堤 寛 著
双葉社 本体一五〇〇円
ISBN4-575-29216-8
病理医は臨床現場に欠かせない存在ですが、日ごろ患者が接触することはまずありません。カルテには病理検査結果の報告書が綴じ込まれているのに、それが患者に示されることもほとんどない。
けれど、臨床医が、病理医の報告をただしく読めない人だったとしたら、いったいどうなるでしょう。患者にとって一番大切な鍵ともいえる情報が、役立てられることのないまま、消されてしまうことになりかねません。
もう何年も前になりますが、胸部レントゲン写真から肺がんに違いないと思いこんだ医師が、気管支鏡検査を繰り返し、ようやく一度だけ「クラス4」(がんを強く疑う)という結果が返ってきたことで安心して片肺を切除してしまったら、術後の病理所見でがんではなく結核だったことが判明した、という事件を、弁護士として担当したことがありました。
この事件では、証言台に立った病理医の、「壊死組織だから再検査してくれと明記していたのに、再検査も自分への相談もなかったことが残念です」という証言が事件を解決に導きました。自戒を込めて、病理医から臨床医に向けたメッセージが正しく伝わらず、臨床医と十分に意見交換することもない現場の問題と、その改善の必要性を、説いた彼の言葉に、強い印象を受けたことを思い出します。
本書は、まずはあまり知られていない病理学や病理医が何であるかを紹介し、自らの経験に基づく生き生きとした症例をひきつつ、病理診断について分かりやすく説いていきます。誤っていた実例も挙げて、問題点を指摘し、患者に自覚を促し、医療の改革を呼びかけるものとなっています。それは、次のような章立てにも現れています。
第1章 あなたの診断は間違っているかもしれない
第2章 病理診断が、がんの治療方針を決定する
第3章 がんの正体によって治療法は変わる
第4章 がんの病理診断の落とし穴
第5章 臓器別 診断・治療のポイント
第6章 誤診・誤治療にあわないために
終 章 質のいい医療を手にするために
とりわけ、終章での、「病理医に直接質問して欲しい」という提言。それにより医療の因習をうち破ろうという、読者への語りかけに、うごかされるものがありました。ここでは、近藤誠さんの一連の著作による闘いへの強い共感が表明されています。
「社会派病理医」であろうとする著者(現在は藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授、当会の会員でもあります)の面目躍如といったところでしょうか。
ところどころに散りばめられているコラムあり(これは本文中の言及でしたが、「膵臓」の膵が和製漢字であることを、私は本書で初めて知りました)、また時にはちょっと反論してみたくなる下りもあり。かなり専門的なことに踏み込みながらも、気軽にしかも楽しく読める一冊です。