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書評 証言台の母 小説医療過誤訴訟

佐木隆三 著
弦書房 本体価格一六〇〇円

本書は、自ら医師である久能恒子さんが、娘さんを医療事故で亡くし、「心なき医療」の真実を明らかにしようと起こした裁判を題材にした「小説」である。

良く知っている人のことを「小説」として読むのは実に不思議な経験だ。事実は小説よりも…という言葉があるが、事実の生々しさ、久能さんが闘った10年という歳月の重さに、小説がかなうことはまずない。そのことを思いつつ、頁をめくりはじめた。

タイトルは「証言台の母」とあるが、実はこれは母ではなく夫のものがたりである。夫であり父親である人の視点から描かれている。現実の世界では久能さんのパートナーは医師だが、この小説世界では娘の死を機にリタイアした元企業人と設定されている。

久能さんの裁判は、大きく報じられたのでご存じの方も多いと思うが、昨年6月、10年の審理を経て大きな勝訴判決として実を結び、しかも病院が控訴を断念して確定した。

この小説は、裁判係属中に新聞連載小説として書き始められ、判決言い渡しより前に完結している。したがって、現実の裁判の行方を知らぬまま結末が描かれている。

著者は著明な推理作家である。近年故郷である北九州市に移り住み、オウム裁判や監禁事件などの裁判傍聴を精力的にこなしては、社会に伝えるしごとを続けている。

小説と現実とでは伝えうるものが違うのはあたりまえのこと。小説であるからこそ伝え得た、著者のとらえる夫婦像というものがここにはある。

小説では、裁判所は思い切りよく鑑定を採用せずに短期間で結論を下す。それは著者による、医療裁判においても早期解決をとのメッセージであっただろう。しかし、現実の裁判が実に長く苦しい道のりであったこと、その間に悪性腫瘍とも闘い、自ら「化け物のよう」と笑ってみせる推し量りがたいちからによって、いくつもの「不可能」を乗り越えてこられた久能さんの笑顔を思うとき、また別な感慨がある。

本書を読まれる方は、ぜひ、久能さんご自身による「心なき医療」も手にとって読んで欲しい。

(久保井摂)