増 田 聖 子
名古屋弁護士会人権擁護委員会医療部会は、本年3月、患者が医療機関で診療などを受けるに当たって、患者と医療機関との間で「契約書」を締結しませんかと提言し、モデル契約書案を公表しましたので、ここにご報告とご案内をいたします。
診療を受けている患者と診療をしている医療機関との関係を法的にみれば、そこには診療契約が成立しています。契約?と意外に思われる方も少なくないかもしれませんが、患者が、医療機関に対して、患者の心身の状況に応じた良質で適切な医療を提供するように委任し、医療機関がこれを引き受けているという、準委任契約という性質の診療契約が成立していると考えることは、現在、多くの法律家の間で異論のないところです。
一方、患者の権利の確立、患者の権利法の制定が、なによりの急務であることは、このニュースの読者の皆さんには説明するまでもないことでしょう。
私たちは、この患者の権利を、具体的な診療の場面でとらえなおし、一人一人の患者と医療機関の関係において確認してはどうだろうかと考えました。
つまり、宮本さんが鼻の骨を骨折して、増田病院で治療をうけるとしたとき、宮本さんは、増田病院に対して、どのような権利があり、どのような手続きで実現できるでしょうか。たとえば、宮本さんは、増田病院に対し、どこまで説明を求めてもいいのでしょうか。久保井病院でセカンドオピニオンを受けたいのだけれども、どうしたらいいのでしょうか。もちろん、宮本さんは、医師に尋ねたいことは何でも説明を求めればいいのだし、セカンドオピニオンを受ける権利があることもいうまでもありません。けれど、いささか気兼ねがあることもまだ少なからぬ現状ではないでしょうか。また、将来海外へ行くとき、カルテのコピーはすぐにもらえるでしょうかなどいろいろな手続きがわかりにくいことも少なくありません。そんな宮本さんが何を増田病院に求められるのか、その実現の諸手続きについて、具体的に、増田病院との間で「契約書」という書面を作成して、お互いに、署名押印して、確認しましょうと提言し、そのモデルを作りました。
契約書を締結することによって、互いに権利の確認ができ、それが、患者がよりスムースに権利を実現できることにつながると考えています。そして、一人一人の患者とひとつひとつの医療機関がこのような患者の権利を擁護する契約を締結していくことが、患者の権利法制定の基盤になるはずです。また、契約締結は、対等な成人と成人との間で可能な事柄です。患者と医師が、ともに手を携えて疾病に立ち向かうというよりよい関係の構築にも寄与するものと考えています。
提言した契約書モデルの内容は、全部で5章、全27条あります。
第一章は、総則で、医療機関が負うべき最善の医療を提供する義務、患者の権利を擁護する義務、研鑽義務、転医・転送義務、プライバシー保護義務と患者が負うべき診療報酬支払い義務が記載されています。第二章は、契約の終了について記載されています。第三章は、インフォームドコンセントに関して、医師の説明・報告義務、転医の機会を与えるための説明義務、顛末報告義務の内容を具体的に記載し、説明や同意の方法、患者自身に同意能力が欠如した場合の同意権者の指定などについて記載しています。第四章は、診療録の閲覧と写しの交付などの具体的手続きを記載しています。第五章は、紛争の解決です。立証責任転換合意と患者の希望によっては弁護士会が設立しているあっせん・仲裁センターでの紛争を解決することについての合意を記載しています。
また、契約書を利用するに当たって最も必要なことは患者がその内容を理解した上で締結することですから、患者が契約内容を理解するための、説明用パンフレット案も同時に提案しています。
今回与えていただいた紙幅では、とても詳しく内容のご説明まではできません。送料をご負担いただいてご依頼いただければ、モデル案とその解説を記載した研究報告書(全55頁)をお送りできますので、名古屋弁護士会(052-203-1651)へご照会いただき、お手にとってごらんいただいてぜひともご意見をおよせください。
さらに、名古屋弁護士会は、本年2002年9月28日(土曜日)午後1時から5時まで、名古屋弁護士会館5階ホール(名古屋市中区三の丸1-4-2)において、シンポジウム「医療契約書を考える~患者と医師の関係とは パターナリズムからパートナーシップへ」を予定しています。
参加費は無料、当日受付、誰でもご参加いただけますので、ぜひ多数ご参加くださいますようお待ち申しております。