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資料 別冊綴じ込み 診療記録開示の法制化に関する要請書

1998年8月21日

厚生省健康政策局 御中

診療記録開示の法制化に関する要請書

(はじめに)

私たち「患者の権利法をつくる会」は、「医療における患者の諸権利を定める法律案」を起草し、その制定に向け立法要請活動を行うとともに、医療の諸分野における患者の諸権利の確立と法制化をすすめるために必要な活動を行うことを目的として、1991年10月に結成された市民団体であり、現在、全国で約840名の市民と18の市民団体(構成員数合計約4000名)が参加しています。また1995年10月には「医療記録開示法要綱案」を起草し、立法を提唱しています。私たちが提唱している法律案の内容については、添付のパンフレット「与えられる医療から参加する医療へ」をご参照下さい。

さる6月13日「カルテ等診療情報の活用に関する検討会」は、診療記録開示の法制化の提言を含む報告書を発表しました。右検討会が基本的に開示請求権を認め、これを法制化すべきであるとの結論を出したことは、従来の日本の医療界が患者への診療情報提供及び診療記録の開示について必ずしも積極的な姿勢をとっていなかったことからすれば画期的なことであり、早急に右検討会報告書の提言に沿った法律の制定を望むものです。私たちは右報告書を検討した上、診療記録開示の法制化が、日本の医療及び患者の権利にとってさらに有意義なものとなることを念願して、以下のとおり要請するものです。  

(要請の趣旨)

診療記録は患者の求めに応じて患者に開示されるべきものです。診療記録の開示を医療従事者・医療機関の法的義務とする法律を制定するため、貴省において早急に法案策定作業を開始されるよう要請します。

(要請の理由)

1 診療記録開示の必要性について

「カルテ等診療情報の活用に関する検討会」(以下「検討会」と略称します)の意見書は、「診療情報提供は、医療や人権についての国民の意識が高まり、情報化の進展した今日の社会においては、不可避の要請であり、これを積極的に推進する必要がある」とし、診療情報提供の必要性の根拠として第一に「医療従事者、患者の信頼関係の強化、情報の共有化による医療の質の向上」、第二に「個人情報の自己コントロール権」を挙げています。
さらに右意見書は「診療記録の開示は診療情報の提供の一方法であり、診療情報の提供は必ずしも診療記録の開示によらなければならないものではない」としながらも、「診療情報は提供するがその元となる記録は見せないというのでは、患者側が不信を抱く結果となりかねない。医療従事者と患者との間に真の信頼関係を築くためには、日常的にそのようなことを求めることの是非は別として、患者が求めた場合には診療記録そのものを示すという考え方が必要であると考える。」としています。
特にこれまで診療情報提供及び診療記録開示に消極的な立場をとっていた医療従事者及び医療機関がその根拠としていた(1)コスト論、(2)記録の質の低下、(3)医療従事者と患者との信頼関係を損なう、(4)患者が内容を誤解し、治療効果を妨げる、(5)患者がショックを受ける等の問題点が診療情報の提供を妨げる決定的な要因とは言えないとされた点、並びに従来特に問題とされてきたがんや精神病についても、基本的には例外扱いすべきでないとされた点は極めて重要です。
私たちはこの検討会報告書の意見に全面的に賛成するものです。診療情報提供及び診療記録開示についてはこれまで様々な場面で議論されてきましたが、この検討会における議論で、診療情報提供及び診療記録開示の是非論は最終的な決着がついたと考えられます。

適切な診療記録の作成は、医療従事者の思考過程を客観化し、医療の質を向上させます。診療記録は患者に求めに応じて開示すべきものであり、患者を通じて他の医療従事者に検証される可能性のあるものである、という自覚の下に記録を作成することにより、診療記録は確実に適切なものとなり、その医療従事者の思考過程は客観化されるはずです。このことからも診療記録の開示は日本の医療の質全般を向上させることにつながるものと私たちは確信しています。

2 診療記録開示法制化の必要性について

検討会意見書は、法制化について積極、消極の両説が存在したことを紹介しつつ、「医療の場における診療情報の提供を積極的に推進するべきであること、また、今日、個人情報の自己コントロール権の要請がますます強くなり、行政機関に限らずあらゆる分野においてその保護対策の充実が図られていること等にかんがみると、法律上開示請求権及び開示義務を定めることには大きな意義があり、今後これを実現する方向で進むべきであると考える」と結論しています。

前項で述べたとおり、診療記録の開示は医療の質の向上及び個人情報の自己コントロール権の観点から是非とも必要なものです。そしていずれの観点から考えてみても、開示したい医療従事者は開示するが、開示したくない医療従事者は開示しなくてもいいという性質のものではありません。特に個人情報の自己コントロール権の観点からすれば、既に1980年にOECD理事会勧告(いわゆるOECD八原則)に個人情報を情報主体たる個人に開示すべきことが謳われ、「プライバシーと個人の自由の保護にかかる原則を国内法の中で考慮すること」とされています。早急に法制化を実現すべきです。

そもそも「診療記録は患者の求めに応じて開示されるべきものである」との考え方をとる以上、法律上開示請求権及び開示義務を定めることになんの支障もありません。法制化に対する消極意見は、どのような理屈をつけたところで、実際には診療記録を開示しないことを正当化するためのものに過ぎません。
私たちは、検討会が様々な消極意見を克服した上で法制化の提言を行ったことを高く評価し、これに全面的に賛成するものです。特にこれまで法制化どころか診療情報提供及び診療記録開示自体に消極的な姿勢を示していた日本医師会の理事を含めて、法制化の必要性が確認されたことは、法制化に向けての最も大きな障害が克服されたものと考えています。
なお、さる7月13日には、薬害HIV事件の反省に基づいて設置された、総合研究開発機構(NIRA)の「薬害再発防止システムに関する研究会」が最終報告書を発表し、その中でも「患者中心の医療を確立するため、特に厚生省は中心となって『患者の権利法』を制定するとともに、医療政策に患者の知見や意向が十分反映させるように制度改革を図るべきである」「『患者の権利法』には、カルテ等が患者のものでありいつでも利用可能である、と明記する。患者にこれらの閲覧謄写請求権を認めるとともに、医療機関側が、患者の意向を確認することなく最終診療の時点から一〇年以内には、一方的にカルテ等の記録を廃棄することができないように法律に規定するべきである」との提言がなされています。
貴省には、右検討会報告書の結論及びNIRAの提言に沿って、早急に法制化を実現すべく、法案策定作業を開始するよう要望します。

3 法案の具体的な内容についての要望

・ 診療記録そのものを開示することを法的義務とすることについて

診療記録の開示請求権及び開示義務を法制化するにあたって、開示されるものが、診療記録そのものであるべきことはあまりにも当然のことです。
検討会意見書はこの点について「診療記録の作成・管理についての体制が整うまでの当分の間、診療記録に代えて、診断病名、治療経過、投薬記録など、患者の自己決定に必要な診療情報を記載した文書を作成交付することをもっても足りるとすべきであろう」としました。しかし私たちはこれでは不十分であり、原則どおり診療記録そのものの開示を法制化すべきであると考えます。。
第一に、個人情報の自己コントロール権の観点からすれば、医療従事者が自己の保有している患者の個人情報の中から「患者の自己決定に必要な診療情報」を選択することを認めることはできません。このような文書(以下、簡単に「別文書」といいます)の作成・交付は「診療情報の提供」の一つの方法としては認められても「診療記録の開示」の名に値しないものであることは明らかです。
また「情報の共有化による医療の質の向上」という観点からしても、診療記録そのものを開示せず、別文書で代替することを認めることはできません。医療従事者が「自己決定に必要な診療情報」を選択して別文書を作成するとして、その文書が本当に「自己決定に必要な診療情報」を網羅していることの保証はありません。また患者が他の医療従事者のセカンド・オピニオンを得ようとする場合、生の検査データや所見が含まれない別文書は、診療記録そのものに比べて極めて価値の低いものになるでしょう。

ところで意見書は、診療記録そのものの開示に代えて別文書の作成・交付を認める根拠として次のように述べています。
すべての診療記録を開示の対象とすることが本来の姿であろうが、我が国の医療現場の実状を見ると、診療録や看護記録に記載するべき内容が決まっておらず記載方法もまちまちであって、医療従事者以外のものの閲覧を予定しないで記載がなされることもあるというのが現状である。そうだとすれば、診療記録をそのまま開示することは患者に客観的な診療情報が伝わらないおそれもある。
しかし診療記録の現状が意見書の指摘するとおりであるとしても、だからといって「診療記録をそのまま開示することは患者に客観的な診療情報が伝わらないおそれもある」とは思えません。そもそも診療情報の提供は診療記録の開示によってのみ行われるものではないのですから、診療記録の開示のみでは診療情報の提供として不十分であると考えられる場合には、診療記録の開示に「加えて」別文書の作成・交付を認めればいいだけのことであり、診療記録の開示に「代えて」別文書の作成・交付を認める必要はないはずです。

また検討会意見書は診療記録そのものの開示を法的義務とするための前提条件として、いくつかの条件整備を挙げています。私たちも診療記録の作成・保管が適切に行われるための条件整備を行うべきこと自体には全く異論はありません。しかしこれらの条件整備は、法制化と並行して、あるいは法制化の後に行うことで足りると考えられます。私たちは貴省に対して、まず第一に診療記録そのものの開示を法的義務とする法案を策定を、それと並行して条件整備の措置を具体化することを要望いたします。

・ 遺族の診療記録開示請求権について

検討会においては遺族を開示請求権者に含ませるべきかどうかについては検討の対象とされませんでした。
しかし遺族が故人の死に至る経緯を知りたいと望むことは自然な感情であり、この自然な感情を尊重する法制度が望ましいことはいうまでもありません。
私たちの知る限りでも、以下の諸外国において遺族の診療記録開示請求権が認められています。

イギリスでは「死亡にかかる損害賠償請求権を有する可能性のあるもの」という形で遺族の診療記録開示請求権を認めています。スイスでは、死亡した患者の診療記録開示請求権が相続人に承継されるほか、死亡した患者の家族は、相続人であるかどうかに関わりなく固有の人格権に基づいて診療記録を閲覧する権利を持つとされています。オーストラリアでは最高裁判所が相続人及び緊密な親戚関係にあるものに対して「これらの者は閲覧する法的利益を有しており、かつ閲覧は死亡した者の権利保護に反しない」という理由で診療記録の閲覧権を認めています。
我が国において診療記録開示の法制化を行う際には、これら諸外国の制度及び考え方と比較して遜色のない制度であってもらいたいと望むものです。

 

・ 第三者機関の設置について

意見書は「診療情報の提供、診療記録の開示をめぐる相談、苦情、及び紛争については、例えば医師会等に専門家等からなる独立した処理機関を設置することも望まれる」としています。

私たちも、開示の例外に該当するとして診療記録開示請求を拒まれた場合、あるいは開示を申し立てたものが開示請求権者ではないとして拒まれた場合等の不服申立機関として、なんらかの第三者機関が必要であると考えます。

しかし医師会は文字どおり医師の集まりですから、診療記録開示を巡る患者側と医療側の紛争について中立的な第三者としての立場をとることはできないと考えられます。現在診療情報の提供、診療記録開示が議論されている背景には、医療の伝統的な閉鎖性があります。開示をめぐる紛争の処理に当たっては医師だけではなく、法律家、識者、市民などの意見が反映されることが必要です。

診療記録開示の法制化にあたっては、診療記録開示をめぐる紛争解決を目的とする中立的な第三者機関を設置し、その機関は医師、法律家、識者、市民によって構成されるものとすることが望ましいと考えます。

4 おわりに

最近医療制度の抜本的改革が叫ばれており、検討会意見書も診療記録開示の法制化を右抜本的改革の一環として位置づけています。

私たちは、医療制度の抜本的改革は「患者の権利」の観点から行われるべきと考えています。しかし我が国には残念ながら「患者の権利」について規定する法律は未だありません。我が国が国民に対して医療の分野においてどのような権利を保障するのか、日本国憲法の保障する幸福追及権及び生存権を、医療の分野でどのように具体化するのかの基本的な考え方を示す法律が存在しないのです。

前述したとおり、さる7月13日には、総合研究開発機構(NIRA)の「薬害再発防止システムに関する研究会」が、患者の権利法の制定及びその内容として患者に診療記録の閲覧謄写権を保障すべきことを提言しています。

今回法制化される診療記録開示請求権は、将来制定されるべき「患者の権利法」の重要な内容の一つです。貴省に対しては、診療記録開示請求権が患者の権利であることを明らかにする法律案を早急に策定されるよう要望するものです。