事務局長 小林 洋二
前号でもお伝えしたロードマップ委員会(正式名称「ハンセン病問題に関する検証会議の提言に基づく再発防止検討会」)の中間報告が、さる五月一二日、舛添厚生労働大臣に提出されました。
以下、この中間報告の「患者の権利に関する体系」の序文を引用します。
患者の権利については、医療従事者の側からの自主的な「宣言」ないし「指針」を作成する動きと並んで、法制化の動きもみられる。日本の現行法においても、数多くはないが、たとえば、「医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。」(医療法第一条の二第一項)など、いくつかの法律に医療の基本原則に関わる規定が示されている。
しかし、これらの法規定は、施設法的な性格が強い医療法などの中で規定されているために部分的であって、医療の基本原則という観点からみた場合に、患者の権利についての重要で不可欠な法規定が少なからず欠けているという問題がある。その反面、医療従事者の責務については、医療法や医師法などで詳細に規定されている。これらのなかには、規定違反に対して罰則が定められているものも含まれている。問題は、これらの法規定の性格である。患者の権利の擁護という観点から導き出されたものというよりも、あくまでも国の医療行政を円滑に進めるための医療施設や医療従事者に対する行政取締法規という性格が強く、しかも少なからず強行的な規定が残されている。これでは、患者と医療従事者との信頼関係を促進するどころか、かえって損なうことにもなりかねない。
国や地方公共団体の責務に関する法規定の場合も、それは同様である。現行法は医療法にいくつかの規定を置くものの、やはり患者の権利擁護という観点からみて重要な法規定は存在しない。
このような日本法の現状は、患者と医療従事者との間の信頼関係を損ない、相互不信をつのらせてきた懸念がある。これに対し、患者の権利についての法規定を整備するとともに、医療従事者の責務や国・地方公共団体の責務についての法規定について、患者の権利擁護とそのための医療従事者の権限と責務という観点を含めて、法体系全体の見直しを行い、医療の基本法として医療法、医師法など医療関係諸法規の再編成を図ることが喫緊の課題となっている。この場合、医療法や医師法などの一部改正等によって、このような法規の整理・整備を図ることは非常に困難であると考えられるので、あるべき法体系のあり方を検討することが今後にとって大きな課題である。
本再発防止検討会では、ハンセン病問題に関する検証会議の法制化による患者の権利の擁護という提言を受けて、「患者・被験者の権利擁護のあり方」について様々な角度から法制化の検討を行ってきた。その結果、「患者の権利に関する体系」をとりまとめた次第である。本体系は、「医療の基本原則と医療体制の充実」「患者の権利と責務」「医療従事者の権限と責務」という構成をとることとされた。これによって、患者の権利と責務、医療従事者の権限と責務、国及び地方公共団体の責務、これらに通底する医療の一般原則という、論理体系を明らかにしようとしたものである。しかし、ここで「医療の基本原則と医療体制の充実」「患者の権利と責務」「医療従事者の権限と責務」という項目の下に示された諸規定は、決して網羅的なものではない。医療の基本法の内容として、現時点で共通認識が得られると考えられる最小限のものを列挙したにとどまる。その豊富化、あるいは担保方法の検討、さらには現存の医療関係諸法規などの検討は、立法に向けてより具体的な検討作業を行うことを目的とする、次の然るべき機関に委ねることにした。
すべての国民は病と無縁ではありえない。差別なしに良質、安全かつ適切な医療を受けることは国民すべての切実な願いである。しかし、「医療崩壊」ということまで言われているように、この願いに反するような事態が生じており、これに対し医療の充実を図ることは国民の切実な願望となっている。そのためには、患者の権利の擁護について国民的な合意形成を早急に図り、国および地方公共団体はこの国民的な合意に基づいて、良質、安全かつ適切な医療を効率的に提供する体制および医療保障制度を確立すべきである。これは、単に医療政策上の努力目標にとどまらず、法律上の具体的な義務とされなければならない。
患者の権利の擁護という観点を中心に医療関係諸法規の整理・整備を図るという喫緊の課題が国によって速やかに解決されることを強く要望し、医療の基本法の法制化に向けて本提言を行う所以である。
提出に際し、検討会の多田羅座長は、「医療関係者も含め法制化に合意したのは歴史的に大きい」と説明、これに対し舛添厚労大臣は、「患者の人権を守りながら新型のウイルスと闘っているが、そのかじ取りのバランスに非常に苦労している」、「疾病を理由とする差別や偏見がある社会は先進国とは言えない」と述べ、政府の有識者会議・安心社会実現会議などで取り上げる意向を示したと報じられています(五月一三日毎日新聞)。
「つくる会」では、厚労大臣宛にこの提言の早急な実現に向けて作業を開始するよう要請することとし、要請書の案を、全国の医療関係団体、患者団体、市民団体宛に発送して賛同を求めています。会員のみなさまも様々な団体に参加されていることと思いますが、自分の参加している団体やその他心当たりの団体に「つくる会」からの賛同願いが届いているかどうかをご確認いただいた上、賛同するよう働きかけていただくようお願いいたします。また、賛同しそうな団体に「つくる会」からの賛同願いが届いていないようなことがありましたら、すぐにお送りいたしますので、事務局宛にお知らせ下さい。
なお中間報告の全文は以下のサイトでダウンロードすることができます。