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医療過誤訴訟に対する意見書提出

東京都  五十嵐 裕美

司法制度改革審議会では、現在、21世紀の日本の裁判制度について集中的な議論が行われており、この秋にも中間報告書がとりまとめられる予定である。

この議論の中で医療過誤訴訟は、第一にその審理が長期に渡ることによって裁判の平均審理期間を引き上げている元凶として、第二に専門的知識を要する裁判であることによって裁判官の頭を悩ませている頭痛の種として、ひとつの大きな論点に取り上げられている。
本年四月、東京の医療事故研究会と医療問題弁護団は、共同して「意見書」を審議会に提出した。意見書の骨子を以下に簡単にご紹介する。

意見の趣旨は、(1)医療過誤訴訟に専門参審を導入することに反対、(2)審理の迅速化のために医師を審理する立場で関与させることに反対、(3)医療過誤訴訟の審理の迅速化は当事者の努力と責任によるべきである、との3点である。

「専門参審」とは、聞き慣れない方もいらっしゃるかと思うが、専門家=医師が裁判官と一緒に審理する制度である。よくテレビで見る法壇に裁判官と医師が並んでいるところを想像してもらえればわかりやすいであろうか。参審とは、普通、市民が職業裁判官と一緒に裁判をすることを言うのであるが、参加するのが市民でなく専門家であるが故に「専門参審」などと呼ばれている。最高裁は、この制度を医療過誤訴訟に導入しようとしているのである。また、最近、医療過誤訴訟の争点整理手続きを促進するため、医師の調停委員を含む調停に事件を回したり、鑑定人を早期に選任して証人尋問や鑑定事項の決定に関与させるといった運用が行われはじめている。いずれも裁判官が医療について専門的知識がないので、これを補うために医師を審理する立場の「裁判所」に関与させていることが特徴である。

私たちが、このような動きに反対する最大の理由は、日本の医療界がまだまだ封建性を残しており公平で公正な判断をできる医師が確保される制度的保障が何もないことである。医療機関の責任を追及する裁判を起こしたときに、裁く側の席に着いているのが医師であるという構造を、みなさんどのように感じるであろうか。また、高度に専門化している現在の医療で各事件ごとにその分野を専門とする医師が確保される保障も何もない。さらに、医師がそれこそ密室である裁判所の中で裁判官に何をしゃべっているのかが当事者にわからないのでは、裁判手続の透明性すら確保できない。

他方、専門知識がない裁判官は必然的に医師の判断に頼りたがる。現在の鑑定重視もそうであるが、裁判官が自分の頭で考えず、専門家である医師の意見を鵜呑みにしてしまう傾向がある。これは、いわば裁判官の職務放棄である。

それでは、医療過誤訴訟をもっと市民に利用しやすい裁判にするためにどうしたらよいか。

ひとつは、証拠開示手続によって、患者側がカルテなどの医療記録や診療経過を裁判の提訴に先立って詳細に知ることができることが重要であろう。そして、患者側の立場に立って裁判に協力してくれる医師を全国的にネットワーク化し、患者側弁護士の専門性を高めることである。

裁判官というのは、ひとつの事実について医師であれば誰が鑑定しても同じ結論に至るはずであるという幻想を持っている。だからこそ、一人の専門家に頼って判断を行おうとする。そうではなくて、真実は、両当事者が真剣に主張反論する中で明らかとされるべきものであり、それが裁判の本質であると言えるのではないだろうか。

司法制度改革審議会では、今後も専門参審をはじめ、鑑定制度のあり方や民事訴訟における弁護士費用の敗訴者負担の可否など、医療過誤裁判にとって重要な論点が議論される予定である。審議会の議論の内容に関心を持っていただき、改革が「改悪」にならないように医療裁判の現場を知っている者の意見を表明していきましょう。

司法制度改革審議会のURLは、http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/index.html。審議会への意見は、このホームページから電子メールで簡単に送付できる。