台湾在住 眞武 薫
台湾では本年1月1日より、健康保険カードが全てICカードとなった。それまでは、手続きが終了した者から順次ICカード化し、従来の紙のカードでも、ICカードでも利用できていたが、全面的にICカード化された。
従来の紙カードは裏に六つの枠があり、医療機関にかかる毎にそこにスタンプを押してもらい、一枚目のAカードを使い終わると(6回診察を受けると)次のBカードを発行してもらうというシステムになっていた。医療機関にかかった回数で医療費が異なっていた。個々人に健保カードがあるということは、日本の大部分の保険証より便利だと思う。個人につき一枚の健康保険証を出している自治体もあるようだが、筆者も帰国時は家族と同じ健康保険証となるため(帰国時は別に遠隔地ではないため)、同じ日に家族が他の医療機関を受診し、面倒なことになることが多かったため、個々人に健保カードが発行される台湾のほうが便利だと感じていた。
しかし、何故6回というちょこちょこした更新が必要なのか。ICカード化され、すぐには見えないものの、新しいカードでも更新の手続きは必要だ(新たに紙を浪費しなくなっただけ)。要は台湾人は日本人のように一箇所で長く仕事をする人がそれほど多くないということらしい。収入や扶養家族の人数に併せて保険料を納めるわけだが、仕事が変わると、保険者も変わるので、一年間使える日本のような保険証は成り立たない。手続きをして保険料を納めれば、カードは続けて使えるが、それをしないと保健医療は受けられなくなる。
しかし、この健保ICカード、一体どれだけの便利さがあるのだろう。昨年ICカード化が普及し始めた頃、筆者は胃潰瘍の診断を受け、PPI(プロトポンプ・インヒビター)という薬を飲むようになった。台湾ではPPIの使用は胃カメラの検査を受け、潰瘍の見つかった患者のみに限られている。しかも、診断日より三ヵ月後に再び胃カメラの検査をし、治癒していれば薬は出されない。
このシステムは良いとしても、不便なところもある。仕事の都合や体調不良で、かかりつけの病院へ行けないことがあった。健康保険の詳しいシステムについては、医師も熟知していない場合が多い。近所の知り合いの医師の話しでは、「IC化されているんだから、個人情報として登録されている筈よ。別の病院でも、言えば薬は出してもらえるでしょう」だった。
IC化されることにより、個人情報は病院から他の病院へ全部流れてしまうのか(いい意味でも悪い意味でも)と懸念しつつ、他の医療機関を受診した。結果は「診断書がなければ投薬は無理」ということであった。個人情報を守るという見地から見れば大変良いことなのだが、果たして急に他院での処方を望んだとき、薬も出してもらえないというのはどうかと思った。せめて、診療に関する個人情報を、新たにかかった医療機関の医師が見ても構わないという患者からの同意があれば、薬は出されてしかるべきではないのか。
一括して管理されることは外国人にとっても厄介なものがある。台湾は16歳以上の人は身分証を持っている。いろいろなところで身分証が必要となる。外国人はパスポート番号であったり、居留証番号であったりしたが、これが台湾人の身分証番号とシステムが異なっていたり、パスポート番号だと変更があったりと面倒なので、「統一證号」という身分証と同じ桁数の番号を使うようになった。年が明けて新しい健保ICカードを使うとき、多少の書き換えが必要になった。「統一證号」は紙カードの時から既に変更されていた筈なのに、改めて手続きが必要になるのは何故という気持ちにもなった。
ICカードが手元に届き始めた頃(本学では人事課へもらいに行くのだが)、外国人は発行が遅かった。昨年内の試用期間に「混乱を避けるため、ちょっと試しに使っておこう」と思いつつも、まだ、受け取れない。健康保険局に問い合わせると、「台湾人(本国人)が先です。外国の方はまだお待ちください」と言われた。ちょうど時期を同じくして、海外から帰国した同僚がいた。
この同僚は個人情報の流出を懸念し、ICカード発行には反対であったが、もうそう決まってしまった以上、手続きをしないと保健医療は受けられない。納得のいかないまま、その同僚は申請書を書き込んだ。
ICカード使用が始まって二ヶ月。何が変わったのだろう。他院で処方された薬の重複投与を避けることができる風でもない。特定疾患の治療を受けている者には別のカードがあり、これらの情報も保護されていると考えていいのか? 健康保険局のサイトでは、ICカードはこれらの不便を解消できると言っているが(即ちICカード一枚で全て済む)、まだサービスは始まっていないようだし、それが果たして良い事なのかそうでないのかしっかり考える必要がある。
ICカードで一本化されれば、あまり知られたくない疾病に関する個人情報が流出する危険性があるのではないか。一本化できると言いつつ、まだ付随する特定疾患用のカードなどが必要なのは、これらの情報の流出を食い止めるためか。それとも、情報は既にカードの中には入れられているが、一般市民を安心させるべく、表面上は分からないようにしているのか。
身分を証明するだけでなく、それに付随する個人情報がどこで漏れ出すとも限らない。利便性のみを考えてのIC化であれば、これからさまざまな問題が起こることとなろう。