堤 寛 著 三恵社
当会世話人である病理医堤寛さんによる昨年一二月発行の本書、タイトル通り、かねてから患者さんに顔のみえる病理医、つまり、病理検査の結果を、患者さんに直接、専門家の立場から分かりやすく説明する臨床医でありたいと願う堤さんが、患者さんに呼びかける形でかたる、分かりやすい病理の本です。
第一章から順に、病理診断、がん細胞、病理診断報告書と、病理医が臨床現場で具体的にどんなことをやっているのか、またどのようにして病理診断に至り、それをどう記録するのかが語られていきます。ここは中々むずかしいのですが、参照したいときに振り返ればよいので、最初は読み飛ばしてもよいかと思います。
でも、ほとんどの患者が診療中には手にすることのない「病理診断報告書」の読み方は大変参考になります。乳房切除術後、放射線照射された乳房の大変困難な再建を求めて全国の有名な形成外科を訪ね歩いている中、ふと開封して読んで見た病理診断報告書により、大きな誤診とそれに基づく誤った放射線照射が行われてしまったことを知った、ある女性のことを思い出しました。
さて、この本のかなめは何と言っても四章の「病理医」から。病理診断科という標榜科は2008年4月までなく、影武者か黒子のような存在であった病理医の悲哀にはじまり、その果たす役割の重要性、そして患者に顔のみえる病理医であるための患者との交流、また病理標本にはどんな情報が詰まっているのか、さらには病理医と社会として、病理検体の研究への利用や臓器の所有権の問題、献体や臓器の廃棄にまつわる倫理的問題(臓器が特別管理一般廃棄物であって、感染性廃棄物とは別処理になるということをはじめて知りました)、また院内感染防止に病理医が果たす役割、死因究明制度改革の提言と、解剖医が足りないという問題意識から、病理医や法医医師を増やすことが急務であることが語られていきます。
さて、堤さんは、オーボエをたしなむ音楽愛好家でもあり、患者さんと演奏を通じた交流を続けておられます。昨年の四月には、日本病理学会に所属する病理医を中心とする日本病理医フィルハーモニーというオーケストラを立ち上げ、横浜みなとみらい大ホールで第一回演奏会を開いています。
本書には、随所に軽いコラムや、患者の権利についての見識、また堤さんの考える患者や家族が「知らされるべきでない」情報についての言及もあり、人権や倫理にからめて考えさせられることしばしばです。
がん患者が同じ患者をサポートするNPOぴあわかばサポートの監事も務めている堤さん。日常的にかおをみせ、心を開いて、広い視野で診療にあたっているからこその、ゆたかな一冊だと思いました(久保井摂)。