権利法NEWS

266号 書籍紹介『患者と医療従事者の権利保障に基づく医療制度-新型コロナウイルス禍を契機として考える』

 

書籍紹介

『患者と医療従事者の権利保障に基づく医療制度-新型コロナウイルス禍を契機として考える』

岡田行雄編著 現代人文社

 

 この時期、まさに待たれていた書籍が発行されました。編著者らは、当会の常任世話人で、実質的顧問ともいうべき内田博文九州大学名誉教授の愛弟子の面々です。「はしがき」に、執筆者は内田名誉教授から指導を受けてきた刑事法研究者で、中には精神医療の問題に取り組んできた者もいるが、医事法の研究者がいるわけではない、と紹介されています。

スクリーンショット 2021-04-04 13.32.35.png

 その7名の執筆者が、患者の権利保障を定めた医療基本法制定の動きを踏まえた医事法の教科書がないとの内田先生の話を受け、2019年3月に執筆のための研究会を立ち上げ、取り組んでいた矢先、コロナ禍が世界中を席巻しはじめたのです。当然ながら、そのようなさなかでの教科書づくりは、コロナ禍によって浮かび上がってきた様々な医療制度や医事法上の問題点を中心的に扱うものにならざるを得ませんでした。

 それにしても、コロナ禍が生じてからわずか1年で、日頃医療分野を専門的に扱っていない執筆者のみなさんが、これほど広範な領域において、しかもこの間のさまざまな情報をていねいに渉猟しつつ、真摯に論じている姿勢には、心よりの敬意を表せざるを得ません。

 本書の構成は次のとおりです。

プロローグ 新型コロナウイルス禍で露呈した患者の人権なき医療の脆弱性

1章 日本におけるこれまでの感染症対策

2章 新型コロナウイルス禍におけるルールの在り方〜「濃厚接触者」を例にして

3章 新型コロナウイルス禍からみる「医療を受ける権利」

4章 新型コロナウイルス禍に考える精神医療の在り方

5章 新型コロナウイルス禍で顕在化した医療費抑制政策の問題点と医師の労働問題

6章 新型コロナウイルス禍を契機として専門家と国の関係を考える

7章 医師(医療従事者)の養成システムを見つめ直す

8章 新型コロナウイルス禍で露呈した地方発の医療崩壊を乗り越えるには

エピローグ 新型コロナウイルス禍の克服に向けて

 目次を読んだだけでも、医療における患者の権利とそれを担保するために必要な医療従事者の問題を、網羅的にカバーしていることが分かります。いずれの章も、その章のテーマを象徴するに相応しい新聞記事の引用を冒頭に掲げます。いずれの記事も記憶に新しい内容で、問題のリアルさが迫って来ます。

 また、丁寧に資料を拾い、脚注にURLを載せたり、推奨図書も各章ごとに挙げてあって、資料集としても活用できるものです。

 ここに、コロナ禍における「医療崩壊」の危機として提示されている問題は、いずれも、コロナ禍以前の日常診療において既に生じていたものです。まさに「コロナ禍によって浮かび上がらせられた」というに過ぎません。私たちは真正面から向き合うべき問題の数々から目をそらして生活して来たとも評価することができます。

 薬害エイズやハンセン病問題という疾病を理由とする深刻な差別事件への反省に基づいて制定された感染症法は、患者等の人権を尊重しつつ、感染症の蔓延を防止するとともに、患者に対する良質な医療を提供することを目的にしています。ところが、この間、幸いにも国内においてパンデミックが具体化してこなかったことなどから、国は、感染症病床数を激減させており、1990年には1万2199床(それでも1975年の2万1042床に比べるとほぼ半数)だったものが、感染症法施行時の1999年には3321床、2019年には1871床と、ひとたびパンデミックが起きてしまえば、到底「良質な医療」を提供することは不可能な体制になってしまっていました。

 他国に比べて飛び抜けて入院期間が長い精神科単科病院の問題、先進国の中ではこれまた目立った少ない医師の数、医療費抑制政策のもと、極めて劣悪かつ低廉な対価での労働を強いられる医療従事者。一時期連日のようにテレビ画面に登場した「専門家会議」とは何だったのか。また、多くの人が、現実に「医療を受ける権利」を制限されているのは、そもそも医療提供体制が医療を受ける「患者の権利」という視点を欠いていたところに問題の本質があること…。

 本号の冒頭の記事でも紹介しているとおり、各界からの感染症法前文を引用した切実な批判が相次ぎながらも、踏み込んだ議論のないまま、有権者不在状態で感染症法に罰則規定が盛り込まれてしまったことについても、コラムという形をとって、言及しています。

 本書は、全編にわたって、患者の権利が法体系に明確に位置付けられていないことによる問題を指摘しています。2009年10月に開催された「患者の権利宣言25周年記念シンポジウム」における、内田博文さんの基調講演「医事法におけるパラダイムの転換〜国策に奉仕する医療から国民の命を守る医療へ〜」は、今改めて読んでも示唆に富み、問題の本質をついた論考であり、内田門下生である執筆者らが、まさに「国民の命を守る医療」からかけ離れている今の医療体制の実態を、つぶさに検証しているのが、本書、と言えるのではないでしょうか。これはまた、4月17日に開催される医療基本法シンポジウムのテーマでもあります。

 医事法を学ぶ者にとどまらず、ひろく、コロナ禍においての医療の問題を、本質から考えたいときに、手に取る最良の書だと思いました。

(久保井摂)