姜信子編 みすず書房
2005年に設立され、毎年らい予防法違憲国賠訴訟熊本判決期日である5月11日に近い週末に開催されている「ハンセン病市民学会」。今年は記念すべき第10回総会が5月10日、11日の両日、群馬県草津市の国立ハンセン病療養所栗生楽泉園を舞台に開催されました。
前夜祭に向けて九日夕方に現地に入って間もなく、全療協(全国ハンセン病療養所入所者協議会)会長の神美知宏さんの突然なる客死を知らされ、茫然とたたずみました。この三月に80歳の誕生日を祝ったばかり、その際、いのちをかけて闘うと高らか誓ったその誇らかな姿が目に焼き付いていただけに、ただただ天を仰ぎました。
その二日後のまさに判決記念日である5月11日未明、かねて肺癌を病んでおられた谺雄二さんの訃報が市民学会参加者にもたらされました。今回の市民学会の全体統一テーマである「命の証を見極める」は、谺さんの発案によるものでした。
本書は、作家の姜信子さんが編者となって、幼い頃からの谺さんの膨大な著述の中から、本人と話し合いながら選んだ作品と、彼の語りの聞き書き、各章の冒頭に黒子のように現れ導入する姜さんの文章により構成されています。
タイトルは、谺さんが若き日に「死にゆく病友を見送りつつ歌った闘いの詩」のそれをとったもの。姜さんによる跋文の「谺さん、死ぬふりだけでやめとけや!!」は、谺さんを喪った今、なおさら痛切に響きます。
国賠訴訟に始まる一連のたたかいの中心に立つようになってから、詩を書く余裕を持てなかった谺さんは、詩文集を編む際に、姜さんからの強い要望を受け、再び詩作に取り組みます。本書には、そのようにして魂をけずるように紡がれた四編の作品が登場します。とくに冒頭の「ここに生きる」。幼い日、不治の時代にハンセン病を患い、戦後特効薬により治癒したときには既に顔面に重い後遺症が残り、鏡に映った自らの顔を「鬼の顔」と言い、故郷である東京を離れて草津の地にて詩作し政治活動に身を捧げ、常にたたかい続けてきた彼の、まさに「死ぬふりだけで」これからも生きるのだとの力強い宣言がそこにはあります。
人間のふるさととは何処か
それはあくまで偏見・差別を煽る撲滅政策に抗し
「人権」そのものをしかと見極めたところ
だとすればこの熊笹の尾根こそその場所
いまなお犠牲耐えぬたたかいの歴史を踏まえ
この尾根にきっと人権のふるさとを創りあげるため
私はここに生きる
遺された思いはいかにも重く、けれどここにある最晩年の詩や論考の何と力強く、みずみずしいことか。その思いをついでいかねばならない。改めてそう思います。