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本のご紹介 「セラピスト」

最相葉月著・新潮社

1800円

 「絶対音感」「青いバラ」等、丹念な取材に基づくノンフィクション作家として知られる著者による最新作です。心の病に苦しむ人と接することの多い中、アメリカ文学には当たり前のように登場するセラピストとの関係を築きにくく、その技量を知る基準もないことに疑問を持っていたことから、何らかのヒントを得られるのではないかと手にしました。

 一言で言えば、河合隼雄と中井久夫というこの国の心理療法を考える上で絶対に欠かすことのできない巨匠を取材し、自らも心理分析を受け、またトレーニングを受ける中で、苦しみながらも実によく書かれた過去から現在、そして将来を見据えたセラピストのあり方について書かれた本となるでしょうか。

 河合隼雄の本は、学生時代にはまって随分読みました。箱庭療法、谷川俊太郎との対談、確かラジオでの埴谷雄高との対談も録音して何度も聴いた記憶があります。他方、中井久夫を読み始めたのはずっと後のこと。仕事で統合失調症の方に接する機会が増え、その精神世界に触れたいと考えてのことでした。

 その二人への取材を中心とするものであることを読み始めてから知り、一瞬「なあんだ(知っていることのおさらいかぁ)」というような不遜な気持ちで読み進めたのですが、いやいや面白い。著者の取材力、考察力、そして筆力を軽んじていたことを恥じました。

 一時期あれほどにもてはやされた箱庭療法が現在ではほとんど行われていないこと、中井が自宅で著者に行った描画療法も、精神障害者が増えて待合室が溢れかえっている精神医療の臨床現場ではほとんど実施不能なこと、一人ひとりの患者に割くことのできる時間は極めて限られていること…。

 先日ご紹介した「うつに非ず」でも批判的に取り上げられていたDSMの当てはめによる診断が多数の患者に特定の病名を付すことや薬剤の大量投与につながる一方で、心理療法士の位置付けや評価は未だに不十分であり、その地位も不安定であること。

 いろいろな学びや気づきがありましたが、「精神障害」にもはやりすたりがあるというのも、なるほどと手を打った学びのひとつです。境界型人格障害、解離性人格障害、自閉症、アスペルガー等の広汎性発達障害、うつ病、双極性障害…。言われてみれば確かにそう。この頃は、あらゆる困難が「発達障害」とひとくくりにされ、それが障害学の分野では先進的な取組につながっているものの、ともすれば、精神医療においては、名付けただけで放置するような傾向もなきにしもあらずではないでしょうか。

 たしか、オリバー・サックスの「妻を帽子と間違えた男」に、ある疾患について学んだ後に街を歩いてみたら、何人もその症状を持ったと思われる人の存在に気づいたという記述があったと記憶していますが、心の病もその時々に違った名前を与えられることにより、重んじられたり、無視されたり、つねに翻弄されていると言えるのかもしれません。

「この世の中に生きる限り、私たちは心の不調とは無縁ではいられない。」「心の病とは、暗闇の中で右往左往した挙げ句、ようやく探し当てた階段の踊り場のようなものなのかもしれない。」その踊り場にうずくまるクライエントのそばにいるセラピストをどう育て増やすか。これも医療制度の抱える大きな問題のひとつです。