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本のご紹介 医学的根拠とは何か 

津田俊秀著・岩波新書

 エビデンスベイスドメディスン、根拠に基づいた医療(EBM)ということが言われはじめてはや二十年、エビデンス即ち医学的根拠というものは、臨床領域においては広く共有されている概念だと思っていました。

 本書は、実は日本の医学教育は未だにEBM前の、明治時代に大陸から輸入された思考方法に捕らわれており、それゆえに数量的データは明らかな危険が示されているにも関わらず、それを排除したり適切な警告を与えたりすることをせず、したがって回避できる被害を拡大させてきたのだと、様々な例を示して指摘します。

 

 たとえば水俣病では、この病気が公式に認識された1956年5月の半年後には、水俣湾産の魚介類が原因であることが分かっていました。だから、食中毒事件として、食品衛生法に基づく調査や、魚介類を食べることの禁止措置などが行われるべきであったと著者は指摘します。しかし、厚生省は水俣湾内特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根拠が認められないとして、法律の適用を許さず、そのために被害は拡大してしまいました。国は1990年の公式見解においては当時は「原因物質が判明していなかった」ことを、規制権限を行使しなかった正当理由として挙げています。

 本書では、胃がんの原因としてのピロリ菌、新生児のうつぶせ寝、煙草によるがんのリスクなど、日本の医学が抱える問題を浮き彫りにする例が次々に紹介されます。いずれも著者が専門とする「疫学」に基づき、エビデンスをきちんと評価していけばあり得ない問題です。

 なぜそんな過ちが繰り返されてきたのか、著者はそれを医学の発展の歴史を概説しながら、分かりやすく解説します。すとんと胸に落ちると同時に、著者が「日本の医学部の100年問題」と呼ぶ実態に空恐ろしい思いにとらわれます。

 読みながら、厚労省が予防接種を「積極的には勧めない」という方針に転換したことが大きく報じられた子宮頸がんワクチンのことが頭に浮かびました。失神をはじめとする多数の重大な副反応報告があり、また原因不明の全身痛を訴える複数の女子の存在が知られている中で、製薬企業等はワクチン接種とこれらの重大な副反応、特に全身痛との関連について直接的証明がないことを理由に、積極的推奨に戻し、中学生への全例接種を再開させようとの動きがあると聞いています。

 本書は、福島原発事故の「100ミリシーベルト」基準の誤りについても鋭く指摘しています。数々の薬害、繰り返されてきた誤った行政、いろんな問題を復讐するに最適な参考書です。