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「事故から学ぶ安全な医療」の講演とシンポジウムを取り組んで

猿 渡  圭一郎

9月30日福岡市の中心エルガーラホールで「事故から学ぶ安全な医療」と題して講演会とシンポジウムが行われました。「シンポジウムの感想」を小林・久保井の両弁護士に依頼され、困ってしまいました。「どんな取り組みだったかな?」・・・しかし、いい機会を与えられたと気を取り直して、私見もまじえて報告させていただきます。

そもそも、このシンポジウムは、医療事故の再発防止が患者のみならず、医療従事者や医療機関にとっても大きな課題であり、その解決が社会的な責務であること。そして、問題となっている医療事故が、制度の改善によって防止することができるものが少なくないこと。などを考えて企画されました。取り組みは、これまで福岡市を中心に様々な角度から医療問題を取り組んできた7団体が実行委員会を構成して、約4ヶ月の準備をかさねて開催にこぎつけました。

当日エルガーラホールは、九州各地をはじめ全国から参加した患者家族、医療従事者など医療にかかわる方々でいっぱいに膨れ上がり、医療事故の再発防止をするための方策を模索しあいました。

第1部基調講演は、李 啓充(り けいじゅう)ハーバード大学医学部助教授にお願いしました。先生は、日米の医療制度に精通し、医療事故の背景となる現代医療の根本問題にせまる著作でよく知られています。日米の医療制度や考え方のちがいを通じて、日本が何を学べるか?「医療過誤防止事始めと米国の努力」と題し、(1)米国の事例を具体的に示しながら、いかに医療文化を変える取り組みがされているか(2)米国での医療過誤を防止する国家レベルの努力の紹介(3)そこで日本での問題、日本特有の問題は何なのか?という3つの柱で詳しく述べられました。

李先生は、わざわざ、われわれのシンポジウムのために来日していただきました。また、シンポジウムの数週間前に米国の同時多発テロ発生したという事態に、来日できるのか心配されましたと思います。先生は、ハーバード大学医学部助教授という肩書きからうける印象とは裏腹に、やわらかい、やさしい言葉で、医療過誤の防止かかわる核心を語られました。

第2部では、李先生をまじえ、朝見 幸弘実行委員長の司会のもと、医療事故に深くかかわってきた被害患者家族、看護婦、医師、弁護士によるパネル・ディスカッションが行われました。わが国における医療事故の現状や防止対策への取り組みについて発表がおこなわれ、フロアーからも薬害HIVの患者など発言が相次ぎ、事故防止のためのネットワークの広がりを感じさせられました。

これらの講演と討論をつうじて、医療事故の再発を防止し、医療の質を高めることは、すべての国民にとっての利益であり、希望であると考えられ、そして、そのためには不幸にして生じてしまった医療事故を隠したり、ごまかしたりするのではなく、その事故にかかわる情報を公開することによって原因を精査することの必要性を実感させられました。

私は、日常的に、現場の病院薬剤師として働いており、患者にとっても、医療従事者にとっても、毎年のように改悪される医療制度のなかで、その対応と日常の業務に忙殺される毎日です。調剤ミスや説明不足によるトラブルも経験します。

今回、李先生が紹介された米国の法律家の言葉が印象に残ります。「訴訟社会に生きているのだから医師(薬剤師もかな)が訴訟を受けること考えなければならないことは当然のことです。・・・最善のアドバイスとは、感受性と思いやりを持ってふるまい、患者さんを一人の人間として遇することです。そして、何より重要なことは、患者と話すこと、一度だけでなく何度も話すことなのです。・・・そして、忙しくて患者と話し合いをしている時間などないなどと、決して患者に思わせてはならないのです。何故なら、どれだけたくさんの情報を提供したとしても、もし患者があなたは自分とは話す時間がないのだと思ったとしたら、患者は怒りの気持ちを抱くことになるからです。・・・」

医療にたずさわる上で、忘れられない大切な視点を再認識させられた思いです。

現状は、医療事故が起こったとき、だれがやったか犯人探しに終始して、その医療事故が起こった根本原因を調査するに至ってないことを痛感します。しかし、私たちは、じっと現状を傍観しているわけではありません。原因分析のためのインシデント・アクシデント・レポートの収集など地道な取り組みをはじめているところです。この取り組みを広げて、国の制度として医療過誤の防止対策を構築していかねばなりません。

今回、このシンポジウムの取り組みに参加して、ここ九州・福岡で、長年、医療問題が取り組まれてきた歴史とそれにかかわる多様な団体の底力を知った思いです。これからも各団体のネットワークをつくり、協力して医療にかかわる多様な問題を考えて行けたらと希望しています。