事務局長 小林 洋二
7月9日と10日の2日間、横浜市内で世話人合宿を行いました。今回は、2日間みっちりと、医療基本法要綱案策定に向けて熱のこもった議論が交わされました。その議論の全てをお伝えすることはできませんので、以下、私にとって印象深かった点を中心に報告いたします。
○医療基本法における保険者の役割〜伊藤雅治さん
9日は、まず全国社会保険協会連合会理事長の伊藤雅治さんをアドバイザーに、医療基本法における保険者の役割について議論しました。
伊藤さんは、厚労省の保険医療局長、健康政策局長、医政局長を歴任された方です。長年にわたって医療行政に関わった経験から、日本の医療政策が、医療を提供する側のみの関与で決定されてきたことについて大きな問題意識を抱き、これが現在の、「患者の声を医療政策に反映させる在り方検討会」の活動や、医療基本法の提唱に繋がっているようです。
保険者の位置づけとしては、本来は患者の立場と表裏一体であり、集積された医療費支払いのデータを駆使して積極的に保険者機能を果たすべきとのことでしたが、非常に興味深かったのは、従来、社会保険庁が運用していた社会保険が、社会保険庁の解体により全国健康保険協会の協会けんぽに移行したこと及び現在は市町村単位で運営している国民健康保険を都道府県単位の運用にしようという動きがあることにより、今後、都道府県の保険者としての役割が大きくなる可能性があるということです。
医療法上、都道府県は地域医療計画を策定することになっており、現に策定されているわけですが、都道府県は、自らが策定した計画を実現する手段を何一つ持っていないのが現状だ、と伊藤さんはいいます。今後は、医療計画と健康保険(公務員共済と組合健保はまた話が別になってきますが)を都道府県で一体的に運用し、医療施設が足りない地域で優先的に保険医療機関としての指定を行う、ある診療科が不足している地域ではその診療科をもつ医療施設を優先的に保険医療機関として指定するといった方策により、医師及び医療機関の適正配置を実現していることができないかというのが伊藤さんの問題提起です。現在は、保険医指定及び保険医療機関の指定は、厚労大臣の権限であり、保険者はそれに容喙する手段を持ちませんが、確かに診療報酬を支払うのは保険者であることからすれば、保険医及び保険医療機関の指定に、保険者が何ら関与しないという現在の制度はやや歪なものにも思えます。もちろん、医師にも職業選択の自由や営業の自由はありますから、医療施設の開設を禁ずることはできないし、ましてや医療過疎地に医師を強制配置することもできません。しかし、診療報酬を支払う保険者が、患者の医療を受ける権利及び医療保険財政の健全化と医療の均てん化を旨として保険医療機関の適正配置を行うという政策は十分あり得るように思えます。
○医療基本法における国・地方公共団体の役割〜小西洋之さん
次のパートは参議院議員の小西洋之さんがアドバイザーです。
小西さんは、総務省で働きながら東大HSP四期生として「医療基本法プロジェクトチーム」の旗振り役を務め、昨年の参議院選に民主党から立候補して当選、現在は東日本大震災の復興活動でも大きな役割を果たしているようです。
小西さんが医療基本法に期するのは、医師偏在の解消、医療の質の担保といったところにあり、その意味では伊藤さんの問題意識とかなり共通するものがあります。
ところで、国・地方公共団体の責務というパートとの関係では、地域主権という理念をどう扱うかが問題になります。小西さんとしては、地方自治は、国が国民に基本的人権を保障するためのツールのはずなのに、現在は、地域主権の建前のもとに国の関与が妨げられ、国民に対する権利保障が行き渡らない部分があるという問題意識があるようです。伊藤さんの提言する地域医療計画と健康保険との都道府県における一体的運用というアイデアは、地域主権の理念に沿うものですが、健康保険財政の赤字に耐えかね、健康保険財政が健全化するまでは新たな保険医指定は行わない、などという過激な政策をとる都道府県が出てきた場合にはどうするのだろう、といった考えが私の頭を去来しました。
そのような事態を避けるための仕組みも、医療基本法の役割の一つということになるのでしょうか。
○医療基本法における医療産業の役割〜犬山里代さん
日本製薬医学会の犬山里代さんは、5年間耳鼻科の臨床医として働いた後、バイエル薬品に入社、現在は同社の執行役員として、安全管理責任者、製造販売後調名等管理責任者といった仕事をされている方です。伊藤さん、小西さんとはこれまでも何度か医療基本法についての意見交換をしてきましたが、犬山さんは今回がはじめてです。薬害オンブズパースンを通じて日本製薬医学会に依頼したところ、 「これまであまり接する機会のなかったテーマですが、これを機会に考えてみたい」と参加していただけることになりました。
犬山さんからは、事業者も、薬事法上の報告義務を果たしていればそれでいいという考え方から、集まった情報をどうやって医師や患者にフィードバックしていくかを考えるようになってはいるが、その情報収集、情報提供を担うMR(メディカル・リプレゼンタティヴ:医療情報担当者)は営業部門の所属であり、依然として売り上げでしか業績が評価されない、などといった興味深い実情をお聴きすることができました。
ところで、医師は医薬品の添付文書を読まないという話題の際に、今回の世話人合宿参加者中ただ一人のお医者さんである堤世話人(藤田保健衛生大学教授)に、「自分が処方する薬の添付文書を読めというのは、医師にとっては無理な注文なんでしょうか」と尋ねてみると、「無理でしょうねえ」とのお答え。
医療界ではあたりまえの話なのかもしれませんが、患者側からすると、結構怖い話ですよね。
やはり患者向け添付文書というものが必要なのではないか。それを患者が目にすると思えば医師も添付文書を読まざるを得ないのではないか、などと話は盛り上がりました。
○医療基本法要綱案を巡る議論
10日は、10月22日の総会記念シンポに向けてじゃっかんの議論をした後、要綱案についての議論に入りました。
情報を得る権利について
「患者は、医療従事者から、自己に対する医療行為の目的、方法、危険性、予後、選択しうる他の治療手段、担当する医療従事者の氏名、経歴、自己に対してなされた治療、検査の結果などにつき、十分に理解できるまで説明と報告を受けることができる」という情報を得る権利に関し、医療行為を受ける場面以前の、医療施設にアクセスする段階での情報を得る権利を明記すべきだという意見が小沢世話人から出されました。
この段階での情報の必要性には全く異論はありませんが、それを「権利」という形で条文化することはなかなか難しく、結局、亀岬世話人の意見に従い、現行の医療法の規定を参考に、国及び地方公共団体は、患者が医療施設の選択に関して必要な情報を得られるように適切な措置を講ずるよう努めるものとする」という条項を「基本的施策と国及び地方公共団体の責務」の章に、「医療施設の開設者は、患者が医療施設の選択を適切に行うことができるように、当該医療施設が提供する医療について正確かつ適切な情報を提供するとともに、患者またはその家族からの相談に適切に応ずるよう努めるものとする」という条項を、「医療施設開設者及び医療従事者の責務」の章に入れることにしました。
苦情対応に関する条項
同じく「医療施設開設者及び医療従事者の責務」の章に、「医療施設の開設者は、当該施設に対する患者の苦情に対応するため適切な措置を講じなければならない」という条項を新設しました。患者の権利オンブズマン大分の代表である平野世話人の意見です。
具体的には、一定以上の規模の医療施設においては、院内に第三者委員もいれた苦情処理機関を設置して苦情解決を図り、小規模の医療機関のためには、地方公共団体の設置する苦情処理機関がその任にあたるといった形が考えられるところですが、基本法という性格上、「適切な措置を講じなければならない」という抽象的な規定にして、細かい制度設定は下位規範に委ねるべきだと思われます。
患者及び国民の責務について
「患者は、医療従事者が、良質、安全かつ適切な医療を効率的に提供できるように協力しなければならない」という「患者の責務」条項に関しては、世話人会に引き続き、小沢世話人から疑問が呈されました。権利には義務が伴うということは理解できるけれども、義務が一人歩きして権利主張に対する足枷として働くことへの警戒感が拭いきれないという意見です。
しかし、「効率的に提供できるよう協力する」というのは、患者が医師の意見に従わなければならないことを意味するものでは全くありません。それは、「すべて人は、医療行為を受けるか否かに関し、必要十分な情報を得た上で、同意あるいは拒否する権利を有する」という自己決定権の規定から明らかなことです。ここでいうところの患者の責務というのは、例えば、予約時間は守る、急患以外は診療時間内の受診に努めるといったレベルのことであり、「国民は、医療の公共性を踏まえ、その適切な利用に努めるものとする」という「国民の責務」第一項の具体的な診療場面の現れといえます。医療の公共性を強調する医療基本法の立場からすれば、医療を受ける側と提供する側の双方が協力し合うという形が一番いいのではないでしょうか。
以上のような議論の結果、「〜協力しなければならない」という表現を和らげ、「〜協力するよう努めるものとする」という努力規定に改めることになりました。
また、「国民は、自らの健康状態を自覚し、健康の増進に努めるものとする」という「国民の責務」第二項本文も問題になりましたが、これについてはほぼそのままの文言の条文が健康増進法第二条として存在すること、基本法要綱案としては、その文言を取り入れた上、「病気や障害を、この健康増進義務に違反した結果であると解釈してはならない」という但し書きをつけることにより、健康増進法二条が一人歩きしないよう制限する趣旨であることが説明され、修正には至りませんでした。
ステークホルダー等の責務と役割及び患者団体の活動の促進
今回、事業者、保険者といったステークホルダーの責務や、医療施設団体、医療従事者団体、事業者団体、患者団体といった各種団体の役割についても条文化をしてみました。
これに関連して、堤世話人から患者団体に「患者団体は、疾病及びその治療に関する情報の収集及び提供並びに意見の表明そのほか患者の権利を擁護するための健全かつ自主的な活動に努めるものとする」といった役割を担わせるだけではだめで、そのような役割を果たせるようにエンパワーメントすることが重要ではないかとの意見が出され、「基本的施策と国及び地方公共団体の責務」の章に、「国及び地方公共団体は、患者の権利擁護及び医療の安全性の向上を図るため、患者団体の健全かつ自主的な活動を促進するよう必要な措置を講じなければならない」という条項を新設しました。
個人的には、こんなに議論に集中した世話人合宿は初めてです。会場や懇親会をご準備いただいた世話人の森田さん、ほんとうにありがとうございました。中華街で迷子になって美味しい料理を食べ損ねた小沢さんは残念でした。こんど、携帯の番号を教えておきますね。