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Hospital Wandering in Formosa 第2回 医療スタッフのモラル

台湾在住  眞 武    薫

日本では一応患者のプライバシーは守られていると信じたい。台湾に住み始めてから暫くして日本の主治医が亡くなり、とある冬休み別の病院へ行った。その時の受診は日本と思えないほど屈辱的なものだった。医師に「こんなにたくさんの病気を持った患者を診るのは嫌だ」と頭ごなしに言われたのである。私の慢性疾患の一つに糖尿病がある。両親、祖母ともあり、遺伝だ。兄は私より遅く発病した。上記病院で定期的に診てもらっていたところ、母のとある友人より電話があった。「お宅は息子さんも娘さんも糖尿で、食事には注意しなければならない。お母さんがすすんで糖尿病教室や栄養教室に通って正しい食事の作り方を学ぶべきだ」といった内容だった。

あとで分かったのだが、病院のスタッフに我が家のことを知っている人がいて、別の人に言ったところ、その人がおせっかいにも(本当!)電話してきたのだ。その時は母も激怒していた。本当に患者やその家族のことを思うなら病院の方から直接電話すればいいではないか。家の家族の情報が外に洩れていたのである。以前、日本のテレビドラマ等で看護婦の立ち話を耳にして、自分が不治の病と知り愕然とするというようなシーンがあったと思う。それと同じようなプライバシーのなさを感じた。このへんの守秘義務については一人ひとりのモラルによるところが大きい。医師、看護婦はしっかりと教育を受けていると思うが、看護助手にまで守秘義務を要求するのはかなり無理があるらしい。早期の改善を望む。

さて、日本でさえこういう状態なので、台湾は筆舌に尽くし難いものがある。第1回で述べたとおり、台湾では自分より前や後の患者さんまでが診察室に入っているので、プライバシーは皆無に等しい。ここでいくつかの例を挙げてみたいと思う。

私は1992年夏、急性虫垂炎で入院した(この詳細については後日述べたいと思う)。これを契機に私の持病のことは全て同僚に話し、主治医も又新たに家庭医を紹介してもらった。この先生には開業で辞めれれるまでかなり長いこと診ていただいた。しかし、診療に関しては色々なことがあった。この先生は日本の病院を見学に来られたこともあり、私が他の患者さんと一緒だと嫌だということを察してか、私一人だけ診察室に呼んでくださったこともあった。先生なりに気を遣ってくださっていたのだろう。しかし、いつもという訳ではなかった。

その医師には専属の看護婦さんがいたようで、いつも彼女が向かいに座っていた。ある日私はいつもの通り自己測定した血糖値の表を見せた。すると後ろで待っていた患者さん(この時は私一人ではなかった)が突然、「えっ、あなた糖尿病なの?だったら結婚もできないし、子供も生めないじゃない!」と言い出した。勿論これは誤りで、糖尿病でも結婚もできるし子供も産める。情けない気持ちになるのも束の間、看護婦さんからのダブルパンチである。「仕方ないのよ。彼女のは遺伝なんだから」。主治医はどんな気持ちでこの会話を聞いていたのだろう。

又こんなこともあった。台湾人は食にうるさいからそういう習慣なのかよく分からないが、病院でも何かを口にしている人をよく見かける。日本人的感覚では「こんなところで食べ物なんか食べていたら変な病気をもらうかもしれない」といささかオーバーな反応をするだろう。しかし、台湾では平気である。それは患者だけではなく医療スタッフもである。原因不明のめまいが続き、同僚(台湾人)に勧められて南門病院というところに行った。何度かの受診を経て「高血圧」と言われ、私に新たな慢性疾患が加わった。やはり番号灯に私の番号が示され、診察室に入ると医師はジュースを飲んでいる。「患者を診る時間が長く、喉が渇かれたんだろう」ぐらいに思っていると、今度は突然向かい側にいる看護婦さんがバナナの皮をむき、ムシャムシャと食べ始めたではないか。彼らは他人に見られることも平気であるばかりでなく、患者の前で堂々と物を食べるということに関しても全く違和感を覚えないのか。看護婦さんはバナナを食べてから私の血圧を計り始めた。

これは何が何でも絶対に許せないと思ったことがある。それは台北のとある病院での精神科受診だ。長年にわたる慢性疼痛(原因不明)のためストレスが溜まり、精神科の門を叩いた(因みに台湾には心療内科はない)。台湾で初めて行った精神科は台湾大学附属病院で、ここはたいてい(ポリクリ学生がいなければ)医師-患者の一対一である。しかし、その病院は違っていた。看護婦さんがいるのは仕方ないとしても、何と診察室のドアが開けっぱなしなのである。私は診察室に入ると同時にドアを閉めたが、すぐに看護婦さんに開けられてしまった。特に他人には聞かれては辛いようなことも話さなければならない精神科でこの状態だ。それとも私が医師を襲うとでも言いたいのか。台湾の精神医療に全く失望してしまった。その医師は福岡にも来られたことのある、台湾のメンタルケアにおける草分け的存在だったのである。

では身体を見せる時はどうか。前述したようなごった煮の診察室では他人に見られてしまうではないか。診る時は「追い出す」のである。たとえば腹部の触診等が必要になると、一斉に他の患者を外に出して診察するのである。そして診終わると又元に戻す。これは一見プライバシー保護のように思えるが、診終わってからの話しは全部他人に聞かれてしまう。このように台湾での受診に関してプライバシーのなさを感じた事例は枚挙にいとまがない。

これらを見返すにつけても、台湾の医療スタッフのモラルは一体どうなっているのだろうと憤慨してしまう。一人ひとりの患者のプライバシーを考えたとき、自ずから取るべき選択があると思うが。改善と向上を願ってやまない。