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医療事故調査制度の行方

事務局長 小林洋二

 5月29日に開催された第13回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会で、医療事故調査委員会を創設するという方針が決定されました。厚労省は、今後、手続の詳細を定めるガイドラインを作成した上、医療法改正案をまとめ、早ければこの秋の臨時国会に提出する予定と伝えられます。

 

「あり方」の概要

 「あり方」によれば、「調査の目的」は、「原因究明及び再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る」ことであり、調査の対象は、「診療行為に関連した死亡事例(行った医療又は管理に起因して患者が死亡した事例であり、行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事案の発生を予期しなかったものに限る)」です。「予期しなかったもの」という限定を付けてしまうと、合併症事案が外れてしまうという問題がありますが、これは2008年の、いわゆる第三次試案及び医療事故調査委員会設置法案(仮称)大綱案とほぼ同様です。「死亡事例以外については、段階的に拡大していく方向で検討する」との文言が付加されたところは、やや前進との評価もあり得るところです。

 一方、「調査の流れ」の項目をみると、「医療機関は、診療行為に関連した死亡事例が発生した場合、第三者機関に届け出た上で院内調査を行い、当該調査結果について第三者機関に報告する」、「院内調査の結果や状況に納得が得られなかった場合など、遺族又は医療機関から調査の申請があったものについて、第三者機関が調査を行う」となっており、院内事故調査が原則となっています。ここが、第三者機関による調査を原則的な形としていた第三次試案から大きく変わったところです。

 この日、検討部会に提出された事務局の案では、「院内事故調査のあり方について」の項目が、「診療行為に関連した死亡事例が発生した場合、医療機関は院内に事故調査委員会を設置するものとする。その際、必要に応じて外部の支援を求めることができる。なお、中立性・透明性・公正性の観点から外部の支援を受けることが望ましいとの意見があることに留意して、医療機関は対応することが必要である」という文章になっていました。しかし、この点については名古屋の加藤良夫弁護士が異論を唱え、予定時間を超過して議論を重ねた結果、「中立性・透明性・公正性・専門性の観点から、原則として外部の医療専門家の支援を受けることとし、必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めることとする」という形に修正されたとのことです。

 第三者機関は、「独立性・中立性・透明性・公正性・専門性を有する民間組織」であり、その業務は、(1)院内調査の方法に係る助言、(2)院内調査報告書の確認・検証・分析、(3)遺族又は医療機関からの求めに応じて行う医療事故調査、(4)医療事故再発防止策の普及・啓発、(5)医療事故調査に携わる者への研修、とされています。

 

事故調査における第三者の役割

 患者が医療事故で死亡したことを疑う遺族としては、医療機関に対する不信感は根強く、院内事故調査の結果をそのまま受け容れることは難しい場合が多いでしょう。遺族ならずとも、事故を起こした医療機関が自分で調査した結果が信頼できるかという疑問は、社会的にごく一般的なものだと思います。そういった意味では、公正、中立な第三者機関による医療事故調査が望ましいことは言うまでもありません。2008年の「第三次試案」、「大綱案」は基本的にその立場でした。

 一方、医療事故が疑われる全ての事例に対して第三者機関による調査分析を行うことが果たして現実的かという問題があります。また、事故を起こした医療機関が自ら調査分析することによってこそ実効的な再発防止策につながっていくという考え方もあります。2011年6月に日本医師会が発表した「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」は、こちらの側面を強調するものでした。

 一方、昨年10月に発表された日本医療安全調査機構の「診療行為の調査分析のあり方に関する企画部会」の案は、医療関連死の全てについて第三者機関への報告を義務付けるとともに、その報告を受けた第三者機関が、次の三類型に振り分けるという設計になっていました。

 院内型 院内で調査分析を実施し、報告書を第三者機関に提出

 協働型 院内調査に第三者機関から調査評価医を数名派遣し、調査分析を実施

 第三者型 解剖調査から臨床評価まで第三者機関において調査分析を実施

 私は、この企画部会案について、院内事故調査と第三者による調査とのメリットがバランスよく活かされており、検討部会の議論もこの方向で進むのではないかと期待していました。実際、この企画部会案は検討部会にも資料として提出されているようですが、どうやら第三者が事故調査に関わることそのものに関して医療関係者委員の抵抗が根強かったようです。議事録を読むと、多くの医療関係者委員が、事故調査の目的は原因究明と再発防止であり責任問題は議論しないのだから原則として第三者を入れる必要はない、という論理を展開しています。検討部会に提出された事務局案が、当初、院内事故調に外部委員の参加を必要としない形になっていたのも、そういった医療関係者委員の意向を反映したものでした。

 確かに、事故調査の目的は原因究明と再発防止です。しかし、それを目的に事故調査を行った結果、責任問題が浮上することは当然考えられます。それは医療事故が刑法上の業務上過失致死に該当しうること、民法上の不法行為あるいは債務不履行に該当する可能性があることから、どうしても避けられません。この、どうしても避けられないことを敢えて避けようとしたらどうなるか。当然、原因究明自体が歪んだものになるでしょう。死亡原因として、あるいは事故の原因としてAとBが考えられるところ、Aを原因としたら、遺族から責任追及されることが予測され、Bを原因としたら責任追及を避けられる、そういった局面は多々あるはずなのです。そこで、自らの責任問題に波及することをおそれず、公正な原因究明ができるかどうか、そこを担保するのが第三者の関与ではないでしょうか。

 第一三回検討部会の議論で、「院内事故調査のあり方について」の項目が修正され、院内事故調査委員会にも外部の医療専門家を参加させることが原則になりました。これはこれで大きな成果なのですが、それが「医療専門家」だけでいいのか、やはり医療関係者同士のしがらみから自由な法律家や有識者の関与が必要ではないかという問題は残ります。この点について、修正後の文言では、「必要に応じてその他の分野についても外部の支援を求めることとする」となっていますが、その必要性の判断を、事故を起こし、それを自ら調査する医療機関に任せられるのかという疑問を感じざるを得ません。しかし、検討部会を傍聴していた木下世話人の報告によれば、医療専門家以外の外部委員の関与に対する医療関係者委員の抵抗がかなり強く、加藤良夫弁護士の踏ん張りでやっとこの文言を残せたとのことです。今後のガイドライン策定に向けては、この「必要に応じて」の解釈のありかたが大きなポイントになるかもしれません。

第三者機関の性質

 第三者機関については、第三次試案や大綱案では、公的機関として構想されており、厚生労働省か内閣府かといった議論がなされていました。しかし、今回の「ありかた」では民間の組織とされています。その結果、第三者機関が調査をしようとしても、何らの調査権限もなく、ただ医療機関に任意の協力を求めることができるだけです。

 これも基本的には、第三者の関与はできるだけ排除したい、という医療関係者委員の強い意向が反映されたものだと思われます。第三者機関の調査に対しても、それが原因究明と再発防止を目的とするものであるから医療機関は進んで協力するはずだ、したがって調査権限などは不要だ、というわけです。それで協力しないような医療機関はどこかおかしいのだから、遺族は刑事告訴でも民事裁判でも起こしたらいいではないか、というのが医療関係者委員の口ぶりです。

 しかし、そもそも、医療事故と認識するかどうかの点から、医療機関と遺族との認識が食い違うことが多いのです。医療機関は第三者機関への報告の必要さえ認めない、そこで遺族が第三者機関に調査を依頼し、それに応じて第三者機関が調査に動く。こういった場合を考えた場合、医療機関は、この民間団体の判断を尊重して調査に協力するのでしょうか。うちは事故とは考えていないので調査の必要はない、それで不満なら警察でも裁判所でも行けばいいじゃないか、医療機関がそういう態度をとるのは、それはそれでよしとするのでしょうか。

 第三者機関が民間の組織となったことにより、その権限もかなり縮小された感じです。例えば、「第三次試案」では、第三者機関の権限として、「医療安全の確保のための施策等に関して関係行政機関等への勧告、建議を行う」ことが予定されていましたが、「あり方」では、「医療事故再発防止策の普及・啓発」にとどまります。現在、日本医療機能評価機構が行っている医療事故情報収集等事業の医療安全情報のような形が想定されます。

医師法21条との関係

 一方で、「第三次試案」でも企画部会案でも、この第三者機関への届出をもって医師法21条の異状死届出義務を免除するという案になっていましたが、「あり方」では、医師法21条はそのままです。第三者機関から警察への届出もありません。

 確かに、第三者機関が単なる民間団体であるとするならば、そこへの届出で医師法上の義務を免れるというわけにはいかないでしょう。

 医療事故調査制度の議論の発端となった2004年9月の19学会共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について〜中立的専門機関の創設に向けて〜」は、異状死届出義務が臨床現場に混乱をもたらしていることを指摘し、警察に代わって医療事故の届出制度と統括する中立的専門機関の設立を求めるものでした。「制度の公共性と全国的運営を確保するために、中立的専門機関は法的にも裏付けられ、その必要な機能の一部には医療関連の行政機関の関与が望ましい」と述べています。この問題意識に基づいて、2005年9月から診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業が始まり、その実績に基づいて2008年の「第三次試案」、「大綱案」が策定されたのでした。

 議論が始まって約9年が経過したいま、医療事故調査制度は、当初に想定されたものとはかなり違う形の実を結びつつあります。

今後の方針

 「患者の権利法をつくる会」は、2001年に「医療被害防止・補償法要綱案の骨子」を発表し、医療事故調査制度に関してさまざまな意見を表明してきました。もちろん、今回の法制化についても、「つくる会」としての意見表明を検討する必要があります。

 5月29日夜のNHKジャーナルに、当会世話人の鈴木利廣弁護士が出演し、この案の問題点を指摘し、このような制度では、第三者機関が院内事故調査委委員会の追認機関になりかねないという懸念を指摘しました。

〇 院内事故調の中立性の保障が弱い。

〇 院内事故調の報告書を第三者機関が「確認・分析」するというが、何をするのか不明である。

〇 第三者機関が院内事故調の異議申立機関に成り下がっている。

〇 第三者機関の公的性格が弱い。

〇 届出を要する事故の範囲が「事案の発生を予期しなかったものに限る」として、大半の合併症事案が届出されないことになりうる。

〇 院内事故調査費用のすべてを医療機関の負担で義務づけることは、事故調査の公益性から疑問がある。公的支援が必要である。

〇 医師法21条との関係づけをあえて行っていないことは、今後の混乱に結びつきかねない。

 まがりなりにも医療事故調査制度が創設されることを前向きに受け止めるのか、あるいは、このような問題を抱えたままの見切り発車に反対するか、かなり難しい意見集約になりそうな気がしています。この「あり方」に関するご意見を、是非、全体事務局宛お寄せいただくようお願いいたします。