総会記念シンポジウム 医療基本法で医療に人権を根付かせよう
川川崎市 小林展大(弁護士)
シンポジウムの開催
二〇一九年一一月二日、明治大学駿河台キャンパス研究棟二階第九会議室において、シンポジウム「医療基本法で医療に人権を根付かせよう~みんなで動こう医療基本法パートⅤ~」が開催されました。その内容は、基調報告(医療基本法をめぐる現在の状況)、パネルディスカッションでした。
医療基本法制定に向けたシンポジウムはこれまでに四回開催されています。今年二月には医療基本法制定に向けての議員連盟が結成され、医療基本法制定に向けての動きが進み始めました。そのような状況下、今回はパートⅤとして、医療基本法ができるとどのような変化があるか、医療従事者の労働環境改善もテーマとして取り上げることができないか等といった問題意識のもと、シンポジウムを企画しました。
基調報告(医療基本法をめぐる現在の状況)
患者の権利法をつくる会の木下正一郎弁護士より、基調報告が行われました。
基調報告では、まず、基本法の性質、法体系についての解説、医療において具体化すべき憲法の理念、医療における基本的人権の二つの側面(社会権的側面と自由権的側面)、医療基本法の必要性について報告が行われました。
次に、従前の医療基本法制定に向けた動きについての報告がありました。医療基本法制定を目指す諸団体の活動として、患者の権利法をつくる会の医療基本法要綱案(二〇一一年一一月)、患者の声協議会・東京大学公共政策大学院医療政策研究ユニット医療政策実践コミュニティー(H―PAC)医療基本法制定チーム、患者の権利法をつくる会等の団体の医療基本法共同骨子六項目、日本医師会「『医療基本法』の制定に向けた具体的提言(最終報告)」等があります。
そして、医療基本法制定に向けた現在の動きについて報告がありました。
上記のように、今年の二月六日には「医療基本法の制定にむけた議員連盟」の設立総会がありました。その後、同年四月一〇日、同月一八日、同年六月一四日にヒアリングが行われました。そのヒアリングにおいては、患者の権利法をつくる会、患者の声協議会、東京大学公共政策大学院医療政策研究ユニット医療政策実践コミュニティー(H―PAC)医療基本法制定チーム、全国「精神病」者集団、患者なっとくの会INCA、日本医療社会福祉協会、日本アレルギー友の会、医療過誤原告の会、全国ハンセン病療養所入所者協議会等の各団体が要請、発言等を行いました。
パネルディスカッション
⑴ まず、全国「精神病」者集団の桐原尚之さんからの報告がありました。
桐原さんからは、精神科医療の歴史・事件、写真を示しながら、精神科病棟の構造等について報告がありました。
また、医療保護入院の問題点、精神保健福祉法の問題点等についても報告があり、精神保健福祉法のもとでは患者は精神科病院からはなかなか逃げられないこと、精神保健福祉法には他科にはない行動制限の基準、監査・指導制度が存在すること等の解説がありました。
最後に、医療基本法に求める具体的な要望についても報告がありました。
⑵ 次に、東京過労死を考える家族の会、医師の働き方を考える会共同代表の中原のり子さんからの報告がありました。
中原さんからは、自身の夫の過労死についての民事訴訟の経過、看護師、研修医等の医療従事者が長時間の時間外労働の結果、過労死してしまう事件が今までにいくつも発生していること、医師の過労死につき医療機関の損害賠償責任が認められている事例もいくつも存在すること等について報告がありました。
⑶ そして、日本医療社会福祉協会社会貢献事業部医療基本法担当チームの漆畑眞人さんから、ソーシャルワーカーの紹介、ソーシャルワーカーの視点から医療基本法で何が変わるかについて報告がありました。
漆畑さんからは、ソーシャルワーカーの仕事として、入院中に社会福祉や社会保障、地域の援助を活用して療養中の生活の安定をはかる手伝いをすること、住居の確保、介護保険、生活保護、障がい者総合支援等につき関係機関と連携して問題点を整理して解決をはかること等が挙げられるという報告がありました。
また、医療基本法により、日本国での患者にとってのソーシャルウェルビーイングの保障、医療安全支援センターの権利擁護機能の明確化、転院問題など医療制度問題の解決のための手続設置等が前進するのではないかとの報告もありました。
会場発言、質疑応答等
シンポジウムの終盤では、会場発言、質疑応答が行われました。
その中で、将来的にはゲノム医療等の先端医療も発達すると考えられるが、そのような状況になったときに例えば受精卵は「患者」なのか、医療基本法の中でどのように位置づけられるのか、胎児についてはどうかとの質問がありました。
そして、正式な答えはないものの、医療基本法との関係でいえば、医療基本法において「患者」の定義・解釈は定めない、その理由として医療基本法は医療についての基本理念を定めるものであり、それに基づいて各法が整備されていくから、といった応答等がなされていました。
なお、先端医療については、問題点や弊害が顕在化してくれば、法的規制が必要になるのではないか、との発言もありました。
また、医療従事者の労働環境の悪化が医療事故を招くということは四〇年以上前から指摘されていたとの発言もあったほか、過労死を防ぐ市民運動をしている方の視点から、医療基本法に医療従事者の労働環境を守るため、どのような条文を設けたら良いかの示唆があると良いのではないかとの要望、患者の権利を守るための医療従事者による人権運動を展開していっていただきたいとの要望もありました。
最後に
今までに、医療基本法制定に向けての議員連盟が結成され、各団体からのヒアリングも行われました。いよいよ年明けからは、医療基本法の条文案が出てくるのではないか、とも言われています。どのような条文案が出てくるのか、とても気になるところです。
そして、やはり患者の権利擁護、医療において憲法の理念を具体化するという視点を忘れずに、今後も医療基本法制定に向けた市民運動に取り組んでいきたいところです。
個人情報保護法制のはなし
第四回 個人情報保護法を巡る具体的な問題
その1 産科医療補償の報告書の公表
神奈川 森田 明(弁護士)
はじめに
今回は連載の締めくくりとして、個人情報保護を巡る具体的な問題をいくつか取り上げる予定でしたが、諸般の事情で二回に分け、ここでは標記の問題に絞って述べます。
すでに新聞報道(二〇一九年 四月九日付け朝日新聞、同九月二五日付け読売新聞など)で繰り返し報じられたことではありますが、個人情報保護法(「法」)の規定があいまいであるために起きている混乱の一つであり、個人情報保護にばかり偏ると必要な情報が公にならないこと、個人情報を取り扱う側は公表してよい場合でも出し渋りがちになることの例として取り上げます。
産科医療補償制度と報告書の公表
産科医療補償制度とは、出産時に児が脳性麻痺になった場合に一定の条件の下で補償金が支払われる制度で、二〇〇九年一月から導入され、その運営は日本医療機能評価機構(「機構」)が行っています。
この制度は、補償することだけではなく、脳性麻痺発症の原因を分析して再発防止に資することを大きな目的にしています。そこで、各事例について詳細な原因分析報告書を作成してこれを保護者・児と当該医療機関に送付するほか、個人が識別できないように匿名化した要約版を機構のウェブサイトに掲載して公表していました。
ところが、改正個人情報保護法が二〇一七年に施行されたことを機に方針を変え、二〇一八年八月からいったん公表をすべて中止し、改めて保護者と医療機関の意向を確認し、同意の取れたケースのみを公表することとしました。その結果、前記の朝日の記事では、二〇一九年四月八日時点で約六〇%、読売の記事では同年六月末時点でも約二五%が非公表になっているということです。どうしてこんなことになったのでしょうか。
公表中止を招いた個人情報保護法の解釈
機構の説明では、個人情報の定義にある「個人識別可能性」について、個人情報保護委員会が「提供元基準」を採用したためだとしています。
これには解説が必要でしょう。提供元基準とは、情報を提供する側で個人識別が可能であるならば、匿名化されていて提供先(受け取る側)では個人識別できない情報であっても個人情報としての規制を受けるという考え方です。(さらに細かなことを言うと個人識別性自体というより法二条一項一号かっこ書きの「他の情報と容易に照合」できるかという「容易照合性」の問題です。)
個人識別性について提供元基準か提供先基準かといったことは従来はあまり議論されておらず、受け渡しをする時点で匿名化されていれば個人情報ではないという感覚が強かったのですが、これが覆されたわけです。提供元基準の採用については、異論も少なくありません。
私見ですが、おそらく、改正法で匿名加工情報の制度が導入されたことを契機に改めて考えて、提供元で照合して識別可能であれば個人情報に当るという形で整理したのではないでしょうか。厳格なルールのもとに匿名加工した場合に個人情報としての規制を解くのが匿名加工情報の仕組みなのに、提供先基準を貫けば匿名加工情報などという制度は不要ということになりかねませんから、提供元基準を強調せざるを得なくなったのではないかと思うのです。
提供元基準を採ると、個人が識別でないようにしてある「要約版」も提供元である機構において識別可能である以上、個人情報だということになり、それを公表することは法二三条で原則として禁止されている個人情報の第三者提供にあたりますから、これを行うには、本人の同意又は同条一項各号の例外にあたることが必要になります。
「本人の同意」
法二三条一項本文では、本人の同意があれば第三者提供はできると定めています。そこで機構は、まず、本人の同意を取るべく保護者の意思確認をしているようです。一つの問題は保護者とは誰か、ということです。これは誰の医療情報かということですから、母親と児がこれにあたり、児については通常親が法定代理人として同意することになりますから、そのような意味で「保護者」としているのでしょう。
他方、医療機関は個人情報たる診療情報の「本人」ではないので、本来その同意は必要ありません。医療機関が同意しないために公表ができないでいるケースがあるとしたら問題といわざるをえません。
今後の対応としては、補償の申請書を受け付ける際、要配慮個人情報である診療情報を取得することについての同意を取り付けることは必要になりますから、これとあわせて、その意義を十分説明した上で、匿名化した要約版を公表することの同意をも取り付けるというやり方をすれば、過度の負担にはならないと思います。
法の例外としての公表も可能
本人の同意を得ることが困難な場合でも、法二三条一項一号から四号にあたる場合は第三者提供が可能です。
一号では、「法令に基づく場合」に提供を認めています。しかし、産科医療補償制度自体が法令に基づくものではないので、これには当たりません。本来であれば、法律に基づく制度にして、匿名の報告書を公表することも規定しておくべきです。
しかし、そうでなくとも、産科医療補償制度の趣旨目的からすれば、同種事故の再発を防ぐためという意味で、同項二号「人の生命、身体、財産の保護のために必要」にあたると考えられますし、同三号の「公衆衛生の向上のために特に必要な場合」にいう「公衆衛生」は広く解されているので、これにあたるとも考えられます。これらの要件は弾力的に解釈される傾向があり、従前、報告書要約版の公表が行われてきて、研究や研修に活用されてきており、格別問題を生じていないことからしても、是認されるというべきです。
このように、個人情報保護法に従っても、要約版について公表することは可能と考えられます。
機構が公表を渋る背景
前記の各記事によると、機構自体も検討の結果、個人情報保護法二三条一項各号の規定に照らして要約版の開示は可能であるという結論を出しているようです。それにもかかわらず、「個人情報保護に関する意識が高まっていることから」(前掲朝日記事)あるいは「昨今の個人情報管理にかかる社会的動向」(前掲読売記事)から、「保護者や医療機関が同意しなければ公表しない」という方針を採ったというのです。
機構の判断は、「慎重」ともいえますが、公益的な要請から設けられた公表制度が制限されるのは問題です。
特に、機構が医療機関の同意を必要としたのは、法の要請ではなく、医療機関から文句を言われないための「根回し」的なものにすぎず、妥当とは言えません。
実はこうした傾向は、この問題についての機構の対応だけではありません。個人情報であることにかこつけて、本人の同意がないとして公表すべき事項を隠そうとする動きや、関係機関の間の必要な情報交換が阻害されることがいろいろな場面で生じています。法施行当初「過剰反応」といわれた現象が解決していないのです。
また、個人情報保護法二三条自体にも問題があって、形式的に解釈すると提供できる場合が限定されてしまいます。
産科医療補償の報告書の問題は、二三条の解釈で十分クリアでき、かつ機構も(方向性に疑問はあるにせよ)公表範囲を広げるべく努力している点ではよいほうと言えるかもしれません。
老人売買(前編)〜小説風に〜(投稿)
滋賀県 葉山 聡
近所の友人哲雄(仮名)の母親は今年四月末に家の中で前に転倒して顔を打ったらしい。
十連休の明けた五月七日に哲雄が付き添って受診した。外科専門医が診察、その後哲雄は母親が幻聴のために通院していた精神科の病院に母親を連れて行った。すると職員が怪我を市役所に通報した。
おかしな事に先に決定を下してから健康福祉部高齢福祉課が来て、本人を説得、本人も哲雄も「短期間」と言われ、哲雄は最後まで反対していたのに、母を東近江市の養護老人ホームへと連れ去った。高齢者虐待防止法のやむを得ない事由による分離措置である。
哲雄の弟が母親に暴力をふるって大怪我をさせたと市役所は主張した。
そもそもその怪我は分離措置に値する怪我ではない。同日、外科医は怪我を見て血液サラサラの薬飲んでないか」と聞いた。(シロスタゾールを)内服している旨哲雄が伝えた。頭部CTは正常「たんこぶだけやな」と言われ、服用中の抗血小板薬によって出血が拡大した、薬も次回予約も無しという診察内容。
短期間利用の施設か養護老人ホームかは家から離れる期間が異なる重要な選択で、状況の深刻さに対応しているべきだが、空き状況や介護保険を利用可能かによって決まったと市役所に言われたという。哲雄が直感した通り全ては嘘であり、それは永訣だった。
市役所の話では去年近所の通報で体にあざを見つけ通報があったという。近所で精神病で判断能力の乏しいお婆さんが民生委員していて大丈夫かと思っていた。その時も市は哲雄の母に警察通報を勧めるが断られ、哲雄には何も言わずに、その後の通報で自分たちは当人の怪我を確認しない形で、分離措置を不意打ちでかましているのは奇妙だ。市は高齢者虐待と見做して行動しているのだが、その防止よりも分離がしたいのではないか。
養護老人ホームは面会に厳しく、哲雄は毎日泣いて暮らし市役所職員の立会いの下でようやく会えた。哲雄と母親が措置終了後家に戻る話をしだすと、市役所がそれを決めるのはこちらであると、話を制限した。
母親が面会室から帰った後、市役所は怪我もちゃんと写真にとって保存してあるとして弟の刑事告発の可能性を話したという。
六月五日哲雄は突然市役所に呼び出された。「後日別の養護老人ホームに移る予定だ」と言われた。措置終了後も家ではなく老人ホーム。どこの施設も頭金が高いので、これから年金を貯めていかねばならない。貯まるまで今度の老人ホームにいてもらい、貯まったら契約で新しい老人ホームに入ってもらうと言われた。
哲雄は貧乏で母親の年金を生活費の足しにしていたから、そこから二か月に十一万円送られることになった。弟の刑事告発も可能だから言う事を聞いた方が身のためだとまた言われた。同意するまで帰宅を許されなかった。
母親は彦根市内の養護老人ホームに六月三日既に移送されていた。家族が承諾したという事にするために哲雄を呼び出したのだった。市役所は確認しうる家族の個人情報を収集、母親を尋問しており、さらに哲雄を尋問し財産収入支出、治療中の疾病通院中の病院名などについて詳細を調査し、必要最低限以外の一切の支出を厳禁し、福祉は総合であるとして、生活困窮者届を書けといった。また有料老人ホーム入所への資産形成のために車や先祖代々の土地の処分を求めた。
母親の年金の入る貯金通帳が市役所側の預かりとなり、介護保険の利かない月十万程度の施設費を支払う事による、ライフラインも含めた支払いの滞りもあった。哲雄が暗証番号を教えるのをためらっていると、市役所は老人ホームに口座を別のものに変更するよう命じ、やむなく暗証番号を伝えた。年金情報を収集し署名させ年金受給者受取機関変更届を出そうとしたのである。財産権の剥奪である。
老人ホーム職員、病院は市役所の指示のもとに行動し、家族への病状の説明も院内ソーシャルワーカー介在で、市役所に確認する。医療機関は守秘義務の責務を無視して行動させられ、行政言いなりの診断書、鑑定書を作りがちだ。受診や通院日時や病状、投薬内容も家族は知る事も出来ず本人も分からない。
老人ホーム入所に伴う環境の変化により、認知症はしばしば急激に進行する。元の環境より隔離し身辺から自身の記憶の痕跡となる風景、人物、物品を断つことは、認知症を最も早く進行させる。暫くの間なら家に帰せば幾分回復してくれるが、時がたつと回復不能となる。哲雄の母もそうなり、長谷川式は入所前の三十点満点の二十四、MMSE三十点満点の二十五、軽度認知機能低下(MCT)から六月四日には長谷川二十、十月には十九と軽度認知症に低下。養護老人ホームでの医療支援は最低限の事になる。通院は手間がかかるため定期的には行けない。
母親は隅角閉塞緑内障で左眼を失明しかけて哲雄がすぐに病院に連れて行ったため助かり、その後手術も受けたのに。細隙灯による眼圧測定も視野検査もなく一度に大量に処方される目薬だけ、「目薬無くなったら来たらええわ」、これは九十日以上の投薬を禁じた「保険医療機関及び保健医療養担当規則二十条投薬へ」に違反している。
六月の検診での肺炎などの問題点も放置され、重症化してからの救急受診で七月末に彦根市立病院に入院し、哲雄は週三面会で夏の間キリキリ舞いしていた。寝かせたきりだから、足の爪も巻き爪、筋肉が衰えつかまっていないと歩けなくなった。どんどん痩せていき、膀胱の筋肉も失われ排尿困難でバルーン挿入となった。
入院中、おうち、おうち、老人ホームはもう嫌だとしきりに帰宅したがり、ずーとになるなら措置に同意しなかったと言っていたという。
入所前の四月には買い物も一人で車で行き、遠方の大津市内まで一人で電車で通院できていたのに、何という弱りようだろう。そして哲雄の整えた理想的な医療環境で専門医がフォローしていたのに。
哲雄の母親は大腸線種が多く、四年に一度合計八回位ポリベクトミーをして、毎回七つ位取って大腸癌を免れた。哲雄は説得に苦労し、昨年末もいつもの大津赤十字病院に行って入院と手術をしてもらい、合わせて哲雄の提案した腹部、心臓超音波や胸部、腹部CTなどの長年受けていない検査もしてもらった所だった。入院中毎日哲雄は面会に行っていたが入退院も母親が一人で出来たのだ。年明けには哲雄のすゝめで神経内科を受診し、極早期のアルツハイマー病の疑いの診断を受けて、アリセプト、シロスタゾールの投与を受けることが出来ていた。
十月になり市役所は介護保険認定が要介護二に区分変更になったとして哲雄を呼び出した。五月末には要支援一だったのに施設生活で何と一か月に一段階も悪化。
年金のはいる母親の通帳の自動払いになっている家の電気代、国民年金、年金基金、などを今後はすべて哲雄に払わせ、母親の年金は施設の頭金のために貯金するというのだ。
その上老人ホーム頭金形成のためにはそれだけでは足らず、六月に言っていた車や先祖代々の土地や哲雄の住んでいる家の処分が必要なため、後見を付けるという。
哲雄は今度は用心していた。行くと騙され、なんでも無理矢理同意させられ、嘘の記録を作られ、行かないと対話拒否、養護者たる責任を放棄したとして、後見人を付ける口実にされる。
本人が家に帰ると言い出すと行政処分の継続は困難となり、本人の意思を封殺するために法定成年後見人の首長申し立てが、家族親族の反対を押し切って決行される。そして裁判所に選ばれた司法書士、弁護士である後見人が何処からともなく馳せ参じ、高齢者を契約で死ぬまで老人ホームに入れてしまう。施設に支払う金と、そして無理矢理押し付けられたにもかかわらず、高齢者本人が支払わねばならない自分達の月給の確保のため、財産を次々処分、ホームレス、自殺者を出している。
哲雄の母親は九月に長谷川式で三十点満点の十九であり、これは後見人を付けるにはほど遠い数字で、老人ホームへ月一回往診に行っている精神科医も後見は早いといっている。しかるに市役所はなお、補佐、補助の類型まで主張する。哲雄の母は大津赤十字病院附属看護専門学校、洛和会音羽看護専門学校、近江八幡市立看護専門学校の各教務部長、教務主任を歴任し、その後、滋賀県立大学看護学部にも勤務し、県知事表彰も受けた県医療界の功労者であり、県内の病院に教え子も多いため哲雄が通院に付き添うとあちこちから挨拶に来られるという。
哲雄は母親が家に帰ると言っているビデオをも送ったが、それは言わされたものだとされ、今度は母親が「家に帰る。後見人を付けられたくない」と書いたものを送ったが、それも無視された。 (後編に続く)