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書籍紹介「堤先生、こんばんは0(^-^)0」

 

堤先生、こんばんはo(^-^)o」

若き女性がん患者と病理医のいのちの対話

三恵社(一八〇〇円)

 

 昨年の夏合宿の席で著者の堤寛さんからこの書籍の出版を予告するチラシをいただいたときから、必ず読もうと思っていました。

 副題が示すとおり、これは、がんを患ったある若い女性患者と、臨床病理医である堤さんとの2年間にわたる電子メールのやりとりを収録したものです。318頁にわたる書物中、実に300頁あまりがメールで占められ、およそその七、八割は患者である為後久視さんが堤さんに送信したものです(堤さんご自身のメールは収録されていないものが多数あるようです)。

 

 

 為後さんは、2003年に卵巣がんの疑いで手術を受け、卵巣ではなく後腹膜にあった2キログラムもの巨大な腫瘍を摘出しましたが、主治医から悪性ではなかったとの説明を受けていました。ところが、2年後に再度後腹膜に腫瘍がみつかり、6センチ大の腫瘍が摘出され、これが悪性で、しかも2年前の腫瘍の再発であることが明らかになりました。

 この二度の手術の際の摘出腫瘍のガラス標本が、「孤高のメス」の著者でもある外科医の大鐘稔彦医師から、セカンド・オピニオンを求めて送付されてきたことから、堤さんとの関わりが始まりました。

 本書は巻頭に堤さんによる簡潔な臨床経過の説明、堤さんが再診断して作成した病理診断報告書、そして為後さんに直接送った長い手紙が収録されています。

 後腹膜原発の悪性パラガングリオーマ。悪性だが悪性の中では進行が遅い低悪性度のがんではあるものの、それゆえに化学療法が効きにくいということがわかりやすく解説されたその手紙からは、きびしい状況を、けれどもできる限り正確に理解してほしい、正確な理解に基づいてこれからのことに向き合ってほしい、という誠実な思いが伝わってきます。

 手紙を受け取った為後さんは、その日のうちに堤さんにメールを送ります。心からの謝礼と、2年前の誤診を口惜しむ思い。こうして「いのちの対話」ははじまり、為後さんの命がつきる8日前まで、たくさんの言葉が紡がれます。

 問題のがんやその治療法についてのやりとりはもちろん、限りあるいのちを自覚した彼女が生きている今がいきいきと綴られ、正確に知ろうとする強い願いは、ときに過去の誤診を悔やんで乱れ、ゆたかな心象が展開されていきます。

 この書籍、びっくりしたのは、序章とあとがき、そして為後さんのお母さんからの手紙のほかは、本当にすべてメール本文のみで構成されていることです。それにも関わらず、確かに読めて、たいせつなことを学ぶことのできる書物になっている、というだけで、お二人の「対話」がいかに充実したものであるかがわかるのではないでしょうか。

 為後さんのがんは、抗がん剤が効かず、ホルモン剤も有効性が証明されておらず、放射線療法も効果を期待できないというきびしいものでした。主治医はしきりに化学療法を勧めますが、堤さんから病理検査結果について詳しい説明を受けている彼女は、迷い、悩みます。堤さんは検査結果に照らして試してみる価値のある方法として、ホルモン剤を使うことを勧めるのですが、それは実現できず、結局堤さんの反対をおして一時期化学療法を受けることになります。

 読む限りでは、化学療法は全く効果はなく、副作用による苦しみが増しただけのように感じました。

 これほど強力な助走者がありながら、そして自身がかなり正確に自分の病態を理解しながら、不本意な化学療法を受ける選択をせざるを得なかったところに、この国の患者が置かれている厳しい状況が垣間見えるように思いました。

 対話がはじまったころ、「堤先生様」と呼びかけていた為後さんは、堤さんから「先生様はやめましょう」と提案され、「堤先生」という呼称を用いますが、亡くなる前の月のメールの何通かには「先生様」という呼称が復活しています。そこに、疼痛に苦しんでいた為後さんの、ときに彷徨する心のひだを読み込むのは、あまりにうがった見方になるでしょうか。 (久保井摂)