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医療事故調査制度の議論を振り返る

事務局長 小林洋二

 5月29日に厚労省「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が発表した「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方」の概要、その問題点は前号の「医療事故調査制度の行方」でご報告したとおりです。

 医療事故調査制度をめぐる議論については、これまでも、けんりほうニュースでたびたびお伝えしてきましたが、ここで少しお復習いしてみましょう。

 

 医療事故調査制度の議論は、横浜市立大学患者取り違え事故と都立広尾病院消毒薬誤点滴事故が大きく報じられた1999年に始まります。相次いで報道された高度医療機関の初歩的ミスによる医療事故に、医療安全を求める世論はかつてないほどに高まりました。

 国立大学医学部付属病院長会議は、これに対応して「医療事故防止方策の策定に関する作業部会」を設置、2000年5月に中間報告を発表します。日本の医療界で、「医療事故が発生した場合は、病院として、速やかに事故原因を調査究明し、再発防止に万全の措置を講ずることが必要である」という考え方を最初に示したのは、この報告書だと思います。

 2001年5月に設置された厚労省の医療安全対策検討会議では、事故調査の制度化が議論されました(けんりほうニュース128号「厚労省が医療事故防止対策を策定」参照)。翌年7月に設置された「医療に係る事故事例情報の取り扱いに関する検討部会」の議論(140号「〜検討部会報告書案がでました」参照)を経て、2004年10月から財団法人日本医療機能評価機構による医療事故情報収集等事業が始まります。

 この間、「つくる会」は、2001年9月に「医療事故防止・補償法要綱案の骨子」を採択するとともに、患者の権利法要綱案に、基本権として「安全な医療を受ける権利」を、医療機関及び医療従事者の義務として「医療事故における誠実対応義務」を、患者の権利各則に「医療被害の救済を受ける権利」を加える改訂を行っています。

 また、2002年6月には、「医療事故報告・調査の制度化に関する要請書」を、2003年1月には「医療事故報告制度に関する意見書」を提出し、第三者機関による医療事故調査制度の創設を求めました。

 一方、都立広尾病院事件で、病院関係者が医師法21条の異状死届出義務違反で有罪判決を受けたことは医療界に大きなインパクトを与えました。2004年2月、日本内科学会、日本外科学会、日本病理学会、日本法医学会は共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設について~」を発表、医療関連死の届出を統括し、検証機能を有する専門的第三者機関の設立を求めました。同年九月には、ほぼ同趣旨の見解が19学会共同声明として発表されています。

 2005年9月に開始された、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(165号「医療関連死の原因調査事業始まる」参照」は、このような医療界の声に応えるものとして構想されたものでした。

 このモデル事業の成果を踏まえて、本格的な医療版事故調創設に向けての議論が始まります。2008年には「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止の在り方に関する試案−第三次試案」及び「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」が発表されました(184号「医療関連死原因究明・再発防止制度第三次試案について」参照)。

 「つくる会」も、この大綱案に関するパブリック・コメントとして、医療事故調査制度の早期実現を求める意見を提出しています。

 しかし、この厚労省案に対しては医療界の反発が強く、法案提出に至らないままに、2009年の政権交代によって棚上げ状態になってしまいました。

 この議論を復活させたのは、民主党政権が2011年4月の閣議決定「規制・制度改革に係る方針」で「医療行為の無過失補償制度の導入」を政策として掲げたことです。同年6月、日本医師会は「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」を発表、事故調査制度に関する議論の再開と、患者救済制度の創設に向けた議論を開始すべきことを提言(215号「医療事故調査制度と無過失補償」参照)、8月に設置された「医療の安全・医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」においては、「損失補償が医療の安全・医療の質の向上に資するとすれば、事故原因の解明により再発防止策が講じられることが前提ではないか」との意見が大勢を占め、この検討会内部に「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」が設置されることになりました(220号「医療版事故調制度実現に向けて〜産科医療補償制度の検証から」参照)。

 この間、「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を実施している日本医療安全調査機構も、企画部会を設置して医療事故調査のあり方について議論し、2012年10月に企画部会案を発表しています(230号「医療事故調査制度の行方」参照)。

 考えてみれば、議論が始まって15年の歳月が経過しようとしています。紆余曲折を経ながらも実現に向かっていることを評価しつつも、議論の出発点を繰り返し確認する必要を感じざるを得ません。