事務局長 小林洋二
概要
四月一五日、東京高輪の全社連研修センターで、「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」主催の勉強会「医療基本法の制定を。今こそ!」が開催されました。東大HーPAC(医療政策実践コミュニティー)とともに、私たち患者の権利法をつくる会も共催です。
まずは、共催三団体それぞれの医療基本法についてのプレゼン。「あり方協議会」からは、その名のとおり、医療政策決定過程への患者の参画の根拠として医療基本法の重要性にポイントを置いたプレゼンがなされました。東大HーPACからは三月二五日に公表した要綱案が紹介されました(けんりほうニュース二二一号の木下報告参照)。つくる会からは、私こと小林が世話人会案の考え方を説明させていただきました。
次に、主催者からの指定発言として、日本医師会常任理事今村定臣さんから日本医師会の「『医療基本法』の制定に向けた具体的提言」が紹介されました。これは3月28日に発表されたものであり、これまでの医療基本法に関する議論を確認した上、その論点を検討し、日本医師会なりの草案を示したものです。これについては、いずれ詳しく紹介したいと思います。
前半部分の締めくくりとして、「ありかた協議会」、「つくる会」、東大H-PACの三団体共同骨子が発表されました。
この勉強会のハイライトは、民主党鈴木寛、自民党石井みどり、公明党渡辺孝男、みんなの党川田龍平、社民党阿部とも子の各国会議員が、医療基本法に向けての考えを述べ、今後、制定に向けて国会内でどう動いていくかを議論する後半部分にありました。医療基本法の制定に向けては全員前向きで、今後、超党派の議連をつくるか、政党内部で取り纏めた後政党間の実務者協議で話を進めるかといった手法の問題はあるようですが、遅くとも来年の通常国会会期末までには制定を目指すといったところで一致をみました。
三団体共同骨子
発表された三団体共同骨子は、以下のとおりです。
2012年に開催した「医療基本法制定に向けて。今こそ!」の主催・共催3団体は、医療基本法の早期制定が必要であるとの考え方で一致し、「医療基本法共同骨子」を策定した。超党派の国会議員による議員立法により、広く速やかな意見聴取と合意形成により、迅速な制定を望むものである。
趣旨
患者にとって質の高い医療があまねく提供され、国民の救われるはずの命が救われ、取り除かれるべき苦痛が取り除かれ、病気になっても病気と向かい合っていきていける社会を、国民が力を合わせて実現することが急務である。
このため、高度の公共性に則った、患者本位かつ相互理解に基づいた医療を構築することで、憲法25条の生存権と憲法13条の幸福追求権が具現化されるよう、下記の6項目を骨子とした医療政策のグランドデザインたる「医療基本法」を制定する。
骨子6項目
1 医療の質と安全の確保
患者・国民が質の高い安全な医療を、十分な情報提供と納得の下に、あまねく受けられるよう、医療提供等にとって必要な対策を実施する。
2 医療提供体制の充実
必要な医療従事者を育成し、診療科や地域による偏在を是正し、医療機関の整備と機能分化・適正配置を進め、十分に連携された切れ目のない医療提供体制を実現する。
3 財源の確保と国民皆保険制度の堅持
負担と給付のバランスに関する国民的合意を形成し、医療の質とアクセスのために必要な財源を確保し、国民皆保険制度を維持・発展・強化する。
4 患者本位の医療
世界保健機関(WHO)の国際的な理念と日本国憲法の精神に沿って、患者の権利と尊厳を尊重し、患者本位の医療が実現される体制を構築する。
5 国民参加の政策決定
患者・国民が参加し、医療の関係者が患者・国民と相互信頼に基づいて協働し、速やかに政策の合意形成が行われ、医療を継続的・総合的に評価改善していく仕組みを形成する。
6 関係者の役割と責務
国、地方公共団体、医療機関、医療従事者、医療関係事業者、医療保険者及び患者・国民等、それぞれの立場が担う役割と責務を明確にする。
医療基本法と患者の権利
三団体共同骨子は、三団体の最大公約数的なところでまとめたものであり、力点の置き方は三団体それぞれに個性があります。
例えば、「あり方協議会」であれは、なんといっても政策決定過程への患者参画という手続保障的な面を強調することになるのですが、私たち「つくる会」は、手続面もさることながら、「患者の権利とはいったい何か」という実体的な面に重点を置くことになります。
医療基本法は、医療分野における個別法の上位規範であり、個別法と憲法とを繋ぐ役割を担います。つまり、医療分野において、憲法がどう具現化されるべきかを定めるのが医療基本法であり、その意味では、「医療基本法」=「医療分野における憲法」であると言えます。
ところで、憲法、とはいったい何でしょうか。もともと、「憲法」というのは国の基本的構造のことを意味しているのですが、近代立憲主義国家では、基本的人権の保障がその中核であり、そのために国家権力を拘束、制限するのが「憲法」であると考えられています。日本国憲法も、まさしく第三章の「国民の権利と義務」を中核であり、それを実現するために第四章以降の統治機構が定められます。
このような憲法を、医療分野でどう具現化するか。それは、例えば憲法13条の幸福追求権、個人の尊厳は、医療分野においてどのような権利として現れるのか、憲法25条の生存権はどうか、という問題が出発点になるはずではないでしょうか。つまり、それが私たちのいう「患者の権利」です。憲法13条から、患者の自己決定権が導かれ、憲法25条から最善の医療を受ける権利が導かれる。憲法14条からは、病気や障害を理由とする差別は許されないし、経済的、社会的条件や、宗教、国籍、性別等に関わりなく平等に医療を受ける権利が保障されなければならない…。
例えばHーPACは、医療をめぐる重点課題として、(1)医療供給体制の充実、(2)医療の質と安全の確保、(3)患者の権利の保障、(4)国民皆保険制度の維持を挙げます。これらが重要な課題であることに全く異論はありません。しかし、なぜ、国が責任をもって、医療供給体制を充実させたり、医療の質と安全を確保しなければならないのか。それは、最善かつ安全な医療を受けることを、基本的人権として位置付けるからではないでしょうか。なぜ、国民皆保険制度を維持しなければならないのか。それは経済的条件に関わりなく平等に医療にアクセスする権利を保障するための制度だからではないでしょうか。
こういった医療をめぐる重点課題を、経済情勢やその時々の政権担当者のきまぐれに左右されることなく実現していくために、医療基本法が必要です。そして、医療基本法の中に、単に政策目標として書きこむだけではなく、日本国憲法の基本的人権保障からの要請として書きこむことこそ、医療基本法をほんとうに「医療分野の憲法」たらしめる中核部分であると、私は考えています。
概ね、以上のようなことを、「つくる会」の考え方としてお話しさせていただきました。
今後に向けて
勉強会に参加した国会議員のみなさんの議論はとても心強いものでした。しかし、あとはお任せしておけば、来年には医療基本法が制定されるということにはならないと思います。
なんといっても即効性の見えにくい法律なのです。目の前の課題に追われる国会議員の関心を集め、懸案目白押しの国会で審議日程を確保するのは容易なことではありません。医療に関する問題意識を高め、国民の医療基本法制定を求める声を集めていく粘り強い取り組みが必要です。
それにしても、三団体共同骨子の発表、そして日本医師会の提言と、機運は高まりつつあります。医療基本法による患者の権利法制化という方向性に確信を持って運動を進めていきたいと思います。
とりあえずは11月10日の福岡シンポの準備を進める必要がありますが、それと並行して、要綱案のブラッシュアップ作業もあります。会員のみなさまの、要綱案に対するご意見をお待ちしています。