台湾在住 眞武 薫
九月号の編集後記にあったが、「日本医師会雑誌」の「セカンドオピニオン」の記事は嬉しいものであった。患者と医師とが医療情報を共有できる日が少しずつ近づいていることを感じさせられた。しかし、このような理念のもとでも実際は大きな壁にぶつかることが多い。
東京都 漆畑 眞人
街の樹木は美しく色づいていた。11月16日土曜日の昼下がり。秋のよく晴れた日だった。
東京・四谷の弘済会館は、大きな新宿通りに沿って、聖イグナチオ教会、上智大学の前を進んでいくと見えてくる。大きな建物だった。
千代田区なので、歩道面のあちこちに、歩きたばこやポイ捨て禁止の標識が描かれていた。
エレベータで4階へ上がると、いくつもの大小会議や祝宴が開催されていた。当会会場の「菊の間」は、100名以上が入れるところだった。
参加者の人数は、それほど多くはなかった。三人がけ長机に、1~2名ずつゆったり腰掛けて、いちばん後ろの壁のほうまで、席が埋まる程度だった。はじめて参加した人や、いつも参加している人、久しぶりに参加した人など、多様だった。