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本のご紹介 「難病カルテー患者たちのいま」

蒔田備憲著・生活書院

2200円

 

 著者はいまだ若き新聞記者(1982年生まれ)。あとがきを読むと、公私ともに辛い時期に、縁もゆかりもない佐賀支局に配属され、そこで出会った難病患者のものがたりに知らず惹きつけられ、気づけば150人以上の「難病」患者やその家族への取材を重ねていたという。

 私が彼と出会ったのは、障害者自立支援法違憲訴訟の原告代理人のひとりとして。自分の本来の業務とは無関係ながらも、難病患者を取材し、そのひととなり、生活を、抱えた困難を、「毎日新聞佐賀県版」の片隅で、粘り強く連載するその営みから、たくさんの人につながる中で、九州の原告に取材する窓口として、本書にも登場する青木志帆弁護士(自身が下垂体腫瘍術後の下垂体ホルモン分泌障害を抱える難病当事者)からの紹介ではなかったろうか。

 

 取材時に、難病カルテの連載のコピーを綴った分厚い資料をいただいた。印象的だったのは、各記事に添えられていた彼が撮影したのであろう当事者の写真。この、難病患者に対する理解も支援も大きく欠いた状況のなか、「健常者」であり、大きな新聞社の記者である、いわば社会的強者に属するはずの彼に向けた屈託のない笑顔。そこに、私は、彼の、当事者への「生」に向けたまなざし、この困難な社会に共に生きる者として、明日を見つめるまなざし、そして当事者との関係性において自分を振り返る謙虚な姿勢を強く感じ、共感した。

 本書は、2011年6月から2013年3月に連載された記事に手を加え、また新たにコラムや解説をつけ、その上、本誌でもご紹介した「困ってるひと」の著者大野更紗さんによる解説もある。

 おひとりおひとりのエピソードは平均して3頁とコンパクトにまとめられているが、その凝縮された文章に、連載時とはまたレベルの異なる気迫や、共感力の高まりを感じる。

 私は、日常、弁護士として、依頼者や相談者から様々な訴えを聞き、それを文書にすることを仕事にしている。しかし、ひとりの人の多様なものがたりを、短いセンテンスで表すことは非常に困難だと思い知らされることたびたびだ。3頁にまとめられた、しかも多様な当事者の多様な生き方や困難。この先、彼が記者として、どのようにこの問題に取り組んでいくのかが楽しみである。

 本書の末尾には、各エピソードの主人公の座談会が収録されている。みなが、彼による記事としての自分史の再現を、歓迎し、一歩踏み出す力となったことを認めているように思った。そう、共感し、それをたしかに文字にし、第三者につたえること、それが他者を問題に巻き込み(興味を持たせ、あるいは当事者意識を持たせ)、運動の拡大や社会的認知の拡大につながることを、私も弁護士として経験してきた。蒔田さんには大いにそのよろこびを、同時に自分に課せられた使命であるとの思いを持って、これからの記者人生を歩んでいただきたい。

 筆者による「おわりに」。これに続いて、本書の大いなるアドバイザーでもあったであろう大野更紗さんの、当事者というよりは、研究者然とした「解説『難病カルテ』の、つかいかた」という記事があるが、本書をお読みになる方は、ぜひぜひ、著者の「おわりに」という文章は、全篇を読まれた後に、ゆっくりゆっくり味わっていただきたい。

 だれもが、いつ、どんな機会に、難病に限ることではないが、理不尽な困難に見舞われるか、それは全く予想できないことだ。それぞれの記事から想像されるように、難病当事者の生き方につよく共感し、その語ることばを自らのうちにおいて醸成し、記事にする、その営みを通じて多くの知己を得、恐らくは記者としてのあらたなあり方、やりがい、そして一定の達成感を持つことができていたであろう著者が、あらためて経験したいたみとそれによる気づきは、読者の胸を打つ。「この本は終わりではなく、始まりと決意の一冊でもある」と著者は綴る。その決意をもって進む著者の、これからの仕事の成果を心待ちにする思いがした。

(久保井 摂)