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Hospital Wandering in Formosa 第9回 恐怖のEmergency

湾在住 眞武  薫

前回、台湾の救急について触れたが、「ただの運ちゃん」事件が起こってしまった。台湾の救急体制ってこんなもの?と考えさせられた。

友人(台湾人)のお父さんが心筋梗塞で倒れられた。友人は医師ではないが、基礎医学を学んだ人で、基礎的な知識はあった。不覚にも筆者はまた体調を崩し、入院していた。今回の入院に関しては、前記友人に保証人になってもらったりと本当に世話になった。たまたまお父さんも同じ病院に入院しているからと、わざわざ来てくれた。

しかし、そこで聴いた話は、筆者が救急訓練を受けた時と同じであった。彼女はお父さんの状態を判断しながら、119に電話した。自分ではCPRを施し、意識も何とか回復していたらしい。ところがそこへやって来た二人の救急隊員の対応には本当に腹が立ったという。

一つには彼女の家が<小巷子(小さな路地の中)>にあり、家の前まで救急車が入らなかったことも不幸だったのかもしれない。それでも、救急隊員は担架も持たずにやって来たらしい。しかも患者を搬送する気もなかったようだ。

患者さんはがっしりした方のようで、友人やお母さんには搬送は無理だった。家族たちに支えられ、意識の回復した患者さん本人が救急車まで行かれたそうだ。結局は救急隊員に知識がないのか、搬送の義務はないのか、職務怠慢なのかよく分からないが、現実はこうだったという。

ご本人はその入院で心臓カテーテルを用いた治療をし、退院された。ところが血管がつまってしまった場合、再発予防のために抗血栓剤を使う。この薬にはいろいろあるが、副作用もあるため、病院側は副作用の少ない(と思われる)新薬の処方をした。友人がそこで驚いたのは、新薬は、健康保険の適用が一ヶ月に限られているので、その後は自己負担となること、心臓カテーテルは保険が効かないため、一本につき6万元(約12万円)を支払ってくれということだったという。

心臓カテーテルを用いた検査や治療は、冠動脈疾患では一番基本的なものなのに、カテーテルは保険適用外というのには驚いた。友人のお父さんは二本入れたらしい。入院費、差額ベッド代など併せて相当の医療費がかかったそうだ。

でも、すぐにそういう額の治療費を払えない患者さんもあるだろう。そうなるとその患者は死を待つしかないのか。

余談になるが、かつて転院させられた病院で、思いがけないことを言われたことがある。点滴の留置針の感染を防ぐためのシール、固定のためのテープ及び血糖測定のための諸材料は全て自己負担となるため、外にある医療器材を売っている売店で購入するようにと。点滴をすればテープは必ず必要なのに。

血糖測定に関しては日本のように健康保険の適用はない。129号で高橋氏が述べられているが、糖尿病に関しては、日本の制度はかなり改善した。インスリン自己注射をしている患者は、一ヶ月に決められた管理料を払えば、注射針、測定器、穿刺針からアルコール綿まで保険でカバーされる。台湾では保険適用は殆どがインスリンのみで、他の注射器等は全て自己負担である。

話題を元に戻そう。友人のお父さんは退院された後も、薬の副作用のためかあまり体調は優れなかったらしい。消化器系の副作用で、ある日吐血されショック状態となった。お母さんはパニック状態だったそうだ。友人は再び119に電話した。この時に来た救急隊は前回よりひどかったらしい。患者は勿論動けないのに、搬送を手伝おうともせず、家族を叱りとばしたそうだ。

叱られたところで、家族の搬送には体力的に無理があった。それでも隊員は手を貸さず、結局は同じマンションの知り合いの助けで救急車まで運んだそうだ。そして病院の外来は前回にも増してひどかったと言う。まず、救急車が到着しても、それを迎えたのは一人の看護師のみだったという。たまたま他の人たちが出払っていたのかもしれないが、テレビで見るような、「一、二、三」でストレッチャーに移すこともしなかったそうだ。

普通はそこの病院にはボランティアの人もいる筈なのに、どうしたことか。結局はまたお父さんご自身でストレッチャーに移られたそうだ。筆者は同じ病院で「一、二、三」はよく目にしていたし、実際前回救急車で運ばれた時は殆ど意識がなく、気付くと救急外来にいたので、誰かやってくれたのだろう。重症の患者さんにそのような対応をされたとは信じ難かった。

友人のお父さんは救急外来ではまず大量に輸血を行ったそうだが、看護師さんには、「消化器出血は輸血したら帰宅です。」と言われ、友人は驚いた。入院させてくれるよう救急外来の医師に頼むと、「上のほうに知り合いでもいない限り無理でしょう」と言われたそうだ。救急外来の受付をするときに、トリアージと言われる治療順位を決める篩い分けがされるが、そのときは一級の即救命だったにもかかわらず、このような判断だ。

結局はもらっていた主治医の電話も役には立たなかったという。同じ日に主治医の外来があることを知り、外来まで駆けつけて直接交渉して即入院となった。救急外来の医師にはその判断力がなかったのだろうか。とても疑問である。

日本の外来救急で、患者さんもそう多くはないのにすぐに帰宅させられるという経験を筆者もしたことがある。以前述べたように、台湾の救急外来には〈暫留区〉と呼ばれる所があり、すぐに帰宅させては危険と思われる患者さんはそこに残され、経過観察となる。野戦病院状態ではあるが、家族や患者にはある程度の安心感が得られると思う。

129号で小林氏が述べられているように、患者にとって最も安全な処置を考えたときに、なぜ数時間ERで休むことが許されないのだろう。しかも他に患者さんは殆どないのに。適切な処置を施しながらも、患者や家族の心理的なサポートをするという救急の基本はどこへ行ってしまったのだろうか。