名古屋 増田 聖子
1、はじめに
六年位前、臨床試験におけるインフォームドコンセント(以下ICと略します)を問う訴訟を提起し、「支える会」ができたご案内を掲載していただきました。本年三月二四日、判決が出され確定しましたのでご報告します。
2、事件の内容
被害者は当時四五歳、お二人の男の子のお母さんでした。
一九九八年四月、開業医で子宮筋腫と診断され、開腹手術を受けたところ、右卵巣ガンで、子宮等の摘出手術をしましたが、ガンは取りきれず、被告医師の診療を受けることになったのです。入院直後、夫は最愛の妻のため藁をも掴む思いで、自宅に被告医師を訪ね、三〇万円菓子折りに乗せて渡した折り、奥さんは珍しくて予後の悪いガンであるが強力な薬を使って治療する、副作用がひどいが励まして欲しいと聞きました。それから何回かに亘る「強力な薬」による「治療」が始まりました。
患者も強力な薬の治療とだけ聞いていました。その副作用は激しく、その度に嘔吐、発熱、脱毛に悩まされ、血小板、白血球減少は激しく、八月から点状出血が現れ、九月始めの最後の強力な治療の後は、激しい下血の末、九月二四日亡くなりました。
夫は最善の治療をしてもらって亡くなったのだと信じ、妻の供養をして毎日を送っていました。ところが、一九九二年三月、突然、朝日新聞の取材を受け、妻に254Sという治験薬(臨床試験段階のもの)が使われていたと聞いて、驚き、被告医師に連絡すると、そう言ったはずだが...というような話でした。
3、訴訟経過
証拠保全で入手したカルテにもICの記載も同意書もありませんでした。
そこで、一九九三年七月、IC違反のみを争点に被告医師と県を相手に慰謝料一○○○万円を請求する訴訟を提起しました。被告医師は入院直後から三日間に亘り、患者に丁寧に治験薬を使用して治療することを説明したと反論し、争いました。
訴訟の課程で、製薬会社からプロトコール(254Sの使用方法等の定め)・ケースカード(使用結果表)や連絡票(使用開始時の登録書)が提出されました。これらにより、当時このガン(卵黄嚢腫瘍)には、標準的治療法があり、その適用もないのに敢えて254Sを使い、しかも254Sの主な副作用の血小板減少を防ぐために定められた用量、用法を守らずに使用したため血小板が激滅して死亡したこと、使用前のデータや検査結果について、製薬会社に虚偽の報告をしていることが分かりました。
そこで、この訴訟はIC違反からプロトコール違反、ケースカード等の虚偽記入、254Sによる副作用死まで臨床試験のあり方全体を問う訴訟に発展しました。
被告側は、ガンの進展により死亡したものとして全面的に争い、判決まで六年半、その間、被告医師と同じガンセンター勤務していた医師がこの254S使用の臨床試験の杜撰さを正面から指摘し、鑑定人も254Sの副作用死であると鑑定しました。
4、判決
判決は、ICがあったという被告医師の反論は不自然、不合理として排斥しました。
自己決定権を根拠に臨床試験におけるIC原則を認め、一般的な治療の場合の説明事項に加えて他に標準的治療があること、これによらず治験薬を使用することの必要性、相当性・根拠・危険性・プロトコールの概要を十分理解させ自発的同意を得なければならないと判断しました。
また、プロトコールのうち治験薬の用法、用量など被験者保護のために定められた規定に違反することは違法、さらに、患者は、標準的治療法があるのに254Sをプロトコールの用法、用量によらず使用したことによる副作用で死亡したと認定しました。
その上で、被告医師の行為は被験者の安全に対する配慮に著しく欠け非人道的、被験者の自己決定権を無視した倫理的にも厳しく非難されるべき違法行為でデータの虚偽記入も倫理的非難をされるべきで、その結果、患者は痛ましい姿で死亡するに至ったと判断し、慰謝料三○○○万円、葬儀費用一○○万円、弁護士費用三○○万円を認容しました。
5、コメント・お礼
臨床試験の杜撰な実態が初めて司法の場で明らかになった本件訴訟の判決は以上のように歴史的評価に耐えうる内容でした。
そして判決後、被告らとの間で、本判決を真摯に受け止め、今後の医療現場、特に臨床試験実施において、患者、被験者の人権を擁護することを確認する旨の合意書を締結して本判決は確定しました。
新GCPが施行され、臨床試験を巡る環境は大きく変動しています。しかし実態はいかがでしょうか。臨床試験のルール、枠組みを示す司法判断である本件判決を多くの医療現場が重く受け止めることを願っています。
この訴訟には多くの市民の方々の温かいご支援をいただきました。厚くお礼申し上げます。