島 比呂志【エッセー】
矢辺 拓郎【写 真】
解放出版社ISBN4-7592-6060-9
1999年6月、島比呂志さんは「奇妙な国」である星塚敬愛園を出発し、奥さんと共に見知らぬ地である北九州市での生活をはじめた。齢80という高齢、ハンセン病の後遺症による重度の後遺障害、予防法は廃止されたものの、退所のための準備金250万円(それも領収証を要するやっかいな後払いシステム)以外に何らの施策のない中、死にに行くようなものだとみんなが止めた「冒険」だった。
本書は、それから二年余、50年目の社会に在る島さんの日常を、つぶさに追いかけた共同通信のカメラマン矢辺さんの写真に、島さん自身がエッセイをつけたうつくしい本である。
納められている写真はいずれも白黒だが、いきいきと色づき、石榴の、山車(チョウサ)の、夕日の、それぞれに異なる赤が目の裏に焼き付く
よう。命の鮮やかさと、したたかさ、そして力強さを思った。
決して穏やかならざる日々。
「君が本気なら、私の用を足しているところも撮ってくれ」
命を危ぶまれた入院中、見舞いに訪れたカメラマンにそう突きつける作家と、それを聞いて「驚きと同時になんとも言えないうれしさがこみ上げ、体が熱くなった」カメラマンとの、厚い信頼に裏付けられた共同作業。
島さんの闘いはまだ続いている。作家は拳をおろさない。
ハンセン病違憲国賠訴訟は、国が遺族原告と入所歴なき原告との和解を拒否したことによって第二ステージに移った。絶対隔離絶滅政策のために「奇妙な国」に閉じこめられた人、国が社会が過ちを放置したために人間回復をみることなく亡くなった人、隔離される恐怖に怯えながら社会の中で息を潜めて生きてきた人。どの苦しみも計り知れない。
島さんをはじめとする退所者に対する生活支援策の不在は今も是正されていない(熊本判決を受けての厚生労働省交渉の中で、ようやく一定の施策案が提示されるにいたったがまだ不十分である)。
「昭ちゃん」はじめ作家生活を通じて得た多くの人とのつながりに支えられて、この社会にある島さん。これほどの細やかな支援を誰にでも可能とする施策を、国はその責任に基づいて、つくるべき義務があるはずだ。そうつくづく思った。
(久保井 摂)