権利法NEWS

患者の権利宣言25周年記念シンポジウムで見えてきた次のステップ

小沢木理(常任世話人)

●はじめに

「患者の権利宣言」25周年を迎えた今年、国の方針も一定の方向性が示されました。

10月31日開催の「今こそ患者の権利・医療基本法」のシンポジウムのチラシは、「医療基本法」が現実にならんとする確固たる熱い思いを譲らんとするかのように、真っ赤なバラの花が背景に掲げられていました。敢えて従来のトーンを逸することを意図したが、どうも思い通りにはいかなかったとデザイン作者がこぼしますが、その評価はさておき、この赤いバラが担わされた思いと私の思いは重なります。

 

何よりも25年前に日本ではじめて、医療問題に関わる弁護士たちを中心に「患者の権利宣言」を発表したこと自体が医療大変革へのスタートでした。一方、患者の権利法をつくる会も年々会員数の減少があるとはいえ、今日まで維持してきたことの意義を噛み締めたく思います。つくる会の活動を、中心になって進めてこられた歴代事務局長やニュースの編集長の貢献なくしては成し得なかったと同時に、私を含め会費を納めるだけの会員であっても、これらの人々の存在があったからこそこの会と活動を存続することが出来たという感慨があります。

しかし、このつくる会は、まだまだ現役を続けなければならないことだけは確かのようです。今回のシンポジウムを通して、つくる会のこれからの役務を考えてみたいと思います。

●埋もれていた医療の原点

今回のシンポジウムでは、「患者の権利宣言」起草の主要委員のひとりである鈴木利廣弁護士による開会の挨拶で始まり、同じく加藤良夫弁護士による挨拶で閉じられ、私たちの現在の活動の立ち位置を再確認させられました。

シンポジウムの基調講演で内田博文(九州大学大学院教授)さんは、ハンセン病問題に関するロードマップ委員会で、患者の権利を柱とした「医療基本法」の提言に中心的な役割を果たされた方でもあり、このシンポジウムでは、さらにその考え方の根底にある、医療は「国策に奉仕する医療から 国民の命を守る医療」としてあるべきだという、まさに我々が気付く機会もなかった医療本来の原点を明るみに出してくれました。この理念は医療の場以外でも共通のもので、私たち市民にしっかり染み込んだ行政に対する従属性を溶かしてくれるものです。日頃わたしたちは、「医療はわたしたちのために行われている」とばかり思っていて、国策の医療という視点には到底至りません。しかし、遡ってみれば、1931年からのいわゆる一五年戦争に象徴されるように医療はまさに国策に先導され医療の原点を見失ってきた過去の歴史があります。以来、医療は国を統治するために医療者や国民を管理し発展してきたという体質をずっと引きずってきたと言えると思います。

「国民のいのちは、国策に奉仕させられる国のためのもの(所有物)ではなく、国策から解放され、ひとりひとりの個人のためのものである。と同時に、医療者も国策に奉仕する医療から国民に奉仕する医療にならなければならない。」といったお話は、医療の原点として、医療における主体者である私たちにも理解することができ、まさに頭の中の靄を取り除かれたようでした。

この理念は、これから作られる「医療基本法」の中でしっかり医療の原点となっていなければなりません。この理念こそが不可欠で、この理念抜きの法案であれば要らないのです。そういう意味で、まず誰もがこの基本を理解し共有する必要があると思います。

●ウイン・ウインに必要なものは?

また内田さんは医師法第一九条一項の応召義務について触れ、医療者の服従義務の問題に言及されていました。「本来、医療は、行政下から自立性や専門性を求められている。しかし、現行の医療法や医師法では、行政取締法という性格が強く、公衆衛生など医療行政を円滑に進めるために医療施設や医療従事者はがんじがらめになっている。だが本来医療者は政府から独立し、患者と対立関係でなく協力関係、信頼関係を築くべきだ。その意味からも従来の医療者を取り締まるという「処罰型」には限界があり、「処罰型」から「理解促進型」「人権救済型」へと向かうべきだ。」といった内容だったと思います。このような方向性に全く私も同感します。

しかし、現実には、低レベルの次元で医師が診療拒否をし、患者の利益が著しく損なわれる事例もあり苦慮します。例えばこんなことです。平時医師との間になんのトラブルも無く医師との関係が安定していた患者が、自己記録を保管したいという思いからカルテ開示を求めたのですが、カルテ開示は拒否された挙げ句、興奮の内に「あなたを今後一切診る気はない。信頼が損なわれた。ほかへ行ってくれ。」というものです。このケースの場合、医師が診療拒否をした理由は、当事者である医師自身の権威を傷つけられたという憤りと、未経験な出来事に対する不安、自分の医療に対する自信の無さからくる小心さではないかと思われます。

かといって、患者は大人気ない言動を続けるこのような医師に寛容さを持って黙認せよ、というのは本末転倒だと思います。患者側が、冷静に厚生労働省や日医のガイドライン、個人情報保護法等をその医師に示しても、『罰則は無い。法的拘束力は無い。』『○○医師会が、それでいいと言っている。』の一点張りで、頑として譲りません。

そこで患者側は、やはり、「直接的明確な法律・拘束力のある実効性のある法律」の必要性を強く感じ、またそれを求めたくなるのも当然です。

また今回、同じような、それもかなり驚くような例が日本難病・疾病団体協議会代表の伊藤たておさんから報告されました。

正統な事由無くして診療治療を拒んではならない、という医師法一九条一項に抵触するか否かを考えるための一例として、病院が患者に出した「通知書」と、患者が病院宛に提出した「誓約書」の文書が披露されました。

医療機関が患者に出した「通知書」では、大雑把に荒っぽく言うと、『診療行為に、一切文句言うな。文句は一切言わないという誓約書を提出した場合のみ治療は行う。そうでなければ、当院は治療を行わない。』という通告で、患者が病院宛に出せと言われて書いた「誓約書」の内容は、『医療機関からの「通知書」にあることを理解した上で引き続き治療を希望します。またその「通知書」に書かれていることをひとつでも違反した場合は、診療拒否されても一切異議申し立てしません。』というものでした。

しかもこの病院では、「誓約書」を書かせた患者の苦情窓口である医療支援室は、警察のOBが担っているというのも驚きでした。

実際にこのケースでは、患者は医師や医療機関に対してどのような良識を超えた言動を行ったのかどうか、本当のところは分かりませんので、このケースで医療機関が取った行為の妥当性まで言及出来ませんが、よく言われるモンスターペイシェントではなく、患者としてごく当たり前の説明を求めたり、疑問を尋ねたり、苦情を伝えたりすることにさえ、過敏に反応し患者に嫌悪感をあらわにする医療者は決して珍しくありません。

患者にもモラルが必要ですが、医療者にも、技術以前の職業的立場として、また人間としてのあり方の教育が非常に欠けているように思うことがあります。医療者の労働環境の悪化も影響しているかもしれません。

いづれにせよ、「医療基本法」なるものが、医療者に対し処罰型でないあるべき理念に基づいて作られたとしても、患者の診療や治療を受ける権利を保障し、やはりそこで患者側に我慢という、実質泣き寝入りを強いられることのないものにしていかなければならないということだけは強く感じました。

●パネラー発言では

医療情報の公開・開示を求める市民の会の勝村久司さんは、本当のインフォームド・コンセントとは、レセプト開示→カルテ開示→インフォームド・コンセントという順番であるべきだと話されました。こういう見解に一瞬戸惑いますが、実に納得出来る理屈だと思いました。総じて、医療再生には、レセプト開示が不可欠で、諸問題の解決には情報の公開がその全てであると話されました。

患者の権利オンブズマン副理事長の平野亙さんは、その活動を10年続けてこられ、それまでに相談を受けたたくさんの事例から問題の分析と提案を行いました。医療を市場化と結びつけてはいけないと主張。このオンブズマン活動から得られた平野さんの豊富で貴重な蓄積を、医療基本法の策定に活かさない手はないと思います。

全日本民主医療機関連合会副会長の藤末衛さんは、全日本民医連の今迄の様々な取組みを説明し、一九六一年以来の民医連綱領改定では、「人権と憲法」を明記し、人権を最優先した医療を目指す方針を示しました。確かに、わたしたちは、忘れていたわけではないけれど、国民主権と平和的生存権を謳った日本国憲法を掲げ、その獲得と維持のための努力がもっと必要です。

薬害肝炎全国原告団代表の山口美智子さんは、薬害の再発防止のための制度改革などを訴えました。また麻生前首相が設けた「安心社会実現会議」のメンバーとして『国民の命と基本的人権(患者の自己決定権・最善の医療を受ける権利)を実現するために、2年を目途にそのことを明確に規定する基本法の制定を推進しなければならない。』という会議の最終報告に貢献されました。そのこと自体は大変な功績なのですが、その後の現政権の総理大臣の公約にしていく引き継ぎ作業が私たちの喫緊の課題として残されています。

また、会場からは、医療政策を担う人材養成を目的とした東京大学医療政策人材養成講座(HSP)第四期生で、「医療基本法」プロジェクトチームの小西洋之氏(政策立案者)に発言を求めました。

小西さんたちは、各ステイクホルダーから構成する共同研究で、あるべき医療政策の基本理念・基本方針を定めた「医療基本法」の必要性を提言し、具体的な制度設計を立案しています。

小西さんからの配布資料で、37年前の1972年(昭和47年)に政府提案の「医療基本法」と社会、公明、民社の野党が共同提案した「医療基本法」案が国会に上程され翌年廃案になったことを始めて知りました。今これらを読んでも、当時としてはそこそこ中身は充実したもので興味深いのですが、小西さんは、この当時の野党が作成した「医療基本法」の現代バージョンの必要性と、「日本に今ある基本法は、三六しかない。教育に教育基本法にあるように、医療にもあるべき医療政策の基本理念・基本方針を定めた「医療基本法」が必要だ。」と発言されました。

小西さんたちがHSPで練り上げた医療基本法の私案や、今後の政策提案に格別の期待が寄せられます。

 

●次のステップに向けて

発言された各氏のお話を聞いて、改めて今日から始めなければならない次のステップが私なりに見えてきました。

それは、三七年前に出された「医療基本法」があるにも関わらず、ホコリを被ったままであること。それを生かしながら現代求められるものにして早急に具体化作業を開始させることです。

また、「医療基本法」制定の機は充分熟しているとしても、その加速を促すために、今迄も主張してきたことではありますが、私たちはもっと大きな声で「憲法二五条」を掲げ、その存在とその意義について訴えていくことが必要だと思います。「医療基本法」がごく一部の人の関心事でしかないというもったいない事態になることを避けたいのです。そのためにも誰にとっても共有できる「憲法二五条」を全面に押し出し、その具体化の一環として「医療基本法」をキャンペーンするのが効果的だと思います。

さらには、「基本法」の次、いわゆる個別法についても並行して詰めて行く作業が開始される必要があります。

基本法というのは、憲法と個別法との間をつなぐものとして、いわば「親法」として優越的な地位をもち、当該分野の施策の方向付けを行い、他の法律や行政を指導・誘導する役割を果たすものという特質であるということです。

従って、まずは医療における土台である「医療基本法」を造り、その上に建てられる上ものの設計図が、そこに住む人たちの声を聞きながら描き始められなければならないということです。

私たちが、この「医療基本法」のもとで具体的に人権が保証されるためには、さらに時間を要するということです。

従って、私たちは、次世代にこの作業を引き継いで行くと共に、手を緩めることができないということも、再認識しなければならないように思います。

私たちが手を緩めた時が、後退のはじまりという例はよくあります。

今年もたらされた「医療基本法」へ向けての朗報に、明らかに顔がほころびますが、かといって、ゆるゆるのパンツのゴムでは、すぐずり下がってしまうので、さらなる課題に挑む意欲も溜めておかなければならないようです。