権利法NEWS

シンポジウム21世紀における「医の倫理を考える」 ~納得と信頼の医療を目指して~ に参加して

東京都  亀岬 陽子

桜が満開の4月5日、福岡の県中小企業振興センターホールにて、市民的立場から建設的な議論の発展を願って、上記のシンポジウムが行われました。

(主催は、患者の権利オンブズマン全国連絡委員会・シンポジウム実行委員会、共催 患者の権利法をつくる会)

テーマとプログラムが魅力的なこと、さらには患者の権利法・患者の権利オンブズマン主催のアメリカ・カナダ視察旅行で、大変お世話になった李啓充氏のご講演が聞ける貴重な機会でもあり、東京から日帰りで参加させていただきました。

第1部は問題提起として「医の倫理」をめぐる日本の課題について、李啓充氏(医師・作家)からアメリカの新しい医師憲章のご紹介、さらに畔柳達夫氏(弁護士・日本医師会参与)から日本医師会の倫理向上委員会における取り組みなど、ご講演がありました。

第2部は、池田俊彦氏(福岡県医師会副会長)、井上悦子さん(熊本保健科学大学看護学科教授)、国分健史氏(西日本新聞編集企画委員会編集委員)、池永満氏(NPO法人患者の権利オンブズマン理事長)、以上四名の方より、医療者側の立場、市民側の立場からのご発言がありました。その後、コーディネーター朝見行弘氏の進行により、質疑応答、ディスカッションが行われました。

参加して印象深かったこととして第1部では、李氏によりご紹介された「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム:医師憲章」があげられます。これは、アメリカ・欧州の四学会が共同で作成したもので、ランセット359巻529頁に掲載されたそうです。この憲章が作られた背景として、社会経済的圧力、例えば医療費のコスト削減、保険会社の圧力などにより、医師が本来の責務を果たし得ないという現状に対する強い危機感があったようです。内容については大変参考になるので、そのまま載せます。(配布資料・週間医学界新聞2480号より)

〈3つの根本原則〉

(1) 患者の利益追求 医師は、患者の利益を守ることを何よりも優先し、市場・社会・管理者からの圧力に屈してはならない。

(2) 患者の自律性 医師は、患者の自己決定権を尊重し「インフォームド・デシジョン」が下せるように、患者をエンパワーしなければならない。

(3) 社会正義 医師には、医療における不平等や差別を排除するために積極的に活動する社会的責任がある。

〈プロフェッショナルとしての10の責務〉

(1) プロとしての能力についての責務 個々の医師が生涯学習に励み、その能力・技術を維持するだけでなく、医師団体はすべての医師が例外なくその能力・適性を維持するための仕組みを作らなければならない。

(2) 患者に対して正直である責務 治療上の意思決定が出来るように、患者をエンパワーするために、情報を正直に伝えなければならない。特に医療過誤については、患者に速やかに情報開示することが重要であるだけでなく、過誤の報告・分析体制についても整備しなければならない。

(3) 患者の秘密を守る責任 医療情報の電子化の進展、遺伝子診断の技術進歩が進む中、患者の秘密の厳守は特に重要である。

(4) 患者との適切な関係を維持する責務 患者の弱い立場を悪用することがあってはならない。特に、性的・財政的に患者を搾取してはならない。

(5) 医療の質を向上させる義務 医師および医師団体は、医療の質を恒常的に向上させる義務を負う。医療の質には、医療過誤防止・過剰診療抑制・アウトカムの最適化が含まれる。

(6) 医療へのアクセスを向上させる責務 医師および医師団体は医療へのアクセスの平等性を確保することに努めなければならない。患者の教育程度、法体制、財政状態、地理的条件、社会的差別などが、医療へのアクセスに影響してはならない。

(7) 医療資源の適性配置についての責務 医師には、限られた医療資源を「コスト・エフェクティブネス」に配慮して、適性配置する義務がある。過剰診療は医療資源の無駄使いとなるだけでなく、患者を無用な危険にさらすことになる。

(8) 科学的知識への責務 医師には、科学的知識を適切に使用するとともに、科学としての医学を進歩させる義務がある。

(9) 「利害衝突」に適正に対処し信頼を維持する責務 保険会社や製薬・医療機器企業等の営利企業との関係が、本来の職業的責務に影響する恐れがあることを認識するだけでなく、「利害衝突」に関する情報を開示する義務がある。

(10) 専門職に伴う責任を果たす責務 専門職に従事するものの責任として、職業全体の責任を傷つけてはならない。お互いに協力することはもとより、専門職としての信頼を傷つけた医師には懲戒を加えることも必要である。

一方、日本における動きとして、畔柳氏より日本医師会の「医の倫理綱領」の検討の経緯と、2000年4月の同会第102回定例代議員会において採択されたものが資料として配布され、ご紹介されました。(下記)

医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。

1、医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。

2、医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。

3、医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容について良く説明し、信頼を得るように努める。

4、医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。

5、医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。

6、医師は医業にあたって営利を目的としない。

上記の「医の倫理綱領」については、現在、細分化された注釈書が作成されているとのことでしたが、アメリカの医師憲章と比較してみますと、特に下記の内容が不足しているように思われました。日本では、アメリカ・欧米と比較し「医の倫理」についての考え方が、ずいぶん遅れていることは否めません。

・患者の自律性、患者の自己決定権の尊重

・医療過誤についての速やかな情報開示、過誤の報告・分析体制の整備

・医療資源の「コスト・エフェクティブネス」への配慮、適性配置する義務

・「利害衝突」への適正な対処

・専門職としての信頼を傷つけた医師への懲戒の必要性など

また第2部では、池田氏からは「医道五省」「診療情報共有福岡宣言」、患者・主治医の情報共有ツール・「健康ファイル」のご紹介、井上さんからは看護におけるアドボカシーの重要性、医師ー看護職のジレンマ(終末期で倫理的判断の違いが見られた事例)、老人保健施設・在宅医療における倫理的問題(人間としての尊厳や個性の剥奪等)のお話があり、日本の看護職は患者の代弁者(アドボケイト)になり得ていないこと、倫理委員会やオンブズマンも含めての”相補システム”の重要性、さらに患者の権利法の法制化の必要性についても言及されました。

国分氏はマスコミでの取材経験から、患者ー医師間の双方向の十分な対話により、両者の良い関係が築け、インフォームド・コンセントからインフォームド・チョイスに発展したという良い事例のご紹介があり、患者側も自分の生きかた、医療に対する考え方をしっかりもち、医療従事者と積極的に対話することの重要性が示されました。最後に、患者の権利オンブズマン池永氏からは、苦情相談事例から、患者の権利侵害の事例をあげられ、インフォームド・コンセント原則の徹底の必要性、カルテ開示制度の法制化など「患者の権利」を法制度の面から促進していくことが「医の倫理」を向上させていく最大の担保になるのではないか…と訴えられました。

その後のディスカッションでは、医療コスト決定方法(カナダでの例)、リビング・ウィルの問題、倫理と医師の裁量権の関係など、多数の質問があったのですが、医療制度・管理面では、医療の「コスト削減」だけに目をむけるのではなく「コスト・エフェクティブネス」を考慮し医療の質を高めること、また医療の臨床の場面(現場)では”患者の自律=オートノミー”を尊重するという倫理的価値観・判断力が、医療従事者には必要であり、患者・ご家族の方々への質の高い医療につながることが再確認されました。

午後から夕方にかけての長時間のシンポジウムでしたが、シンポジスト、参加者のそれぞれの立場で「医の倫理」と日本の医療の現状について検討し、サブテーマである”納得と信頼の医療”を実現していく上での課題も見出すことができた、充実したシンポジウムだったと思われます。