医療事故報告制度に関する意見書

医療事故報告制度に関する意見書

2003年1月30日
患者の権利法をつくる会
事務局長 小林 洋二

医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会  御中

 

 貴検討部会の検討課題とされている、医療に係る事故事例情報の取扱いに関する事項に関し、以下のとおり意見を述べます。

 

意見の要旨

 医療事故を防止するため、医療事故調査のための第三者機関を創設し、全ての医療機関に右第三者機関に対する医療事故の報告を義務づけるべきです。

意見の理由

1 一元的な医療事故報告・調査制度の必要性

 医療事故防止対策として最も重要であり、かつ最も有効な方法は、現に発生した医療事故の原因解明に基づき、その原因に応じた再発防止策を講ずることです。

 従来、特定機能病院においては医療事故の院内報告制度が義務づけられており、今回の「医療安全管理体制の基準に係る規定」によって、前記院内報告制度は、全ての病院及び有床診療所に義務づけられることとなりました。しかし、各医療機関ごとの院内報告制度では、当然ながら分析対象がその医療機関内の事故に限定されますし、またそこで検討された再発防止策が日本の医療全体に普及していく保障もありません。複数の医療機関で発生した同種類の医療事故を比較検討、あるいは統計的に処理することによって、初めて再発防止策を構築できる場合もあるはずです。

 有効な医療事故再発防止策を構築するためには、全国の医療事故報告を一元的に管理し、調査を行い、様々な視点から分析する第三者機関を設置するのが最も効率的です。
 このような第三者機関を設置することについては、予算・人員の確保が必要なことから、費用対効果の面での疑問が呈されているようです。

 しかし、アメリカ科学アカデミーは、1999年11月に、医療過誤情報収集と防止策構築にあたる「患者安全センター」の運営には年間1億ドルの予算が必要なのに対し、医療過誤の結果によって生ずるコストは年間90億ドルと予測しました(1999年「To Err is Human」)。即ち、有効な防止策が構築されることによって医療事故が半減すれば、運営費用の四五倍の効果が上がると予測されているのです。日本にはこういった試算の基礎となる調査・研究さえありませんが、調査をしてみた場合、アメリカとそれほど異なった結果が出るとは思えません。有効に機能するように運営すれば、費用に見合うだけの効果は十分に期待できるはずです。

 
2 事故報告の法的義務付けの必要性

 医療機関及び医療従事者には、自らの携わった医療において、医療事故、あるいは医療事故と疑われる事態が発生した場合、その旨を第三者機関に報告することを法的に義務づけるべきです。東京女子医大事件などに象徴される医療事故の隠蔽体質に鑑みれば、報告の義務付け及び報告義務違反に対する制裁は、報告制度を形骸化させないために必要不可欠と言えます。

 この点については、法的責任の面で医療従事者に不利益を生じさせる恐れがあるのではないかという問題が指摘されているようです。しかし、事故報告制度の目的が、医療事故の再発を防止することによって医療の安全性を確保するという重要かつ公共性の高いものであることからすれば、このような報告義務も、医療従事者の専門家としての責任の一つと考えるべきです。

 また報告義務に関しては、憲法38条1項の自己帰罪拒否権との関係も問題になりうるところです。この点に関しては、道路交通法上の事故報告義務に関する昭和37年5月2日最高裁判例及び所得税法上の質問検査権に関する昭和47年11月22日最高裁判例等に基づき、この医療事故報告・調査制度と、刑事処罰のための資料収集とを切り離すこと、即ち証拠制限等の方法が検討されるべきだと考えられます。

 なお、報告した事故に関して刑事免責を与えるべきだとの意見も主張されています。しかし、このような刑事免責制度は我が国の法制度の許で考えられないばかりか、我々の知る限り世界的に例がありません。諸外国で採用されている例があるのは、前記の証拠制限です。

 
3 患者側からの事故事例情報及び内部告発者の保護

 医療事故か否かについて、医療提供者側と患者側との見解が分かれることは当然あり得ます。事故事例の収集を、医療提供者側が事故と認めた場合のみ限定してしまうと、結果的に医療事故隠蔽の余地を残すことになります。
 したがって、第三者機関は、受動的に医療提供者側からの報告を受け付けるだけではなく、患者・遺族の申立に応じて、医療提供者側に報告を命ずる権限を持つべきです。
 さらに、従来から指摘されている医療の密室性に鑑みると、事故事例の収集の上で、内部告発の重要性は看過できません。第三者機関は、当該医療に直接携わっていない第三者からの告発を受け付け、医療提供者側に報告を命ずる権限を持つべきであり、かつ、内部告発者が不利益を受けないように保護する制度が必要です。

4 第三者機関に報告された事故事例情報の取扱いについて

 第三者機関に報告された事故事例は、まず第一に、患者の個人情報であるという観点からの取扱いが必要です。即ち、個人情報の自己コントロール権に配慮し、目的外利用の制限、情報主体である個人からのアクセスの保障等がルール化される必要があります。

 以下、特に注意すべき点について意見を述べます。
 まず、医療提供者側から報告された内容は、第三者機関から患者・遺族に通知されるべきです。
 この点についても、法的責任の面で医療提供者側に不利益を課するものではないかとの異論が予測されるところです。

 しかし、医療事故が発生した場合、医療提供者側が患者側にその旨を説明すべきことは、医療契約上の顛末報告義務として当然のことです。国立大学医学部附属病院長会議が昨年六月に発表した「医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて」は、「事故発生時の対応」を医療事故防止対策の一つとして位置づけ、患者・家族への誠実で速やかな事実の説明の必要性を強調していますし、日本医師会が本年八月に発表した「医療安全管理指針のモデルについて」にも、事故の状況を患者・遺族に説明すべきことが含まれています。医療事故調査及び再発防止策構築を目的とする第三者機関への報告の内容を、患者・遺族に知らせない理由は何一つありません。

 次に、事故事例の中で、患者に死亡あるいは重篤な後遺症を生じた事例については、患者のプライバシーにに配慮しつつ、原則として公開すべきです。このような重大事故にあっては、発生している事実を一般に広く知らしめること自体、有効な再発防止策であると考えられるからです。

 
5 医療被害補償制度の必要性

 医療事故報告制度が、有効な医療事故再発防止策を生み出すために必要不可欠な条件は、医療事故が隠蔽されず、確実に報告されることです。
 そのためには、報告の義務づけと併せ、医療被害の無過失補償制度を創設することによって、報告を奨励することが必要だと考えられます。無過失補償制度が、事故報告を促すことは、前掲「To Err is Human」においても指摘されているところです。

 もともと医療は、生命・身体に対する危険性を含むものです。医療事故による被害は、ある程度の確率で起こりうるものであり、ある患者がその被害者となるか否かは、単なる偶然と言っても過言ではありません。医療被害とは、患者全員に対する危険性が、ある特定の患者において顕在化したものなのです。このような被害が補償されずに放置されることは、国民の医療に対する信頼を喪わせるものです。医療事故に対する無過失補償制度は、このような被害による損失を社会全体で負担する制度であり、国民の医療に対する信頼を維持するためにも必要な制度です。

 無過失補償制度によって医療被害に対する適切な補償が可能になり、そのことが医療事故報告を奨励し、適切な医療事故再発防止対策に繋がります。医療事故報告・調査制度と無過失補償制度は、医療被害対策の車の両輪となるべきものなのです。

 

 なお、私たち「患者の権利法をつくる会」は、一昨年九月の総会において「医療被害防止・補償法要綱案の骨子」を採択しており、本意見書も、基本的には右要綱案の考え方に基づいたものです。右要綱案を収録した「与えられる医療から参加する医療へ」第五版を同封いたしますので、ご参照下さい。