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ドイツの医療過誤・裁判外紛争解決システム

福岡市 久保井 摂

患者の権利オンブズマン主催のヨーロッパ視察に参加して、ポーランド・ドイツに行って来ました。ワルシャワ、ベルリン、アウシュビッツと、このテロの時代に第二次世界大戦を思い、いろんなことを考えさせられた旅でしたが、ひとまずはドイツで視察した「医療事故調停所」(Schlichtungsstellen)について、簡単にご報告したいと思います。

私たちが訪ねたのはハノーバーにある事務所。北ドイツ医師会医療事故調停所です。ベルリンなど主要都市を含む北ドイツの九つの州の医師会をカバーしている組織です。ドイツには原則州単位の医師会があり、医師会毎に似たような調停所が設営されているとのこと。

設立は1976年、年々受付件数は増えて、2003年には4000件の申立を受けたとのこと(なお、全ドイツでは医療事故に関する苦情申立は年間四万件、これを、民事訴訟、保険会社、MDK(保険会社よりの解決機関)、調停所が各1万件ずつ処理しているそうです)。

医師会がスポンサーですが、医師会とは独立の非営利法人になっており、建物も医師会とは別個のものです。スタッフとして専従の弁護士4名、登録専門医(専従ではなく、他所で勤務している医師)50名、職員20名という構成で、運営費は損害保険会社からの拠出によっています。

「調停」と称していますが、その実態は医療事故の職権調査機関といえるものです。いわゆる「医療事故」があり、患者と医療機関の間で紛争が生じた場合、患者・医師(医療機関)・保険会社のいずれもが書面で申立をすることができます。調停所は申立を受けると、全当事者(患者・医師・保険会社)に調停に付するかどうかを尋ね、全員の同意がある場合に調停所が活動を開始します。

その手続は次のような手順によります。

1) 当該医師及び前医・後医の医療記録の取り寄せによる事実究明。

2) 鑑定の依頼

3) 調停所の最終意見の提示

2003年の受付件数は4000件だと言いましたが、この中で調停所で手続を行ったのは2813件(他のケースはより適切な助言機関等を紹介)、その全てについて、外部医師による鑑定がなされています。日本ではこの数の鑑定をやりこなすことは到底不可能(受任してくれる医師がいない)という話をしましたが、全ドイツに4500人の専門医リストがあり、依頼して断られることはまずないということでした。事案が複数の科にわたるときは複数の医師が鑑定に携わることもあるそうです。

申立手数料は無料で、鑑定の費用も調停所の予算(すなわち保険会社の拠出)で賄われています。鑑定人に送る依頼書(質問事項)は調停所が作成しますが、当事者はそれに対し訂正や補足を求めることができます。また、鑑定書が戻ってきたら、調停所の登録医師と弁護士がそれに基づいて検討し、調停所としての最終意見を出すことになりますが、草案の段階で当事者に提示し、意見を求めるシステムになっています。

申立から最終意見の提示までがおおむね13ヶ月。裁判と比べて迅速にを心がけているが、これでもまだまだ時間がかかりすぎるというのが、説明してくれた専従弁護士の言葉でした。

調停所の設立の目的として次の四つが挙げられていました。

1、病院・医師と患者との個別紛争の解決

2、民事訴訟の減少

3、刑事訴訟の減少

4、医師と患者との関係改善

近年、これに医療事故の再発防止が加わったとのこと。では、そのためにいかなる活動をしているのかと尋ねると、HP上に事例を掲載しているとのことでした。何よりも情報を共有し、事故の原因を広く知ってもらうことが再発防止に役立つという発送なのでしょう。

調停所の最終意見のうち、医療機関が有責であるとするものは平均30%とのこと。訴訟でも患者勝訴率は同程度で、おおむね妥当な結論ではないか、との解説。この数字は、日本の医師会がいう有責率とは大きく異なります(日本はずっと高い)。

しかし、医療事故相談を日常的に受けている感覚でいうと、全相談数に占める割合とすれば、30%は比較的妥当な数字かもしれません。結局母集団がどういう性質のものかによって、この評価は異なりますから、もう少しつっこんだ検証が必要だと思いました。

裁判外紛争解決機関については、近年日本でもしばしば話題に上っていますが、このドイツの制度は、ひとつのモデルとして大いに参考になるのではないでしょうか。