権利法NEWS

Hospital Wandering in Formosa 第28回 医医相談

台湾在住  眞武  薫

1月8日付けで、台湾の立法院衛環委員会は「医療法」修正草案が初めて通過したことを告げた。これは医療訴訟における公正な審理を目的としており、司法院は医事専門の法廷を設立し、医療訴訟における知識や経験をもった裁判官が裁判にあたることを提唱しており、台湾における医療訴訟が大きく前進する可能性を秘めていることを示唆している。

台湾の医療訴訟は医学鑑定報告に基づき審理をすすめるが、それを担う医事審議委員会はかつて〈医医相護(医療と医療がお互いにかばいあう)〉と批判された。というのも、医療訴訟が起こったとしても、裁判官にその専門的知識が乏しいため、審理はどうしても医学界の意見に頼ってしまうためである。近年改善されてきたとはいえ、やはり確固たる公平性をもったものとは言えない。

患者は医療者に対して正しい情報を求めることができるとはいえ、専門的な医学知識、治療法の是非等を判断する能力は不足している。実質的に患者側は医師側に生命を預けることになるため、医師を訴えることは少なく、医師側も専門性という保護網に守られてきた。また、訴訟を起こしたとしても、一般大衆の財力には限りがあり、医療法規にも詳しくないため、財力を持ち医療法規にも詳しい医療者側に立ち向かうことは大変困難である。

昨年初めに紹介した〈抬棺抗議〉ではないが、法の手に委ねるのではなく、直接医療者側に抗議することによって病院側に賠償させざるを得ないような状況を作り出す民衆もいる。たまに報道で見かけることがあるが、棺桶ばかりでなく、病院の前で大声で泣き叫ぶ遺族の訴えには凄まじいものがある。

さりとて、この方法は法治国家というにはお粗末であるし、医療過誤を起こしたことのない医師側に対しても公平であるとはいえないという見方もある。その上、遺族が怒り狂って、謝っている医師を引っ張り出し、市中引き回しした上に、遺影の前で土下座させるというような出来事もあり、それがいわゆる〈医医相護〉へという悪循環を繰り返すという台湾社会の風潮を育ててきたという背景もある。

そうすると、医師と患者双方がお互いに満足を得、支えあえるような医療を実現するためには、やはり第三者機関の設立が必要と言えるだろう。日本で始まった法科大学院(ロースクール)にしても、その合格者には医師も見られる。医学に詳しい法曹の育成が大いに期待されるところである。更には法曹や医療側のみにとどまらない公平な判断ができ、実際に影響力も備えた一般大衆や専門家の力も必要となってくる。

ここ数日ニュースを騒がせている日本での医師の名義貸しではないが、医療全体が孕む大きな矛盾を少しずつでも解消していかなければならないだろう。実際、医師の名義貸しについては「台湾ではそのような商売がある」と報告したことがあるが、日本でも数多く起こっていたという報道には本当に驚いてしまった。日本の医療そのものの中に潜む〈医医相護〉の実態を見せつけられた気がした。

台湾においても日本においても、そして世界全体でも、医療側と患者側が手を取り合うことはそこまで困難なのだろうか。

実際に患者となった医師の経験というものも、医学の中にフィードバックされることはそう多くないと聞く。「医者にとって一番嫌な患者は医者」という言葉にも代表されるように、いったん患者となってしまえば、医師側も患者という医師側と敵対する関係になってしまう。そして患者側に味方する忌むべき存在とされてしまうことが多い。

しかし、改善を望んでいる医療者も着実に増えているという事実にも目を向けたい。この冬帰国し 、筆者は昨年求めていたカルテの開示について、病院管理課を訪れた。昨年夏休みに手にしたカルテは一部の開示のみで、筆者が求めているもの全てではなかった。「開示までに多少時間がかかる」ということもあり、「残りは冬休み帰国時に」と言われ、冬休み帰国時の開示を希望していた。

再度カルテ開示の手続きが必要かと思いつつ管理課を訪ねると、筆者が希望していた残りの部分のコピーが準備されていた。開示請求は書面でするのだが、筆者が希望していた看護記録のコピーまではまだ準備されていなかった。内容をもう一度話し、三度目にしてやっと希望するカルテのコピー全部を手にすることができた。管理課の職員の話しでは、職員と医師との考えが一致していないことも多々あるということだった。

これらのやりとりに医療者側の思惑がどれほど働いているかは定かではないが、管理課の職員の対応は親切であったし、管理課としては患者のニーズに合った透明度の高い開示をしていきたいということも告げられた。少しずつではあるが医療における新年の歩みのようなものを感ずることができた。

日本の第三者機関は少しずつその力を発揮してきているようである。台湾においてもこのようなニーズが増え、患者の権利をちゃんと主張できる地盤が確立されることを願う。

初めに紹介したように、第三者機関でなくとも、もし十分な専門性や判断力を持ち、公正な裁判が行われる医事専門の法廷が実現すれば、それは医療者にとっても患者側にとっても良いことであり、台湾社会の大きな第一歩となるだろう。

○ 先月号、その後のご報告

先月号でお伝えした、財団法人台湾医療改革基金会による薬袋のチェックの集計結果が発表された。

それによると集まった薬袋は8200余りであった。しかし、合格基準を満たしたのは5.1%にすぎなかったという。

前回の報告では七項目のチェックリストを挙げていたが、実際には13項目でチェックを行っていた。詳細は、

1)警告 2)調剤者氏名 39薬剤の単位・含有量 4)患者の性別 5)商品名

6)薬剤の数量 7)薬剤の用量 8)用法 9)患者氏名 10)調剤の日時 11)住所

12)電話番号 13)名称

である。

筆者がチェックした病院の薬袋も12月分と1月分では改善が見られたので、これらの試みが何らかの影響力を持ったことは確かである。

医療機関の区分では、最大規模のメディカル・センターの合格率が最も高く、診療所、調剤薬局クラスとなると合格率は2%に満たない。これらの結果から、法で定められているにもかかわらず、衛生署(厚生労働省にあたる)は改善に積極的ではなく、多くの民衆が失望したとあった。まだまだ明確な表記への道のりは遠いようである。