権利法NEWS

「ハンセン病問題再発防止策に関する意見書」を提出しました

事務局長 小林 洋二

ハンセン病問題につきましては、故島比呂志さん(元ハンセン病国賠訴訟西日本原告団名誉団長)が、「つくる会」の会員であったこともあり、けんりほうニュースでも度々お知らせしてきました。現在、「ハンセン病問題に関する検証会議」による真相究明活動が行われおり、四月には中間報告書が発表されました。最終報告は今年度末に予定されていますが、来年度予算の概算要求との関係で、夏頃までに再発防止策の骨子を発表する見通しのようです。

「つくる会」では、このような悲惨な隔離被害の再発を防止するためにも、「患者の権利法」が必要であるという立場から、検証会議宛に意見書を提出いたしました。この検証会議の活動は厚労省の委託事業ですから、再発防止策として「患者の権利法」が挙げられるとすれば、権利法制定運動にとっても大きな追い風になる可能性があります。

なお、意見書の中にも触れていますが、2002年10月の総会で、要綱案に「疾病を理由とする差別取り扱いの禁止」を入れる方向で改訂することを確認したまま、議論が中断しています。今年度の総会に向けて、この議論を再開したいと思いますので、会員の皆様からのご意見をお待ちしています。

 

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ハンセン病問題に関する検証会 御中

 

ハンセン病問題再発防止策に関する意見書

 

患者の権利法をつくる会

事務局長 小林 洋二

私たち「患者の権利法をつくる会」(以下、「つくる会」と略称します)は、「医療における患者の諸権利を定める法律案」を起草し、その制定に向けて立法要請活動を行うとともに、医療の諸分野における患者の諸権利を確立することを目的として、1991年10月に結成された市民団体です。

日本におけるハンセン病政策の歴史は、患者の権利の徹底した侵害の歴史であり、「つくる会」は、らい予防法廃止当時から、この問題を重大な関心をもって見守ってきました。ハンセン病国家賠償訴訟で国の責任が明らかになったこと、貴検証会議の活動により、ハンセン病隔離政策が長期間継続された原因、それによるハンセン病患者の被害実態、その社会的背景等が解明されつつあることは、私たちにとっても大きな慶びです。

貴検証会議におかれては、平成16年度末の最終報告を目指して活発な議論が続けられていることと存じますが、最終報告の眼目である再発防止策の提言に関し、参考にしていただきたく、以下のとおりの意見を申し述べる次第です。

意見の要旨

ハンセン病問題の再発防止、誤った隔離政策による人権侵害が二度と繰り返されないために最も必要なのは、医療における自己決定権・最善の医療を受ける権利・在宅医療を受ける権利・疾病による差別的取扱いの禁止・患者の権利擁護システム・医療に対する参加権などを内容とする患者の権利の法制化です。

貴検証会議においても、患者の権利法制定を、ハンセン病問題再発防止策の柱として検討していただくようお願いします。

意見の理由

1 はじめに

全ての人は自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持し、到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利を持ちます(世界人権宣言、国際人権規約)。

日本国憲法も、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について最大の尊重を表明するとともに、すべての国民が健康で文化的な生活を営む権利を有することを確認し、国が、すべての生活部面において社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努める義務があることを表明しています。

医療は、人々の健康に生きる権利の実現に奉仕すべきものであり、何よりも人間の尊厳を旨とし、科学性、安全性を備えるとともに、患者の主体性を尊重し、できる限り開かれたものであるべきです。

しかし、現実の医療現場においては、伝統的に医師の専断的治療あるいは広汎な裁量が認められ(メディカル・パターナリズム)、患者の主体性は軽視されてきました。基本的人権としての自己決定権を放棄しなければ医療を受けられない時代、あるいは疾病に罹患したことにより自己決定権を奪われる時代が永く続いてきたのです。

1960年代のアメリカにおける人権意識の高揚と、臓器移植に代表される医療の高度化は、このような伝統的な医師・患者関係に鋭い疑問を突きつけることになりました。人体実験の要件として発見されたインフォームド・コンセントが、医療一般において患者の自己決定権を保障する原理として見直され、70年代には、アメリカの多くの州で、患者の権利に関する法制度が整備されました。ヨーロッパでは1994年に「患者の権利の促進に関する宣言」(WHOヨーロッパ会議)が採択され、各国はこれに基づき、患者の権利に関する法制度を整備しつつあります。

2ハンセン病問題における患者の権利の侵害

ハンセン病隔離政策による人権侵害は、人生全般にわたる極めて広汎かつ深甚なものです。それは患者の権利の徹底した侵害でもあり、また、患者の権利が保障されないことによって、さらなる深刻な人権侵害を招くという悪循環の歴史でもありました。

ハンセン病隔離政策は、伝染予防を建前にしています。しかし新法成立の前年である1952年には、既にWHO第1回らい専門委員会が「らいコントロールに最も有力な武器は隔離ではなく治療である」と報告しています。

ハンセン病の専門家にとっては従来から明らかであった感染力の弱さ、当時目覚しい効果を発揮しつつあったスルフォン剤による治療などについて、患者に正確な情報が提供され、かつ、地域において在宅治療を提供する体制を整えさえすれば、隔離政策はそもそも必要ありませんでした。ハンセン病患者は、自ら進んで治療を求め、その多くは在宅治療のみで治癒したでしょう。そのことによって伝染予防という目的も十分に達せられたはずです。

しかし、日本のハンセン病政策には、そもそも患者の自己決定権という発想が存在しませんでした。ハンセン病を一般医療から切り離し、その治療の場として療養所という特殊な場所しか用意せず、患者を地域から排除して療養所に囲い込むことを政策の目標としました。強制入所が自己決定権の直接的な侵害であることは言うまでもありませんが、療養所によるスルフォン剤の独占、地域における患者情報の漏洩など、あらゆる手段で患者の自己決定権は侵害され、療養所に追い込まれていきました。

このことによって、ほとんどのハンセン病患者が療養所への入所を余儀なくされただけではなく、地域社会への復帰が著しく困難になり、終生にわたって療養所にとどまらざるを得ないという世界に類を見ない隔離被害が発生しました。また、かろうじて療養所の入所を免れた患者も、「療養所へ入所すべき者」という烙印を恐れ、ハンセン病の罹患歴を隠して生きていかねばならない立場に追い込まれました。

療養所での生活も、患者の権利に対する侵害以外のなにものでもありません。ハンセン病国賠訴訟において証言した犀川一夫医師は、「日本のハンセン病患者の後遺症が重いのは患者作業のためである」と述べます。ハンセン病に罹患したことを理由として収容された療養所において、後遺症を重篤化させるような患者作業を行わせることは、端的に、患者に対する虐待と評価されねばなりません。

また、療養所で提供される医療も、最善の医療からはほど遠いものでした。スルフォン剤のように長期間にわたって服用を継続せねばならない治療法においては、患者にその効果や副作用について十分説明することが重要です。しかし、療養所ではこのような説明がほとんどなされていないため、副作用に対する治療が遅れたり、中途半端な服用で再発をきたしたといった例も珍しくないようです。また、安全性の疑わしい実験的な医療で後遺症を重篤化させたという例もあります。星塚敬愛園での医療事故は業務上過失致死として処罰されましたが、表面化したものが氷山の一角であることは想像に難くありません。

このような療養所内における患者の権利の侵害が、社会復帰をいっそう困難ならしめ、被害をますます深刻なものにしていったのです。

3 再発防止策としての患者の権利法

誤った隔離政策による人権侵害の再発を防止するためには、患者の権利に関する基本法(以下、「患者の権利法」と略称します)を制定し、あらゆる医療政策の基本原則として確認することが必要です。

患者の権利法には、再発防止の観点から、最低限、以下の内容が含まれるべきです。

(1) 医療における自己決定権

人は、自分の体に何がなされるべきか自分で決定する権利を持っています。この自己決定権は、疾病に罹患したからといって奪われるべきものではありません。ハンセン病に対する隔離政策がかくも永く継続した根本的な原因は、この自己決定に対する権利意識の低さなのではないでしょうか。

医療にインフォームド・コンセントが必要であることは、日本でも既に常識になりました。しかし、感染症予防法や心神喪失者医療観察法といった公衆衛生法においては、やはりメディカル・パターナリズムと社会防衛とが前面に押し出され、自己決定権は後景に退いてしまう傾向があります。誤った隔離政策による人権侵害を防止するために、医療政策全体の根本原則として、自己決定権を確認することが重要です。

(2) 最善の医療を受ける権利

到達可能な最高水準の身体および精神の健康を享受する権利(国際人権規約)を実現するためには、到達可能な最高水準の医療を受ける権利が保障されねばなりません。この権利を保障するため、国は、必要かつ十分な医療施設等の人的・物的体制を整備し、かつ、医療水準向上のため適切な措置を講ずる責務を負うと考えるべきです。

これが最も有効な感染症予防対策であることは言うまでもありません。財政再建が叫ばれ、医療関連予算が削減される方向にある現在、ハンセン病問題再発防止の観点から、改めてこの権利を確認することは大きな意義を持ちます。

(3) 在宅医療を受ける権利

国連総会決議「精神医療におけるメンタル・ヘルスケア改善の原則」(1991年12月)は、「すべての患者は、できる限り、自らが居住する地域で治療を受け、ケアされる権利を持つ」と謳っています。前項の「最善の医療を受ける権利」の具体的内容の一つと考えられますが、ハンセン病問題においても、とりわけ重要な観点だと言えるでしょう。とりわけスルフォン剤登場以降、国が行うべきだったのは、らい療養所の増床ではなく、各地域の一般皮膚科でスルフォン剤治療を可能にするための施策でした。

(4) 疾病による差別的取扱いの禁止

1952年の第一回WHOらい専門委員会報告は、「らい管理に関して政策を決定するのはあくまで公衆の保健衛生の立場からであって、決して公衆の恐怖や偏見から行われるのであってはならない」としています。日本のハンセン病政策は、まさしく公衆の恐怖を煽り、偏見に便乗する形で行われたものであり、このWHOの見解に真っ向から対立するものでした。これがどれほど甚大な被害をもたらしたかはハンセン病国賠訴訟熊本判決で認定されたとおりであり、その傷跡の深さは先般のアイスター事件で如実に示されています。

また、感染症の患者に医療を保障することによってではなく、公衆に感染の恐怖を宣伝することによって蔓延を防止するという手法は、エイズ予防法によっても繰り返されました。ほとんどのHIV感染者は未だにカミング・アウトできず、親しい友人にも秘密を抱えた生活を余儀なくされています。

これもまた誤った隔離政策による人権侵害の一つです。再発防止のために、患者の権利法の中に、疾病による差別的取扱いの禁止を明記すべきです。

(5) 患者の権利擁護システム

壁に閉じ込められた者は、はじめは壁を憎み、やがては壁に慣れ、最後は壁に依存するといいます。社会内の生活基盤を奪われたハンセン病患者は、生活全般を療養所に依存せざるを得なくなりますが、このような閉鎖的な状況は人権侵害の温床となり(例えば患者作業)、被収容者は人権が侵害されればされるほど収容者に依存せざるを得ない(例えば後遺症の重篤化)という悪循環が発生し、人権侵害を是正する機会は得られにくくなります。ハンセン病隔離政策が長期間にわたって継続した原因の一つは、この悪循環であると考えられます。

このような悪循環を防止するためには、自己決定を制限された者あるいは自己決定能力に限界がある者を収容する施設に対して、市民監視の受け入れ及び患者からの苦情受付窓口の設置を義務付けるなどの措置が必要です。また、医療に関する人権侵害について調査・勧告権限を有する救済機関の設置など、患者の権利擁護システムを整備する必要があります。

(6) 医療に対する参加権

従来、医療提供の現場において、医師の専断的医療が認められてきたのと同様、医療政策の形成過程においては、一部の専門家の意見が無条件に尊重され、患者側は蚊帳の外に置かれてきました。ハンセン病政策において光田健輔が果たした役割は極めて特徴的です。

ハンセン病問題の教訓を活かし、誤った隔離政策による人権侵害の再発を防止するためには、医療政策の形成過程に患者が参加することを保障する必要があります。その参加の具体的なありかたは、政策の重要性や緊急性などによって様々な態様が考えられるところですが、患者が政策形成過程に参加する権利を有するという基本原則は、患者の権利法において確認されるべきです。

4 添付資料について

私たち「つくる会」の活動の一端を知っていただくため、いくつかの資料を添付させていただきます。

「与えられる医療から参加する医療へ-患者の権利法を私たちの手で-」は、「つくる会」が提唱している、患者の権利法要綱案のパンフレットです。一九九一年に提唱して以来、改訂を重ね、現在はこの第5版が最新のものになっています。

本意見書でご説明した患者の権利法の内容は、ほぼ全てこの要綱案に盛り込まれていますので、是非、ご参照ください。なお、「疾病を理由とする差別取り扱いの禁止」のみは、現在の要綱案には含まれていません。「平等な医療を受ける権利」(1-e)の部分で言及してはいるのですが、ハンセン病問題の経験を踏まえ、趣旨が明確になる方向で改訂すべく検討中です。

けんりほうニュースは、「つくる会」の機関紙であり、現在までに151号が発行されています。

48号は、ハンセン病国賠訴訟西日本原告団の名誉団長であった故島比呂志氏の「法曹の責任」が掲載されたものです。この投稿を契機として九州弁護士会連合会の調査が始まり、国賠訴訟の提訴へと繋がっていきました。

127号には、やはり原告であった故千葉龍夫氏の、「私は大阪に帰ります!」が掲載されています。国賠訴訟の勝訴確定後、長島愛生園から故郷の大阪へ社会復帰することを決断したことを報告してくれたものです。