権利法NEWS

医療版事故調制度実現に向けて 〜産科医療補償制度の検証から

 

事務局長 小林 洋二

baby.jpg

医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会

 さる2月15日、マスコミ各社は、厚生労働省が、医療版事故調制度の検討を再開したことを報じました。これは、昨年8月から議論が続いている「医療の安全・質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会(以下、「無過失補償制度検討会」と表記します)の中に、「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会(以下、「医療事故調査検討部会」といいます)」が設置され、この2月15日に第一回が開催されたものです。

 もともと、「無過失補償制度検討会」は「医療の安全・質の向上に資する」という言葉が入っているように、「医療事故の原因究明及び再発防止の仕組みのあり方について」が検討項目に挙がっていました。ところが、検討会での議論が始まってみると、特に医療提供者側の委員から、「原因究明と補償は切り離すべきだ」という意見が相次いで主張され、その方向性が危ぶまれていました。

 医療事故被害者の願いには、原状回復、真相究明、再発防止、反省・謝罪、損害賠償という五つが含まれると云われています。もちろん、被害にみあった金銭補償、経済的援助も必要ですが、それとともに車の両輪を為すのは原因究明です。原因究明を行わずお金だけ支払って終わりというシステムは、単に医療提供者側の訴訟リスクの回避を目指すものであり、被害者の願いに背を向けるものと言わざるを得ません。おそらく国民の広い支持が得られることはないと思われます。

 そのような検討会の議論の状況で、この「医療事故調査検討部会」が設置されたことをどう受け止めるべきか、なかなか評価の難しいところです。医療事故調査についても、本来の検討課題に入っているのだからなぜわざわざ部会を設置する必要があるのだろうかという疑問がないではありません。

 しかし、この「医療事故調査検討部会」の構成をみると、親検討会である「無過失補償制度検討会」の委員ではない新たな顔触れが加わっています。その新たな6名のうちの3名は、3年前に第三次試案を出した「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」の委員です。

 ということは、3年前にあれほど議論したにもかかわらず、店晒し状態になってしまった第三次試案が、もう一度日の目をみる機会がやってきたと考えていいのかもしれません。実際、2月15日に開催された第一回の資料には、第三次試案及び医療安全調査委員会設置法案大綱案、そしてそれらに対して寄せられた主な意見も資料として配付されています。

 今後、この検討部会の議論の行方に注目していきたいと思います。

 

産科医療補償制度の現状

 補償と原因究明とを車の両輪として設計された制度として、産科医療補償制度があります。制度概要は何度か紹介したことがあるかと思いますが、改めて。

(1) 補償対象

分娩により次の基準を充たす状態で出生した児

i 出生体重2000グラム以上かつ在胎週数33週以上

(この基準に該当しない場合でも在胎週数28週以上であれば周産期状況から個別に審査)

ii 身体障害者1又は2級相当の重症児

但し、先天性要因などの除外基準に該当する場合を除く

② 補償内容

準備一時金 600万円 × 1回(看護・介護の基盤整備)

補償分割金  120万円×20回(看護・介護費用のための年金)

③ 原因分析

補償対象となった事例につき、原因分析委員会において医学的観点から検証・分析し、その結果を児とその家族及び分娩機関にフィードバックする。

④ 再発防止

原因分析された個々の事例情報を体系的に整理、蓄積し、広く社会に公開することで将来の脳性麻痺の発症の防止等産科医療の質の向上を図る。

2009年1月から運用が開始されたこの制度が、どのように機能していくか、これは医療事故原因究明制度と無過失補償制度との関係を考える上で必須の検討事項だと思われます。

発足以来の2年間で、274例の審査請求があり、うち252例が補償対象とされています。この252例が原因分析委員会の検討対象となり、現在、同制度のホームページには、89件についての原因分析報告書(要約版)がアップされています。

昨年八月、このうち2010年12月までに原因分析報告書を公表した15例を対象として、第1回の「再発防止に関する報告書」が発表されました。報告は、「分娩中の胎児心拍数聴取」、「新生児蘇生」、「子宮収縮薬」、「臍帯脱出」という四つのテーマを扱っており、たいへん示唆に富むものになっています。この段階ではまだ15例と症例が少なく、分析にも自ずと限界がありますが、この形で事例の集積が進めば、事故再発防止に極めて有効な分析が得られることが期待されます。

この制度については、既に第1回の制度見直しの検討が開始されていますが、そこには非常に興味深いデータが提供されています。昨年12月末までに補償対象となった252件中、損害賠償請求等が行われたのは、僅か18件に過ぎません。わずかに7.4パーセントです。18件中、損害賠償が確定したのは2件であり、これはいずれも訴訟によらずに解決しています。現時点で、実際に訴訟になっているのは3件です。

訴訟件数の推移から観ると、制度発足後の2年間における産婦人科の訴訟件数は年間約87件であり、制度発足前5年間の平均約135から大幅に減少しています。

もちろん、制度はまだはじまったばかりであり、これらの数字にどれほど意味があるかはもう少し推移を眺めないと何とも言えません。しかし、医療版事故調に反対する一部の医療関係者(及び弁護士)が主張するような、原因分析報告書を受け取った患者・遺族がそれをもって弁護士に損害賠償請求の依頼に行くといったことが多発している状況にないことは、ほぼ間違いなさそうです。