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患者の権利から見た医薬品臨床治験-10-

-治験における医療関係者の責任と治験審査委員会の役割-

平田 孝・藤竿伊知

GCPに対する製薬企業の対応について、その問題点を述べてきたが、責任は製薬企業だけにあるのではない。治験における人権確保については医師を始めとする医療関係者の責任も大きい。薬害エイズ事件において加熱製剤の治験をめぐって安部医師らがエイズ研究班で果たした犯罪的役割を見ればわかる。また、今年の五月に行われたある医薬品のシンポジウムにおいて、「製薬企業が危険な薬を販売したことは、論外だが、それを医師が処方し薬剤師が調剤しなければ、薬害は起きなかった」という発言があった。これは、「医師や薬剤師などの医療関係者がもっと積極的に防いでくれるべきであった」という批判でもあるし、薬害発生の一定の責任を問う意味の発言であったと受け止めている。医師を始めとする医療関係者は、こうした批判を真摯に受け止めて治験に生かさねばならない。薬剤師も薬の処方権は医師にあるので、薬害発生の責任は負わないという言い逃れは通用しなくなった。医薬分業の進展とともに、平成八年の薬剤師法改正(25条2)で、投薬した患者に対して医薬品情報提供義務が課せられたことで薬害防止の責任は決定的になった。新GCPでも、臨床治験における医療関係者の責任は抜本的に重くなった。自戒の意味もこめて、医療関係者の責任と治験審査委員会(IRB-Institutional Review Board)の役割について整理してみたい。

一、新治験体制と旧治験体制

  1. 新GCPでは、従来の治験総括医師制度は廃止され、治験は、個々の医療機関毎の長のもとに設置が義務化されたIRBの監視下に、治験責任医師と治験分担医師のもとに行われる。但し、例外的に、多施設共同治験では、施設間の調整を図るため、治験調整医師または、治験調整委員会を置くことができるとなっている。特に、治験責任医師は、「治験に関連する医療上の全ての判断に責任を負う」ことになった。そして、治験に関連した臨床上問題となる全ての有害事象に関して、治験責任医師及び治験分担医師は、十分な医療を被験者に提供し、説明しなければならなくなった。つまり、被験者に対しては、インフォームド・コンセント(IC)の完全実施が義務づけられたといえる。
  2. 一方、旧治験体制は治験総括医師である医学部等の有名教授を頂点にした非民主的な体制であり、IRBなどのチェック機構は、皆無であった。ここでは、医師派遣や専門技術研修の独占的提供などと引き換えに、複数以上のブランチ病院に半強制的に一定数の治験が割り当てられた。こうした治験体制では、被験者は医療の主人公としてではなく、底辺におかれ人権の犠牲のもとに、治験がすすめられた。そして、治験総括医師らの主要な関心事は、被験者の人権保護ではなく、治験に伴う製薬企業からの多額の治験報酬とデータの集積であった。その際、医学の進歩という美名のもとに被験者の人権侵害がカムフラージュされた。こうした事態に批判的な一握りの良心的な医師も一部にはいたが、批判は許されずに、あえて批判する良心的な者は排除され、内部からの改革はなされなかった。

 

二、被験者の人権保護は最優先課題

新GCP検討会の中で、「被験者の人権、安全及び福祉に対する配慮が最も重要であり、科学と社会のための利益よりも優先されるべきである。」との治験の原則がうたわれており、一転して、治験医師は患者の人権を守ることが最優先され、義務化された。新GCPでは、被験者の人権保護については、過去の反省から、一八〇度の転換がなされ、大きな前進と評価される。特に治験施設長と治験責任医師は、「治験を適正に行うことができる十分な教育及び訓練を受け、かつ、十分な臨床経験を有すること」とされ、特に治験責任医師は、被験者、患者の人権に対して高度のレベルの思想性(ヘルシンキ宣言の完全遵守)をもたなければ、治験を行えなくなったと言ってよい。その主要な点は、下記のようになっている。

  1. 被験者へのIC(文書による治験薬の使用方法、目的、有害反応など)の徹底
  2. IRBの設置と資料提出義務
  3. 有害事象の被験者への報告と迅速な治療
  4. 被験者の権利の放棄及び実施医療機関、治験責任医師等の責任を免除しもしくは軽減させる旨または、それを疑わせる記載の禁止。治験参加への強制の禁止。治験からの離脱の自由。

 

三、IRBの意義と役割

新GCPに盛り込まれた患者の人権保護の柱は、(1)ICの完全実施と(2)IRBの二つが重要な役割を演じるが、特に、IRBの設置は大きな目玉であり、治験をチェックする上で、決定的な役割を果たす。強力な権限を持つIRBの設置が義務化されたことは、画期的といえる。

治験医療機関の長、治験責任医師及び治験分担医師は基本的に被験者の人権保護はできない-つまり自乗能力がないとみなされ、独立した機構によるチェックが被験者の人権保護のためには不可欠であるとされた。このことは、医療関係者にとっては、残念なことではあるが、昨今の「薬害事件や医療過誤事件」における患者の人権侵害の実態から見れば、必要なことである。やはり独立性を持ったチェック機構としてのIRBが不可欠なわけである。これらを裏付ける条項が新GCPに以下のように記載されている。治験医療機関の長、治験責任医師は、審査の対象となる治験に係わるIRBの審議及び採決に参加することはできない(第29条)。IRBは、治験の受諾及び継続の適否について審議して、不適当であるという結論を出したときは、実施医療機関は治験の依頼及び契約を解除しなければならない。また、実施医療機関の長は、IRBによる調査に協力しなければならないことも規定された(第37条)。

IRBは五人からなり、(1)医学、歯学、薬学その他の医療または臨床試験に関する専門知識を有する者以外の者(次の規定とは別に)(2)実施医療機関と利害関係を有しない者が加えられていることとされ(第28条)少なくとも二名は独立性の高い委員が入ることとなる。特に、法律家の代表がIRBに入ることが、不可欠とされる。ただし、IRBの形骸化も十分にあり得る。委員が適切なメンバーで構成されるかは、今の日本のレベルでは医薬品治験の専門家が少ない現状からすれば厳しいものがある。現実にはほとんどの病院では、設置されないのではないかという危惧をもっている。

<IRBの活動内容>

  1. 治験開始時には、あらかじめIRBの意見を聴くこと。
  2. 治験の機関が一年を超える場合は、一年に一回以上治験継続の可否について、IRBの意見を聴くこと。(何故一年以上であるかは、問題であるが)
  3. IRBの審査対象は長から意見を聴かれたときに限る点は不十分であるが、その際は全文書が審査の対象となる。(IRBが必要と認める資料となっているので)
  4. IRBが治験を行うことが適当でない旨の意見を述べたときは、治験の依頼は禁止される。また、治験の継続が妥当でない旨の意見を述べた時は、治験の契約は解除される。これは、長及び治験責任医師などの暴走に歯止めがかかることを意味する。
  5. IRBでの審査記録は治験の中止または、終了の後三年間保存。
  6. 治験の終了、中断もしくは中止の場合、その理由を長から文書で報告を受けなければならない。
  7. IRBのもとに治験事務局の設置、治験薬管理者(薬剤師)

 

四、おわりに

治験においては、治験薬の管理は薬剤師の仕事であり、一般の治療薬とは別に厳重に管理することになる。間違っても、一般の治療薬と間違って投薬ミスをおこすことがないようにしなければならない。また、治験事務局の役割は重要であり、普通、薬剤部長や科長、管理職薬剤師が適任と言われている。治験薬の交付に際しても、治験プロトコールに準処しているかの確認、調剤、記録等を着実に実施する必要がある。特に、治験薬交付の際、被験者の同意書の確認は必須である。従って、医師が治験から逸脱した場合は、チェックする役割をすることも求められる。新GCPが通達されて一年以上になるが、国内では、治験の整備は進んでいない。むしろ、治験は海外でなされることが主流となっている。ただ、今後、徐々に国内でも整備はされてゆくわけであり、被験者の人権保護の視点から日常的な監視が必要である。