権利法NEWS

私たちのことを、私たち抜きに決めないで ~障害者自立支援法のその後

 

福岡県  中村 博則

nothingaboutus.jpg

 2010年1月7日、国・厚生労働省は、障害者自立支援法の違憲性を訴えて全国14地裁に提訴していた障害者71名との間で、平成25年8月までに障害者自立支援法を廃止し、当事者の意見に十分耳を傾けた新たな総合福祉法制を創設することを約束する「基本合意」を交わしました。

 

 

 違憲訴訟は、障害者自立支援法によって、「応益負担」、すなわち必要とする支援の量に応じた負担を強いられることになった障害者たちが、食事や排泄、移動といった当たり前の行為の援助に過大な負担を課すことは、それ自体障害者に対する差別であり、憲法に保障された基本的人権を侵すものだとして、その制度の廃止を求めて立ち上がった裁判でした。

 いかにして裁判闘争に勝利するか、全国で熱心な議論が交わされているさなか、総選挙が行われ、あの政権交代があり、マニフェストに法廃止と新たな総合福祉法の制定を掲げていた民主党が政権与党となったことから、法廃止を前提とする和解の打診があり、原告団、弁護団と政権与党との間で交渉を重ねた結果、基本合意を交わす運びとなったのです。

 原告の相当数が、和解よりも判決を切望していました。長期的な視野を持たない政府や官僚によるときどきの制度転換に翻弄されてきた当事者にとっては、一政権与党の約束を安易に信じることはできないとのおもいが強く、だまされるのではないかといった声がありました。

 しかし、すべての原告が考えに考え、一人ひとりその思いを述べる会議を経て、全員一致で、基本合意の獲得に合意したのです。

 基本合意に基づき、内閣府のもとに首相を本部長とする障がい者制度改革推進本部が、またそのもとに具体的な議論と提言をまとめる作業を行う障がい者制度改革推進会議が設置されました。後者は、その過半数が障害当事者により構成され、まさに当事者の声を反映した制度の設計にふさわしい組織として、大きな希望をもって迎えられました。

 昨年8月、推進会議総合福祉部会が、「障害総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言ー新法の制定を目指してー」(「骨格提言」)を発表しました。全18回、1回につき4時間以上も議論を交わすという膨大な作業を経て、委員の全員一致でまとめ上げた143頁にわたる大作で、応益負担の廃止はもちろん、本号で紹介されている「困ってるひと」の著者大野更紗さんのような難病患者をはじめとして、今の制度では「障害」概念から外れてしまい、必要な援助を受けることができない「制度の谷間」に落ち込む難民をなくすための「障害」の範囲の定め方(障害をいわゆる個人の身体や健康の問題とする「医療モデル」から、適切な支援を社会がもっていないことが障害という状態を作り出しているとする「社会モデル」への転換)、必要に応じた支援体系など、抜本的な改革を提言するもので、すべての当事者が納得する内容のものでした。

 ところが、今国会において、厚生労働省は、この骨格提言を無視し、基本合意に反して、障害者自立支援法改正法案を提出しようとしています。71名の原告と厚生労働大臣が合意し、それぞれ署名押印した文書による約束を、一方的に国が反故にする、そんなことが許されていいはずはありません。

 厚労省は、法廃止できない理由として、1)現行制度を廃止すると現場が混乱する、2)改正法ではあるが新たに「理念規定」をもうけることにより実質的に法廃止と同じになっている、3)課題については引き続き検討して必要に応じて措置を行うことで対応する、と弁解していますが、現場はむしろ骨格提言に基づいた変革を切望していますし、姑息的な理念規定の創設をもって法廃止に準じるとすることができないのは明らかです。また、必要な(予算)措置を講じるという約束は、政権や経済状態の変化により、容易に反故にされてしまうであろうことは目に見えています。

 こうした厚労省の態度の背景には、連日報じられているような民主党政権自体の弱体化、当初可能な限りその介入を排除していた官僚たちの巻き返し、障害者自立支援法を自公政権時代の大いなる成果と評価し、問題性を直視しようとしない自公による干渉など、さまざまな要因があります。また、東日本大震災を受け、長らく停滞し先行きの見えない経済状況の中で、福祉に対する強力な切り下げの圧力もあります。

 しかし、大震災があきらかにしたのは、災害は、社会のもっとも弱いところに、圧倒的な力で襲いかかり、ふたたび立ち上がることをきわめて困難にしてしまう、ということです。もともと医療や福祉が乏しく、著しく高齢化が進み、のりしろが少なかった地域であったからこそ、いっそう被害は大きく、復興への道のりは困難を極めています。

 ひとりひとりが立ち上がることを、力強く支える福祉の存在は、豊かな社会の構築に不可欠です。障害を、社会の障壁によって生み出されたものとしてとらえ、すべての人が、それぞれの個性に応じて社会参加することのできるようにする制度は、現在の閉塞感を打破し、未来を向いた行動へもつながるものになるというべきではないでしょうか。

 当初、厚生労働省が民主党ワーキングチームに提示した改正法案は、わずか三頁ほどの全く中身のないものでした。こうした国・厚労省の露骨な「裏切り」を受け、元原告たちは憤激し、彼らを支援する多数の障害当事者等関係者らが奮起し、各地で集会が開催され、また地元議員への熱心な要請活動が展開されました。その迅速な動きと、さざ波のように広がった批判の高まりは、確かに厚労省や民主党に届きつつあるようです。

 直近に示された厚労省案にはかなりの修正が加えられ、一見「基本合意」を相当に反映したかのような記述も見られます。これは、この短期間における当事者運動によるものであり、まだこれからも、基本合意を守らせるための働きかけを強めていくことの大切さを示すものでもあります。

 障害者自立支援法違憲訴訟は、薬害HIV訴訟、ハンセン病違憲国賠訴訟、原爆症訴訟等々に連なり、国の政策そのものの変革と形成をもとめる「政策形成訴訟」です。かかる訴訟において、訴訟当事者である国と原告団との「基本合意」や「和解」「協議書」等に明記した約束が反故にされるようなことを許すならば、これからの「政策形成訴訟」はきわめて困難となり、人権の砦としての裁判所の役割は著しく矮小化してしまうといわざるを得ません。

 今回の国の基本合意違反を受け、去る二月九日、障害者自立支援法違憲訴訟原告団・全国弁護団、薬害肝炎全国原告団・弁護団、ハンセン病違憲国家賠償訴訟全国弁護団連絡会、原爆症認定訴訟全国弁護団連絡会、全国生存権訴訟弁護団、全国B型肝炎訴訟弁護団、中国「残留孤児」国家賠償訴訟弁護団全国連絡会、東京HIV弁護団、大阪HIV訴訟弁護団、ノーモア・ミナマタ国賠等請求訴訟弁護団、薬害イレッサ訴訟統一弁護団の連名で、首相と厚生労働大臣を名宛て人とする「国による基本合意の反故を許さない!集団訴訟弁護団 共同抗議声明」を発表しました。

 障害者自立支援法違憲訴訟については、昨年その記録集が出版されています(「障害者自立支援法違憲訴訟ー立ち上がった当事者たち」生活書院)。こちらも是非併せてお読みいただければと思います。