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設立20周年シンポジウム 「みんなの医療基本法」に参加して

 


東京  紙子 陽子

 

 2011年10月22日土曜日、東京都千代田区の明治大学駿河台キャンパスにおいて、「患者の権利法をつくる会」創立20周年記念シンポジウム『みんなの医療基本法』が開催されました。

  秋の気配を漂わせた小雨の中、会場の大教室には100人を超える参加者が集まり、低い壇上にはずらりと七人のパネリストが並びました。コーディネーターの司会進行や基調報告は、マイクを握って立ったまま軽快に進められ、会場とパネリストの意見交換も活発になされ、活気あふれる集会となりました。三時間半と短くない講演・パネルディスカッションですが、その間、どんどんと医療基本法制定に向けて気運が盛り上がっていくのが感じられました。

 

 

 私はもともと、「患者の権利法をつくる会」の名前は聞いたことがある、医療基本法という名前の出てくるシンポジウムが昨年の今頃に開催されていたような記憶がある、という程度のことしか知りません。今回のシンポジウムについては、医療問題弁護団のメ

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ーリングリストで開催を知って、知っている先生が呼びかけているからちょっとどんな話か聞いてみようかな、と軽い気持ちでひょいと参加しました。

 集会が始まる前に、私は初めて見る水色の小冊子、「与えられる医療から参加する医療へ(患者の権利法要綱案パンフレット六訂版)」をもらいます。六訂版!歴史のある法律案なんだなあと内心驚きを覚えます。会場には、続々と顔見知りの弁護士や、さきほどまで御茶ノ水駅前で医療版事故調査委員会設立を呼びかけるビラ配りをされていた患者団体の方々や、老若男女さまざまな方が集まってきます。

 そして、受付でもらったもう一冊の厚い「みんなの医療基本法・資料集」。緑の猫と猫眼の男の子?女の子?が描かれた表紙をめくると、「『つくる会』の二〇年」と題した解説と後ろの方に「患者の権利法年表」があり、ちらちらと読みながら、シンポジウムの開始を待ちました。この解説はまるで患者の権利の歴史の教科書で、私のように、学校で体系的に学んでもいないし、医療政策についても何も知らない者にとっては、とてもよいも

のでした。「今普通に行われるカルテの任意開示は、こんなに困難だったものを、徐々に勝ち取ってきた運動の成果だったんだ・・・」と、目を見開かされる思いでした。

この、患者の権利とつくる会の歴史をまとめてレクチャーしてくださったのが、「つくる会」事務局長・弁護士の小林洋二氏からの第一部基調報告の前半です。

 「つくる会」結成当時は、インフォームド・コンセントの普及・定着に力が注がれたこと、一九九一年に最初の「患者の諸権利を定める法律要綱案」がつくられたこと。九〇年代からカルテ開示が徐々に始まり、2003年の個人情報保護法によって法制化されたこと。(根拠法ができたのはごく近年のことなのだな、と改めてわかりました。)

 一九九九年以降、患者取違え事件等が起こり、安全な医療の実現に向けて、厚労省や医療法が変わり始めたこと。その結果、2000年代後半に「診療行為関連死亡に係る調

査分析モデル事業」や「産科医療補償制度」ができ、今の最大の課題は「医療版事故調査委員会」制度の設立であること。

 医療制度については1970年代から東京大学の医療政策研究グループがあり(この人材養成講座・東大HSP出身の方々が、今日の集会のパネリストとして集まっているのでした。)、2008年のハンセン病問題検証会議の提言に基づく検討会が「医療基本法」制定を提案し、医療事故被害者・市民が活発に運動し、現在に至って医療界からも医療基本法制定を提唱する動きが出てきたとのことでした。資料集を読むと、この頃「つくる会」な

ど多くの団体がまとまって意見書等を厚労大臣に提出したとあり、市民・患者団体が連携してこの流れを作ってきたことがわかりました。

 第一部の後半は、メインの「医療基本法要綱案 2011年10月1日患者の権利法をつくる会世話人会」(世話人会案)の紹介でした。

 実を言えば、私は、シンポジウム中は、「患者の権利法=医療基本法」とイメージし、新しく改訂した要綱案の呼び名の違いかと思っていました。しかし、そうではなくて

、医療基本法は、今まで患者の権利が医療機関・医療提供者に対して、診療契約に基づいてインフォームド・コンセントやカルテの閲覧謄写請求をできる権利と性格づけられていたところを、まずは患者の権利を憲法に基づく基本的人権と位置づけて、国家と国民間の関係で患者が国家に保護を要求できるもの、国家がその権利を守る義務があるもの、と性格づけた違いがあるのでした。

 そして、医療基本法世話人会案では、医療機関・医療提供者が患者の権利実現のサポートをする立場として、その責務が定められています。患者の権利法要綱案と異なるの

は、医療保険の保険者や医薬品・医療機器のメーカーや販売事業者、医療施設や医療従事者のの団体や事業者団体、患者団体といったあらゆる医療の関係者をカバーして、それぞれの役割や責務を定めているところです。

 つまり、医療基本法は、患者の具体的な権利や医療関係者の具体的義務や、各種制度の基盤に通底する共通の基本理念を明らかにして、憲法と現状の医療に関する法律や

制度をつなぐものなのです。

 小林氏の講演とパワーポイントの図解では、そういう関係がわかりやすく示されていました。集会の後に、資料集に載せられた各条文を読んでみると、これは医療の憲法なんだな、と思いました。法律としては、わかりやすい言葉で書かれた条文です。

 私が興味を持った点は、まず医療従事者の労働者としての権利を侵害しないように

、医療施設開設者に対して義務づけていること(医療従事者が過重労働に耐えている医療現場では、危険も多く、患者の権利を尊重する余裕もなくなってしまうのですね。)。次には、患者にも、最善、安全かつ効率的な医療が実現するよう努める責務を定めていることです。

 30分にメインテーマが凝縮された第一部に続いて、第二部パネルディスカッションに移りました。

 まず、「医療基本法の意義について」として、参議院議員小西洋之氏のプレゼンテーションがありました。教育、環境、科学技術、農業、食料といろいろな分野に基本法があるのに、医療には政策全般の基本理念・基本方針を定めた基本法がないこと、医療基本法に盛り込まれるべき内容などの他、国会における議論状況も説明くださいました。医療基本法が基盤となって、医療関係者間の信頼が醸成されるという結びでした。

次に、「問われる医療保険者の保険者機能」として、全国保険協会連合会理事長の伊藤雅治氏から報告がありました。日本の医療政策の決定プロセスにもっと患者の声を反映させよう、とその施策を研究してこられた立場から、保険者はもっと患者の立場を代弁すべき、と述べられました。そして、医療全体の問題解決のために今こそ医療基本法の制定が必要、国民皆保険制度のような助け合いの社会を維持するのかアメリカのような自己責任の国にしていくのか国民的な議論が必要、との言葉。述べられました。世話人会案に対しては、政策決定へ患者・市民が参画していくことを法定化しては、との提案がありました。

次に、「医療基本法は必要かー勤務医の立場から」として、愛育病院医療安全管理室・新生児科の加部一彦氏が、「理念」なき日本の医療の現状では、場当たり的な部分最適をはかっても解決しない、「医療のグランドデザイン」が必要、「医療基本法」を医療改革の出発点に、と述べられました。産科医が減った原因は訴訟が増えたからではない、医師が増えた分野では女性医師が多い、女性医師が働きやすい環境をつくらないと医療体制が支えられないというお話があ

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り、少し驚いて印象的でした。世話人会案に対しては、子どもについて成人患者とは別扱いで権利と責務を明記すべきではないか、子どもは社会の公共財、子どもや高齢者の権利擁護について施設開設者・医療従事者の責務に明記すべき、等と指摘されました。

 次に「事業者の役割」として、J&T治験塾塾長・昭和大学医学部客員教授、医薬品企業法務研究会顧問の辻純一郎氏から、医薬品被害の損失補償・損害賠償について、

詳細なパワーポイントをぎゅっと詰めた報告がなされました。J&Tという架空の製薬企業の補償制度を構想した内容から、ジェネリック製品処方の問題、製薬企業の責務についてはイレッサ判決にもふれて、判決は〝国や製薬企業は添付文書等で実効性ある注意喚起をすべし〟と言ってい

る、アストラゼネカ社だけの問題ではなく業界共通の課題、と述べられました。

 最後は「患者の立場から」として、NPO法人HOPEプロジェクト理事長の桜井なおみ氏からのプレゼンテーションでした。患者が直面する痛みの一つに経済的困難があり、患者高額療養費制度の見直しなど議論がされている、医療は公共財でありみんなのもの、医療に関わる関係者も国民自身も責務を果たしていくことが求められる、と述べられました。そして、世話人会案の良いと思われたところを一つひとつ取り上げ、患者も勉強する権

利があるのではないか、患者団体の活動の促進・患者団体の役割の規定がおもしろい、と述べられ、スウェーデンの患者団体(一つの疾患に一つの団体で、政府の補助金を用いて調査活動を行い、結果は政府に報告する。)についても話してくださいました。

 短い休憩

を挟んで、会場の参加者が代わる代わるマイクの前に立ち、パネリストとの意見交換が行われました。何度も触れられた論点には、医師の地域的偏在の問題、患者が医療政策に参画していくには患者の学習が必要という学習権保障の問題がありました。

 また、患者の経済面のサポート、患者団体が製薬企業から経済的支援を受けることの是非、医療の公共性に基づく資源の配分の問題(スウェーデンのように国民負担の何%を患者団体に供給する案など)が、関連する問題として議論が続きました。

 他に、「患者」の定義に関する疑問や、患者の「知らされない権利」への配慮はないのか、とか、子どものころから医療に関する教育を、という声もありました。会場から出た論点には、世話人会でも議論されていた問題が多く、患者の学習権など今後も議論されていくだろうということでした。

私は、ただただ議論のレベルに驚いて、聞いていました。(昨年にも一昨年にもシンポジウムが開かれて、毎年議論が発展しているらしい。すごくレベルが高い聴衆なのだなあ・・・。おそらく会場の参加者の中で私がいちばん何も知らないのに、感想文など書いていいのだろうか・・・。)こ

うして異なる立場の医療に関わる人々が100人以上も集まって、活発に意見を交わしている光景は刺激的でした。何よりも、それらの声がバラバラの主張ではなく有機的につながって、医療に関わる問題がみんなの問題として共有されているということに、感銘を受けました。

この医療基本法案は、これから多くの議論を経て変化しながらも、しっかり現実の法律になっていくのだろうな、と思えます。そして、近い未来には、新しい「医療のグランドデザイン」が描き出され、私が最初に「カルテ開示って、少し前までこんなに難しかったのか」と驚いたように、今となってはごくスムーズに医療関係者も市民・患者も、共通の基本理念を共有している、ということになるのだろうな、と思えます。なぜなら、こんなにいろいろな立場の方々が、医療基本法が必要という点で一致し、患者の権利の尊重を柱に、大事な基本については共通のデザインを持っておられるのだから。・・・というのは、先人の苦労を知らないがゆえに、楽観的な感想でしょうか。少なくとも、私も傍観していてはいけないのですね。

 たくさんの示唆を与えてくださったシンポジウム参加者のみなさま、企画・準備をされたみなさま、ありがとうございました。