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人それぞれ

東 京  小 林 尚 子

の文章に度々登場してくれる肝臓病のKさんは、自分が感じていることを代弁してほしいという思いを持っています。その気持ちをどれくらい伝えられているかが課題の一つと考えています。
そのKさんは、高血圧、不整脈、安静時狭心症の薬も服用しています。腹水貯溜を防止するための利尿剤も欠かせません。外出の予定があるとそれに合わせて薬も服む時間の調整が必要となることがあります。いっぱい病気があるから、かかりつけ医が大学病院です。

狭心症の発作の時には、薬を服みながら不安で電話をくれます。電話を通じて少しおしゃべりをして、時には、にわかのかかりつけ医の役もしてしまうことがあります。
病院へ出かける元気が出たKさん、その勢いで知人に誘われて暑い夏の一日食事に出かけました。帰宅後、めまいと足がひきつるように痛むという電話が入りました。
血圧は最高96mmHg、最低60mmHgとのこと。これで降圧剤を服むのを考えてのことでした。利尿剤、降圧剤、強心剤、そして暑さの相乗作用で、脱水も作用しての結果だったのでしょう。
独り住まいのKさんとは大分前に話し合って、同じマンションに住む友人に緊急用に鍵を預けることにしました。身内がいるのに何故という意見もあったようですが、急変に応じて近くに助けてくれる人がいる道を選んだのは本人の選択です。
夜の降圧剤は休み、点滴代用のスポーツ飲料をその友人に買ってきてもらい、それをゆっくり飲んでと話して、二時間ほどして状態は落ち着きました。
長く服用し続ける薬も一生同じ量ではないはずです。気候、体調とその人の状況に合わせての服用が必要でしょう。次回病院でこの点を話し合って現在の必要量を再検討してもらうことにしました。
「ゴキゲン損じなければ良いけれど」Kさんのつぶやきです。しかし大げさにいえば命の直結する問題、ゴキゲンを伺う必要はありません。きちんと話して対応してもらわねばなりません。同時に処方する側も、毎回機械的に処方箋を出すのではなく、個々の状況に応じて服用量を考える大切さを認識してほしいのです。

 

血圧のWさんは徒歩五分の診療所がかかりつけ医です。
すぐ診てもらえるからいちばんと考えての選択ですがそれでも夜とか疲れて調子の悪い時、やはり独り暮らしの不安から電話が入ります。
「大丈夫だよ」と話してから数日、Wさんは姉さん夫婦と二泊三日の温泉旅行に出かけました。お姉さんは七〇歳すぎ、Wさん姉妹の憧れの女性でした。ところが旅の第一夜、Wさんにショッキングなことが起こりました。
お姉さんが夜中トイレに間に合わなかったのです。なじるWさん、頑としてその事実を認めないお姉さん、大変な旅となりました。
翌日、Wさんとお姉さんはよそよそしい時を過ごしました。そこでWさんは考えました。粗相したくてしたんじゃない。自分だっていつそうなるか分からない。二泊目Wさんはお姉さんのトイレの後始末を黙って済ませました。濡れた寝具もそっと宿の人に頼んで始末し、「朝風呂に入ろうよ」とお姉さんを誘い、下着も取り替えました。お姉さんは上機嫌になったそうです。「事実を認めて、なじったり慌てたりしないことが大事なのね。自分の都合に合わせたんじゃ駄目」
Wさん、素晴らしい結論を得たと思います。

が祖母(私の母)の怪我から介護にかかわって数カ月、最初は若さ故でしょう、自分のペースで時々イライラしていました。
「おばあちゃん、何もしなくて良いの」「早く、早く」とか。
ある日、祖母の歩調に合わせて散歩している時、見落としていた小さな花が目に入りました。同時に祖母のペースに合わせる方がいらいらしないことにも気付いたのです。
やれることは禁止しない。出来る者が出来ない者のペースに合わせることがいちばん簡単でスムーズに事が運ぶ方法ですが、なかなかそこにたどり着く迄が大変です。
医療の現場でも同様、病む者の訴えに、診る側が耳を傾け、それぞれにいちばん良い方法を見出すことが大切と思います。
母は怪我をしてから、たくさん小物を編みました。老人会に寄附するのだそうです。そこで家族がついでに老人会に参加して皆とおしゃべりして過ごしたらと提案しました。
「何で私が老人会でおしゃべりしなきゃいけないの? 私は自分の好きなように生きたいよ。気を使っておしゃべりするのは厭です」本人が望んでこその会です。よかれと思うことが強要では何にもなりません。そんな強気の母と家族の間でこの夏、珍事件が起こりました。母は暖かいご飯に生卵が好きです。簡単ということもあるのでしょう。一週間程、腸の具合が悪くなりました。「冷たい物を避けて、ちょっと生卵はお休みしようか」と告げて私は帰京しました。
ところがその後訪れた人たちは、母の健康を思うあまり「生卵はダメ、ゼッタイダメ」の連呼となったらしいのです。黙って聞いていた母、内心怒りふつふつだったらしく、翌朝、冷蔵庫の卵たちは全部ゆで卵に変身していました。
私たちは知らず知らず優しさと押しつけを混同していることがあるようです。人それぞれの考えと状況を尊重しなければ優しさになりませんよね。人口の四分の一が高齢者となる我が国、四分の一は大きな数です。
多数決の原理からいえば、物事を決定するには大集団です。一言で高齢者というけれど、換言すれば国を支え続けた功労者です。功労者が物事を理解して生きてゆくのが困難というのが現状です。その功労者のひとりからこんな質問を受けました。

「インフォームド・コンセントってどんな形のコンセント?」

いちばん必要な年代の方々にも分かる形での患者の権利、カルテ開示が法制化へと進展しつつある今、そろそろもう少しかみ砕いた形で、その権利を考える時が来ているように思えます。