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カルテ開示法制化の現状~厚生省のたたき台提出される

患者の権利法をつくる会事務局長  小林 洋二

やっと出た厚生省案
厚生省は、昨年一二月二五日の医療審議会に
「医療供給体制の改革について」(議論のためのたたき台)というペーパーを提出しました。この中に「カルテ等診療情報の提供の在り方について」という項目が含まれており、「基本的考え方」として「診療情報の提供及び診療情報の開示を広く普及、推進させるために、現行インフォームド・コンセントの規定を踏まえ、患者の求めがある場合について、診療記録を管理する医療機関の管理者の義務として診療記録の開示を法制化する」と述べられています。

医療審議会でこの議論が始まった際に厚生省が提出した論点メモは、全部「カルテ等診療情報の活用に関する検討会」での議論の蒸し返しで、一体医療審議会に何を議論させようというのか理解しかねる面もありましたが、この「たたき台」によってやっと厚生省の基本的姿勢が見えてきました。
勿論最も重要なことは、厚生省が「検討会」の提言に沿って法制化の方向を打ち出したということであり、これは大きく評価すべきことです。しかしその具体的内容を見てみますと、やはりいろいろな問題があります。

ず第一に「公布以後相当の周知・準備期間(三年)をおいて施行する」とされており、しかも開示されるのは「施行日以降に提供される診療に係る診療記録」に限定されています。さらに「施行日以降、当分の間は診療記録の提示や診療記録の写しの交付に代えて、診療記録の内容を示す別文書を交付する方法でもよいこととする」とされています。つまり全く開示されない三年間の周知・準備期間・別文書交付を認める「当分の間」・最終的な診療録そのものの開示という三段階が予定されているようなのですが、なにしろ「当分の間」ですので、最終段階がいつ来るのか皆目見当もつかないという感じです。
確かに「検討会」報告書も、条件整備が進むまでの当分の間別文書の交付を認めるという考え方を示してはいました。しかし、三年間も準備期間をおくのであれば当然その間に条件整備を進めるべきであって、むしろ三年間の準備期間は別文書の交付で代えることを認めるが、三年後からは診療録そのものを開示すべしというのが「検討会」報告書からの筋ではないでしょうか。

情報提供の対象者について「遺族については、医療従事者と患者との間の信頼関係の向上や情報の共有化を基礎とする医療の質の向上に直接かかわるものではないため、診療情報の提供又は診療記録の開示の対象とはしない」としています。これは「検討会」報告書の議論からしてやむを得ないことかもしれません。しかしカルテ開示を求める遺族の気持ちは社会的に見ても自然なものであり、権利法をつくる会による国会議員に対するアンケートでも、カルテ開示法制化に積極的な議員のほとんどが遺族に開示請求権を認めることに賛成していました。この点についても粘り強く働きかけを続けていく必要があると思います。

日本医師会のガイドライン

一方、日本医師会の「診療情報提供に関するガイドライン検討委員会」は一月一二日「診療情報の適切な提供を実践するための指針について」という中間報告を発表しました。そこでは「医師及び医療施設の管理者は、患者が自己の診療録、その他診療記録等の閲覧・謄写を求めた場合には、原則としてこれに応ずるものとする」とされており、従来の日本医師会の診療録開示に対する姿勢から考えれば極めて大きく前進しています。しかもこの指針は日本医師会の理事会の承認を得てから一〇カ月を超えない準備期間をおいて施行することとなっており、ここだけ見れば法律による開示よりも指針による開示の方が先行することになりそうです。
しかし日本医師会がこの時期に指針を発表した一番の狙いはカルテ開示法制化の阻止です。それはこの指針の前文に「診療情報の提供、診療記録の開示の問題は、医師の職業倫理、医師団体の倫理規範に委ねるべきことを改めて確認し、この問題を、法律によって医師に強要する考え方には断固反対の意を表明するものである」と明らかにされているとおりです。

はこの「ガイドライン検討委員会」は、「検討会」報告書が発表された昨年六月一八日の直前である六月一六日の日本医師会の常任理事会で設置が承認されたものですが、その常任理事会で坪井日本医師会会長は次のような発言をしています。

「こちらが先駆けて医療情報提供に関するガイドラインをつくって、そしてこういう方法で患者さんへの医療提供のための情報公開を進めましょうよという話し合いをするのがこの委員会の最大の目的であって、われわれがやるから余計なお世話だというのがこの委員会の哲学ですね」(日本医師会雑誌第一二〇巻第七号)。

また「検討会」報告書が発表された後の六月三〇日の常任理事会では坪井会長は次のように述べています。

「日本医師会がガイドラインをつくるというのは、これを法制化させないというときの担保ですからね」(同第一二〇巻九号)。

こういった坪井会長の発言でも明らかなように、このガイドライン検討会そのものが法制化反対のために設置されたものなのです。日本医師会は法律による強制ではなく医師団体の自律的な規範に委ねるべきだと言いますが、決して日本医師会が自律的にカルテ開示の必要性を判断してガイドラインをつくったものではなく、「検討会」報告書が法制化の提言を行うことが避けられないという段階になって、緊急避難的にガイドラインの策定を始めたものに過ぎないのです。
勿論、日本医師会は任意団体であり、このガイドラインは日本医師会会員以外の医師には何の関係もありません。また会員である医師に対してどのような効力があるかも疑問です。その意味でもガイドラインがあるからといって法制化の必要性がなくなるなどということはあり得ません。
また日本医師会は法律によるカルテ開示がまるで有害であるかのような主張をしていますが、その根拠は極めて薄弱です。ほとんど「お母さんが勉強しろと言い過ぎるから勉強したくなくなるんだ」という中学生レベルの議論でしかないように思われます。

医療審議会での議論

医療審議会では日本医師会側の委員はこのガイドラインを根拠に法制化反対を主張しています。一月二七日の審議会ではこれまでこの問題について殆ど意見を表明していなかった委員が日本医師会の法制化反対論に賛同する場面もあったらしく、医師会側からの働きかけも強くなっていることを思わせます。その一方では明確な法制化賛成論者も増えつつあり、特日本病院会が賛成に方針転換したことや、看護協会が「患者の権利としてのカルテ開示」を主張していることが注目されます。

医療審議会は一月二七日でこの議論を終え、厚生省はこれから要綱案の作成に入るようです。一応法制化賛成論優勢を思わせる状況ですが、厚生省及び与党に対する医師会の働きかけもいよいよ強くなってくると思われ、予断を許しません。