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障害者権利条約の批准について

 障害者の権利に関する条約をご存知でしょうか。国連総会で2006年12月に採択され、2008年5月に発効、日本も2007年9月に署名しながら、長らく国内法としての効力を持たせるための「批准」の手続がなされてきませんでした。

 障害者権利条約締結までの道のりは、それ自体が歴史的なもので、国際的には、国連による1975年の「障害者の権利宣言」、1981年の「国際障害者年」の取り組み、翌年の「障害者に関する国際行動計画」での「国連障害者の十年」宣言の採択、そして、1993年の「障害者の機会均等化に関する標準規則」の採択などがあります。

 これは、伝統的に「障害」を機能障害、すなわち障害者本人の機能の欠如ゆえに生じる問題であって、その解決は医療やリハビリによって機能障害を克服することであるとする医療モデル(個人モデル)の考え方から、障害を持つ人が、そうでない人と同じように社会内で自分で選択した生き方ができないのは、社会の側が必要な支援を提供しないからだとする「社会モデル」への転換を背景とするものです。

 医学モデルでは、障害者は、医療やリハビリの対象であり、可能な限り「健常者」に近いようにすべき客体でした。しかし、社会モデルにおいては、障害を持つ個々の個人が、何を望むのか、いかなる人生を描きたいのかが、最初に問題とされます。これは、まさに、患者の権利運動のスローガンである「与えられる医療から参加する医療へ」と全く同じ理念に基づくものと言えるでしょう。

 障害者権利条約の特筆すべき点は、社会モデルに立つ以上、障害者本人の意見や意向を尊重するところから始めたところにあります。通常、条約というものは、各国の政府間で、それぞれの国民や当事者の知らないところで議論がなされ、条項が決められてしまいます。最近話題のTPPなどはまさにそうですね。情報は全く開示されておらず、国が加入の方向に向けて舵を切っても、その詳細が知らされることはありません。

 ところが、この障害者権利条約では、すべての国連加盟国およびオブザーバーに開かれた「アドホック委員会」が設置され、そこに、障害者団体も同席し、意見を述べました。「私たちのことを、私たち抜きに決めないで(Nothing About Us Without Us)というスローガンが高々と掲げられ、日本からも多くの障害者団体メンバーが参加し、当事者の思いを汲む形で採択されたのが、この条約です。

 日本も翌年には署名したのに、なぜ批准が遅れたのか。それは、国内の法制度があまりにもこの条約から解離しているという実態があったからです。

 このけんりほうnewsでもご紹介しましたが、2005年に障害者団体の反対を無視するかたちで「障害者自立支援法」という法律が成立します。

 この法律施行により、行き場を失った当事者による痛ましい心中事件などが報じられる中、違憲であるとする訴訟が全国で提訴され、民主党による政権交代なども重なり、2009年春、政府が法律を廃止し、当事者の意見を踏まえた新たな総合福祉法を制定するとの約束をして、内閣府の下に「障がい者制度改革推進本部」が設けられ、実務部隊として設けられた障害当事者が過半数を占める推進会議において、熱心な議論がなされました。

 この推進本部・推進会議での作業により得られたものは大きく、2011年8月には推進会議総合福祉部会により「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」(略称「骨格提言」)が発表されます。障害概念を権利条約に則した動的なものとして捉え、当事者が真に必要とする支援をまぎれもなく当事者の目から明らかにした提言は、ようやく誰もが個人の尊厳を実現できる社会へと踏み出す法制化を現実のものとするとの大きな期待を抱かせました。しかしながら、結局は政治に翻弄され、骨格提言とはほど遠く、法廷の場において約束された「障害者自立支援法」の廃止はなされず、これを改正して「障害者総合福祉法」とする小手先の改革にとどまっています。

 しかし、生ぬるいものであるとはいえ、障害を社会モデルでとらえることを基礎として、障害者基本法が改正され、またこれも不十分ではあるものの、「障害者差別解消推進法」が成立したことは一定評価できるものです。

 このような国内法における最低限の手当を行ったことでようやく、条約を批准できる環境が整ったというところです。

 批准されたということは、この条約が、いわば国内法と同じような法的拘束力を持つことを意味します。今後は、条約違反をもって、各施策にもの申すことが可能になると期待されます。

 外務省のホームページには、「日本がこの条約を締結したことにより、障害者の権利の実現に向けた取組が一層強化されることが期待されています。例えば、障害者の表現の自由や、教育、労働の権利が促進されるとともに、新たに設置された『障害者政策委員会』にて、国内の障害者施策が条約の趣旨に沿っているかとの観点からモニタリングが進められることになります」との記載があります。

 有言実行を大いに期待したいところですが、障害者の多くは現「患者」でもあります。また、条例批准のための法制化の中で、これまで制度の谷間に埋もれてきた難病患者もまた、「障害者」として支援の対象とする方針を明らかにしていることを考えると、この条約の批准は、やはり患者の権利を考える上でもたいへんに大きなニュースであると思います。