権利法NEWS

書籍紹介「困ってるひと」

大野更紗 著

ポプラ社(1400円)

 

 本書は、昨年東北大震災の直後に上梓され、初夏に出版されたもの。福島出身、上智大学仏文科大学院に所属しながら、ビルマ難民問題にのめりこんだ「ビルマ女子」として東奔西走、何人力もの働きで稠密な毎日を送っていた二十代半ば、青春を満喫すべき著者が、ある日突然の「難病」(筋膜炎脂肪織炎症候群)に見舞われ、「難」を観察する人から「難」の当事者となり、それまでまったく無縁だった医療や福祉の問題に直面せざるを得なくなって経験したあれこれがつづられている。

 

 

 発売後たちまち評判となり、書店には柔らかなイラストに彩られた表紙の本書が平積みされていたから、手に取ってみた方も多いのではないだろうか。

 まさにタイトルそのもの、「困ってる」著者の「難」の日常が描かれているわけだが、これがもう、超絶なるオモシロさである上に、マコトに心揺さぶられるモノガタリとなっているのだ。イヤイヤ、オモシロイなどとかりそめにも言ってはならぬほどの、とんでもない困難。次から次に降りかかる災難は、難民観察によって鍛えられた確かな表現力によって語られているがゆえの臨場感を持ちながら、まさに想像を絶する。

 それこそ、生きていること自体が苦痛、な日々を、けれど大野さんは「絶望は、しない」と決めて生きる。どっぷりとビルマにつかった日々を、自分はあくまで観察者であって、当事者ではなかったのだと冷静に振り返りながら、立ちはだかる社会の障壁に、あきらめずに立ち向かっていく。

 きわめてマレなる難病に見舞われたひとが、いかに困難な状態にさらされるのか、医療も福祉も、必要なところに到達できるどころか、その存在の有無を正確に知ることさえ、いかに困難であるのか。

 それにしても、当たり前に享受していた日常を、とつぜんに失ったのだから、なかなか前を向いて生きられるものではない。当然ながら希望を持つことができず、死を願った時期があったことにも触れられている。

 著者の困難には終わりがない。難病であり、その根本的な治療による解決が望めない以上、生きているかぎりにおいて、先の見えない困難と、ずっと共生していかなければならないのだ。

 それなのに、この軽やかな筆致はどうだ。数々の「災難」に対する「生き検査地獄」、「大難病養成ギプス学校入学」、「おしり大逆事件」、「『制度』のマリアナ海溝」といった、ぶっ飛んだネーミング。次から次にさらなる「難」を送り込んでくる医療者に、「宇宙プロフェッサー」、「クマ先生」、「キテレツ先生」などと名付ける、何ともあたたかいまなざし。

「絶望」について、著者はこう述べる。

「昨今、巷で大流行している「絶望」というのは、身体的苦痛のみがもたらすものでは、決してない。/わたしという存在を取り巻くすべて、自分の身体、家族、友人、居住、カネ、仕事、学校、愛情、行政、国家。「社会」との、壮絶な蟻地獄、泥沼劇、アメイジングが、「絶望」「希望」を、表裏一体でつくりだす。/生きるとは、けっこう苦しいが、まことに奇っ怪で、書くには値するかも、しれない。」

 この最後の一文が、私は無性に好きだ。書く力を持ち、書くに値する対象・課題をしかと持ち得たからこそ、大野さんは、踏みとどまり、こうして「絶望は、しない」毎日を、マレなる観察と批評のまなざしで、見つめ、考え、再構築して、文章に変え、命をつむいでいる。

 明日へと向かう勇気をもらえる一冊だ。

(久保井摂)