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1999年10月27日 福岡高裁における鑑定人協議会の報告

弁護士 辻本 育子

1、医療過誤裁判においては、裁判所の専門的知識の不足を補うために鑑定が必要になることが多くあります。ほとんど大学医学部の教授などが選任されていますが、裁判所が鑑定人を選任しようとしたときに、なかなか引き受け手がいない、鑑定人の選任や鑑定書の作成に時間がかかることなどが、医療過誤訴訟の長期化の原因の一つではないか、ということが言われてきました。  

2、そこで、最高裁のお声掛かりで、今秋、いくつかの高裁で、鑑定人と患者側、医療側の代理人を含めた協議会が開かれることとなりました。福岡高裁では、去る一〇月一九日、開催されました。参加者は、裁判所関係が、福岡高裁の判事(議長)、同高裁管内の各地裁から一人ずつ、最高裁からも二名参加、患者側の代理人として私、医療側の代理人として医師会の顧問弁護士が出席しました。

3、第一部は、裁判官と、代理人弁護士のみの協議で、まず、私と医師会の顧問弁護士が各一〇分ずつ話をしましたが、二人とも共通して問題にしたのは、裁判所が最近鑑定人の証人尋問に消極的、拒否的ではないか、あるいは、証人尋問に代えて書面での質問で済まそうとする動きなどがみられるが、これでは困るということでした。

私は、(私の事件ではなく、当会の事務局長小林弁護士が担当している事件ですが)、宮崎地裁の事件で、医師無責の鑑定を出した鑑定人の証人申請を裁判所が却下した事案を報告しました。この件では、その後患者側が、その鑑定結果を批判する医師の意見書を提出し、またその医師の証人尋問を行った結果、裁判所が鑑定結果に疑問を抱くに至り、結局、裁判所から原告側に再度鑑定人の証人申請をしてくれとの申し出があったという異例の経過をたどりました。そして、その鑑定人の証人尋問の結果、鑑定人は、事実上自分が出した鑑定書の結論を覆す証言を行い、判決も、原告勝訴となったのです。

私は、この事件を紹介することにより、裁判所が強権的に鑑定人の証人尋問を制限することにより、誤った結論に至る危険性が高いこと、結局、一審の判決がでてもそれを当事者が受け入れずに控訴となり、解決のために時間がかかる可能性が高いことなどを訴えた。また、鑑定人も医師であることから、医療側をかばおうという意識が働き、自らが採用している一般的な医学的知見を当該事件に当てはめるにあたって、歪めてしまうという傾向があることを指摘し、このような傾向を排するための工夫が必要であることを訴えました。

その後の各裁判所からの状況報告では、鑑定人の証人尋問を制限している、あるいは原則書面尋問で行っているという報告が、大分、宮崎、熊本などから出されました。

4、協議会の後半は、鑑定人の経験がある九州大学、福岡大学、久留米大学の医学部の教授、助教授が三人参加されて、協議が行われました。このうち、九大の教授からは、医療過誤の判決、とくに医療側が敗訴した場合の影響が大きく、当該医師の将来に大きな影響を及ぼすだけでなく、医師が情熱を失い、医療水準が低下する危険性もあると、医療側敗訴の判決が出ることに対して牽制とも思える発言がなされました。福岡大学の教授も、やはり、鑑定人に選任されたことは医師の社会ですぐに知れ渡り、学会等で注目をあつめること、鑑定人自身も何時自分が被告になるか分からないという思いになること、医師側に有利な鑑定結果を出さざるをえないような環境にあること、それでも良心的に公平な鑑定をおこなおうとすれば、医師の世界で村八分を覚悟しなければならないという状況を明らかにされた。このように鑑定人は大きなプレッシャーにさらされて鑑定を行わざるを得ないので、鑑定人はその医療環境から離れたところで確保してもらいたい(具体的には、離れた地域から選任すること)との意見が出されました。

鑑定人に医師の世界から大きなプレッシャーがかかるということは、その後の協議のなかで九大の教授も強調しておられましたが、(その結果、当然医師有責の鑑定が出てしかるべき事件で、無責の鑑定書に泣かされている)私たち患者側の代理人からみれば、当然のことだと思われます。ですから、裁判官の中から、鑑定人の前記のような意見を聞いて、ショックを受けたという意見が出たことには、逆に驚きました。そうであるならば、このような鑑定人の声を全部の裁判官に聞いてもらう必要を痛感しました。

また、鑑定人経験者は、鑑定書を出したあと、証人として法廷に呼ばれることは、「とても嫌」だということでしたが、しかし、証人尋問の必要性があるということで呼ばれれば出ていくし、そのことは鑑定を引き受けた段階で覚悟をしていますということでした。

5、また協議の中で、鑑定人候補をどうやって見つけるかという点で、鑑定人経験者から、各分野の中心的な学会に鑑定人の候補者推薦を依頼する方法が提案されました。現段階でも、日本整形外科学会とは、最高裁との協議により、推薦依頼をすれば整形外科学会の医事紛争調査委員会が窓口になり、推薦をするということになっているそうです。そこで、今後最高裁の方で、各分野の学会と鑑定人の推薦について協議を進めてもらいたいという声が各裁判所から出されました。

その他、鑑定人の経験者から出された意見を列挙すると、

(1) 鑑定事項の確定の段階で鑑定人が関与する必要はない。逆に鑑定人に都合の良い質問事項を決めるというのは、公平さに欠けるのではないか。

(2) 当事者や裁判所のもっている疑問に答えるためであれば、質問事項は多くても構わない。

(3) 鑑定の前提となる事項に争いがあるときに、場合を分けて鑑定を求めるという方法でも構わない。

(4) 鑑定の前提となる事実や、争点について、裁判所でまとめたものがあると鑑定がやりやすい。

(5) 鑑定費用は裁判所で決定してもらいたい。

(6) 鑑定結果の公表は困る。

などでした。

6、最後に、4項で述べたように、本来鑑定人は公平な第三者の立場で鑑定を行うことが求められるわけですが、実際には公平さを損なうような圧力が鑑定人にかかっているという現状があります。裁判所にこの点に関する理解をもってもらう必要がありますし、また医療側にもこのような不公平な圧力を減らしていく自浄作用を求める必要があると痛感しました。