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カルテ開示時代の幕開け--動き出した開示制度と法制化運動の新たな展望---

NPO患者の権利オンブズマン  池永  満

000年1月1日、日本医師会の倫理規定(日本医師会のホームページではPDFファイルとして公開、またしらゆり診療所のホームページ内(ここ)にもあります)による医療記録の開示制度が始まった。

法制化を阻止する代替案として打ち出したものであるだけに、昨年9月の日医常任理事会では「自分でやるんだと言ったからには、なるほど医師会はそこまでやったかというぐらいの評価を受けないといけない」「実際に指導・監査に行くと分かりますが、カルテの書き方でも、何も書いていないカルテをこれから書かせるというのは大変なことですよ」などの発言を受け「厚生省は、法制化はしませんと、初めて本音を言ったわけですから、そのために日本医師会は何をするか、はっきりしないとダメです」と坪井会長自ら激を飛ばしているが(日本医師会雑誌2000年1月1日号)、現場の医師会員は、どのように開示すれば良いのか「診療情報の提供に関する指針」(ガイドライン)の施行日を過ぎた現在でも正直戸惑っている状況にあるようだ。その責任の大半は日医が定めたガイドライン自体の欠陥にある。

日医のガイドラインによれば、開示対象の記録を施行日以降に作成したものに限定されているので、昨年一二月の手術の結果をカルテで確認したいと思って請求しても開示されない。「日常診療継続中の情報提供」だからという理由で、遺族は対象外とし、弁護士による代理請求も認めない。「裁判問題を前提とする場合」は一切ガイドラインは働かない。従って、もし患者が医療行為の内容や結果に不審を抱き、確認のためにカルテのコピーを請求するような場合、医師の方で「将来裁判に発展する恐れがある」と考えて非開示にするということになれば、患者の不信は一層強まり、自ら裁判問題を招来する結果になりかねまい。

少なくない医療機関が、日医のガイドラインどおり実施した場合には、かえって患者との紛争を引き起こしかねない事に気付き、どうすれば患者・家族の期待に応え、信頼関係の回復と強化につながる記録開示をすすめられるのか模索している。そもそもガイドライン自身、これが「最小限基準」であり、「それぞれの医師が、その責任において、この指針が定める以上の開示の道を選ぶことを禁ずる趣旨ではない」と明記しており、結局のところ開示制度の実質を作り上げていく責任を全て個別の医療機関の手に委ねてしまっているからである。

都立病院における開示制度の内容と実施状況

日医のガイドライン実施に先駆け、昨年11月から都立病院における開示制度がスタートしている。都立病院ガイドラインは別項のとおりであるが、第一の特徴は、都条例(東京都個人情報の保護に関する条例・平成2年12月21日施行)による開示請求手続(記録の写しの交付)と、任意の情報提供システム(記録の「閲覧」「口頭による説明」「要約書の作成交付」)を組み合わせているところにある。

手続的にも、任意の情報提供に関する請求と条例に基づく複写請求(個人情報開示請求)を同時に、同じ病院の窓口で行い、情報の提供やコピーの交付も病院で受ける事ができる。

その結果、都立病院における医療記録等の開示制度は、単に医療機関の自主的な試みというより、記録の複写請求という本質的な部分につき自治体の法律である条例に直接の根拠をおく、つまりは条例により保障された医療記録に対する患者のアクセス権を支える公的制度として確立されたものと評価することができよう。

第二の特徴は、複写請求に関しては全ての事務処理(不服申立手続きを含む)が個人情報保護条例にもとづいて行われるため、その内容も必然的に自己情報コントロール権の原理を反映しており、その結果(日医のガイドラインに準じて作成されたと思われる)任意の情報提供システムの内容よりも本来の「開示制度」に近付いているという点である。

例えば任意の情報提供では非開示事由とされている「治療効果等に悪影響が懸念されるとき」「第三者から得た情報で、第三者の了解を得られないとき」等は複写請求では非開示事由とされていない。任意の情報提供では遺族が除外されているのに対して、複写請求権者には「死亡した未成年者の親権者」も含まれている。

注目される第三の点は、都立病院の記録開示制度が既に患者に支持された生きた制度として定着しつつあることである。

去る1月19日、東京都病院協会等が主催した公開シンポジュームにおける東京都立墨東病院院長・足立山夫医師の発表によれば、昨年11月1日から本年1月8日までの二ヶ月余の間に、14の都立病院のうち13病院において合計25名の患者が開示請求を行っており、うち18名が条例上の手続であるカルテ写しの請求をしている。これに対し任意の情報提供にかかる閲覧請求は10名、口頭説明の請求は6名、要約書の請求は1名である。(いずれも重複請求可。)複写請求に対しては、訴訟に使用したいとする者も含め全件が開示された(1件のみ部分開示)。なお開示対象のカルテは、現に保存している記録全てとなっている。

大学病院における開示制度の実施状況

他方、昨年二月に国立大学病院長会議においてガイドラインを策定し、日医よりも早く自主的な開示制度がスタートするものと期待されていた国立大学病院をはじめとする大学病院における作業のテンポは相当に遅れている。

NPO患者の権利オンブズマンが、実施した、国公私立を含む全国109の医科・歯科の大学病院への照会に対する41大学からの回答結果は別項のとおりであり、実施済み大学はまだ少なく、本年4月以降の実施を予定して準備をすすめている大学が多数である。

但し、当然のことではあるが、実施されている制度の内容においては日医のガイドラインよりは進んでおり、開示対象を保存記録全てとし、請求の目的を問わない、或いは遺族についてもケースバイケースで対応出来るようにしているものが多いようである。

しかし、中には、患者による「カルテ搬送方式」を取っている事を理由に開示制度については全く検討していないとする大学もあり、全体の準備の遅れと共に、日本における医療記録開示制度を推進していく上で、日医に対する批判や対応に目を奪われるだけでなく「医の殿堂」とされている大学病院における患者の権利の啓発活動をも視野におくことの重要性を痛感させる調査結果となっている。

患者要求の高まりと開示基準の統一に対応しうる法制化の展望

NPO患者の権利オンブズマンに寄せられる苦情相談においても、カルテを見れない事自体を苦情とするものが少なくない。これに対し、積極的にカルテを開示し、日常的に医療情報を共有する事こそより質の高い医療サービスを提供し患者との信頼関係を強化出来る道だと考え、或いは、患者や家族から不審が提起されたときこそ速やかにカルテを開示して説明を尽くすべきだとする医療機関も増え始めている。どのような開示制度を持っているのかが医療機関を選択する際の一つの基準となる時代が始まりつつある。

昨年10月、21施設でスタートしたNPO患者の権利オンブズマン協力医療機関・福祉施設の連絡協議会は、本年2月に開催する合同研修会においてあるべき医療記録開示制度等もテーマのひとつとして経験交流を行う予定であるが、登録医療機関はその後も着実に増え、申請中のものを含めると30を超えている。

一方で患者自身による医療記録の開示請求が日常化し、他方で全国各地の先進的医療機関が患者要求に誠実に応える日常的な実践の中で良質の開示制度を作り上げる作業を促進させる中で、開示基準の全国的な統一をはかるためにも、又、本格的な条件整備をすすめ充実した医療記録の作成、保管、利用の促進等を推進するためにも、患者側からも医療側からも新たなレベルで総合的な医療記録制度の整備と法制化の要求が提起されるに違いなかろう。

昨年の権利法をつくる会総会で採択された「医療記録法要綱案」を一つの叩き台としつつ、「医療記録の開示をすすめる医師の会」等とも連係しながら、法制化に向けた実質的な討論を全国的規模で組織化することが重要になっていると思う。