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社会保障審議会医療部会における 「患者の責務」に関する議論

事務局長 小林 洋二

 12月11日に開催された厚労省社会保障審議会医療部会で、厚労省が、第六次医療法改正にあたり、「国民(患者)の役割・責務」の規定を追加するという案を提示、これをめぐって患者支援者の委員二人の意見が分かれた、と報じられています。さっそく厚労省のホームページにアクセスしてみましたが、流石にまだ議事録はアップされていませんでした。ただ、提出されている資料から概ねの流れは理解できるように思います。

 この日の部会に提出された資料1「病床機能報告制度及び地域医療ビジョンの導入を踏まえた国、地方公共団体、病院、有床診療所及び国民(患者)の役割・責務について」は、本年8月6日に発表された社会保障制度改革国民会議報告書から以下のような文章を引用します。

 …医療改革は、提供側と利用者側が一体となって実現されるものである。患者のニーズに見合った医療を提供するためには、医療機関に対する資源配分に濃淡をつけざるを得ず、しかし、そこで構築される新しい提供体制は、利用者である患者が大病院、重装備病院への選好を今の形で続けたままでは機能しない。さらにこれまで、ともすれば「いつでも、好きなところで」と極めて広く解釈されることもあったフリーアクセスを、今や疲弊おびただしい医療現場を守るためにも「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に理解していく必要がある。そして、この意味でのフリーアクセスを守るためには、緩やかなゲートキーパー機能を備えた「かかりつけ医」の普及は必須であり、そのためには、まず医療を利用するすべての国民の協力と、「望ましい医療」に対する国民の意識の変化が必要となる。

 その上で、医療提供体制の改革においては、「各医療機能に応じた必要な医療資源の投入」が必要であり、そのために「病床機能報告制度の創設」によって医療機関が担っている医療機能の現状を把握・分析して医療機能の分化・連携を進め、「こうした中、医療機能の分化・連携の推進に関し、国、地方公共団体、医療機関(病院及び有床診療所)及び国民(患者)の一定の役割・責務について、医療法の既存の責務規定等との関係も整理しながら、医療法に位置づけることを検討してはどうか」と提案しています。

 それに続いて、「現行の医療法における関係者の責務・理念規定」が整理されており、第一条の三の「国及び地方公共団体の責務」、同条の四の「医師等の責務」をはじめとして、第六条の二の医療に関する情報提供や同条の九の医療の安全確保等に関する国等の責務、第三十条の七の医療連携体制構築のための医療提供施設開設者の協力義務などが列挙されています。

 患者支援者としてこの部会に参加しているのは、NPO法人地域医療を育てる会理事長の藤本晴枝さんと、NPO法人ささえあい医療人権センターCOML理事長の山口育子さんです。

 厚労省の案を支持したのは藤本さんです。藤本さんはこの部会に「追加提案」というペーパーを提出し、「地域医療ビジョンの取りまとめには、医療機関の病床に加え、地域の在宅医療・介護を支える機能も調査し、その地域に住む患者がどのような医療・介護を受けることができるのかを明らかにすること」、「医療は公的な、有限の資源であることを国民が理解し適切な受療行動をとることができるように、各年齢層に応じた種々の啓発活動を行政・医療機関・教育関係者が責任をもって計画し、地域の様々な団体と協力して実施すること」という条件を付けた上で、以下の事項について法律に明文化することを提案しています。

〇 医療機関の機能の分担・役割に応じた適切な受診を行うこと

〇 医療保険制度の理念を理解し、保険料の納付を行い、過度な受診を控えること

〇 服用する薬を適切に管理し、重複処方などがあった場合は速やかに医師・薬剤師に相談し、その解消に努めること

 山口さんは反対意見を述べているようですがその詳細はいまのところ把握できていません。

 

 わたしたち「つくる会」の医療基本法要綱案も、「国民の責務」(第I章の6)、「患者の責務」(第II章の9)を含んでいますが、これは要綱案策定過程で最も侃々諤々の議論が交わされた部分でした。その議論の過程は、けんりほうニュース二一四号の小林報告、二二八号の小沢論稿等をご参照いただくとして、「医療基本法要綱案〜案文と解説」にしたがって,現段階のわたしたちの考え方を紹介します。

医療基本法要綱案の「国民の責務」の条文は以下のとおりです。

i 国民は、医療の公共性を踏まえ、その適正な利用に努めるものとする。

ii 国民は、自らの健康状態を自覚し、健康の増進に努めるものとする。但し、病気や障碍を、その努力義務に違反した結果であると解釈してはならない。

 iの「適正な利用」については、解説で次のように説明されています。

 「ここで求められる適正な利用態度とは、あくまでも他者の基本的人権を侵害することのないように、という日本国憲法のいう公共の福祉の観点から導き出される内在的制約である。これによって、却って必要な医療へのアクセスが妨げられるようなことがあってはならない」

 また、「患者の責務」の条文は以下のとおりです。

 患者は医療従事者と協力して、最善、安全かつ効率的な医療が実現するよう努めるものとする。

 解説では次のように述べています。

「もちろん、いかなる医療を受けるかは患者の自己決定の範疇であり、本項は、患者に対し、医療従事者が『最善、安全かつ効率的』として提供する医療を受容するよう求める趣旨ではない。また、その場限りの効率性を求めて、患者への説明、患者の理解と納得のプロセスを軽視するようなことは、インフォームド・コンセント原則に反するものとして許されない」

 すなわち、「国民の責務」としての適正な利用態度というのは、国民の一人一人に医療に対する基本的人権、患者の権利が保障されることを前提として、その内在的制約として求められるものです。患者の責務も、患者の自己決定権が尊重されることを絶対の前提条件としています。

 医療が有限の資源であり、その効率的な利用のために患者、国民の理解、協力が必要であるとの趣旨には全く異論ありません。しかし、医療制度が、国民の医療に関する基本的人権、患者の権利を保障するためのものであるという根本的な理念を明確にしないまま、患者、国民の責務のみが法律に明文化されるとすれば、それは患者の権利保障に対する脅威となる可能性が大です。

 228号で小沢さんが強調されていたとおり、「患者の責務」のみが独り歩きするようなことは絶対に封じなければなりません。その意味では、患者の権利法制化以前において、医療法に患者の責務規定が入ることに対しては明確に反対すべきだと考えます。

 第六次医療法改正に向けての今後の議論を、慎重に見守りたいと思います。