開示請求も慰謝料請求も認めていません。
 これに対し、東京地裁平成23年1月27日判決(判例タイムズ1367号212頁)は、診療契約に伴う付随義務あるいは診療を実施する医師として負担する信義則上の義務として、医療機関のカルテ開示義務を認め、患者からの慰謝料請求を認めました。福岡地裁平成23年12月20日判決(判例集未登載)は、診療契約上の付随義務としての診療記録開示義務を否定しつつ、診療契約上の顛末報告義務としての診療記録開示義務を認めています。
 このような権利侵害を速やかに救済するため、診療記録開示義務の明確化と、その拒否に対する実効的な救済手段を整備する必要があります。

3 遺族からの診療記録開示請求

 本報告書は、「個人情報保護法は、生存する個人に関する情報について適用されるものであるが、医療や介護分野では患者等の死が日常的なものであり、患者が病院等で死亡したような場合の当該死者の情報についても、生存する個人と同じように、何らかの安全管理や目的外利用等の制限に配慮する必要がある」として、死亡患者等の個人情報を一定の措置の対象とする方向で検討する必要性を指摘しています。
 死亡患者の遺族に対する診療記録開示は、医療における透明性(トランスペアレンシー)の確保や説明責任(アカウンタビリティー)といった観点から重要な意義を有しています。
 「診療情報の提供等に関する指針」(平成15年9月12日医政発第0912001号)が、死亡患者の配偶者、子、父母及びこれに準ずる者からの診療記録開示請求に応ずることを求めており、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱のためのガイドライン」も、医療機関にこれに従うことを求めていることから、多くの医療機関においてはこれに従って遺族に対する診療情報の開示が行われているものと思われます。

4 プライバシー保護の徹底

 以上のとおり、私たちは、医療分野における独自の個人情報保護法を制定すべきという本報告書の方向性に、基本的に賛成です。
 しかし、本報告書が、「医療は、医師と患者の信頼関係に基づいて行われることが基本であり、患者は、 最適な治療を受けることを期待して自らの健康等に関する情報を医師に伝え、医師は患者の期待に応えるため最善を尽くすものである。この信頼関係の下で、医師等の医療専門職がそれぞれの役割分担に応じて、情報を共有しながら協働して患者の要望に応えていくことが期待されている。また、そうして行われた治療の結果の積み重ねが、医学の向上という公益目的に用いられ、医療の質の向上がもたらされる。/こうした医療情報の特性は、税や所得などの情報とは異なるものであり、治療や医学の向上のための活用については、患者自身も期待しているものであると考えられる」と指摘している部分については、若干の危惧を感じざるを得ません。
 確かに、多くの場合においては、患者は自己の医療情報が治療のために活用されることを期待しています。しかし、それだけに、現実の医療現場においては、「医療機関の連携のため」といった包括的かつ抽象的な院内掲示のもと、患者の個別の同意を得ないまま、患者の意向に反して、医療機関の間で患者の医療情報が流通している実態があります。
 2011年には、勤務先の医療機関から大学病院を紹介された看護師が、その大学病院で判明したHIV感染の情報を、本人の同意無く紹介元である勤務先医療機関に伝えられたため退職を余儀なくされたという事件が発生しています(2012年1月13日付毎日新聞外各紙)。
 医学向上等の公益目的の利活用は、基本的には個人を特定できない形で可能なはずです。個人の福利のための利活用であれば、情報の主体である個人の自己決定に委ねるべきです。医療情報の利活用の必要性を理由に、医療機関相互の提供を広く認める必要はありません。むしろ、医療情報の機密性に鑑み、よりプライバシー保護を徹底すべきと考えます。
 
   添付資料
    2012年1月13日付毎日新聞朝刊(一面及び社会面)
    同日付 朝日新聞夕刊
    同日付 西日本新聞夕刊