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医療事故情報センター総会記念シンポジウムに参加して

東京 弁護士  堀 康司

成10年5月30日、名古屋市中区の愛知県産業貿易館に於いて、表記のシンポジウムが開催された。シンポジストは、池田伸之弁護士(名古屋弁護士会)、水野幹男弁護士(名古屋弁護士会)、朝見行弘教授(福岡大学法学部教授)、加藤良夫弁護士(名古屋弁護士会)の四名。聴衆には医療事故情報センター会員弁護士の外、熱心な一般の人の姿が目立った。

シンポジウムの概要

田弁護士からは、まず、各種統計資料の分析から、医療事故及び医療過誤の実数は相当の広がりがあると推定されること、他方で医療裁判が近年さらに長期化する傾向にあることが報告された。米国ハーバード大学の報告によれば、全米で年間18万人が医療事故によって死亡していると推定され、これを日本に引き直すと少なく見積もっても年間の交通事故による死者数(約1万人)を超える人数になると試算されるため、被害者救済システムを構築する必要性は大きいとのことであった。
池田弁護士からは続いて、現状の医療被害者救済システムの概要と問題点が説明された。日本医師会賠償責任保険制度については、給付事例が公開されないなど透明性が欠如していること、各医師の負担する保険料が安すぎるために給付水準が低すぎること等が、医薬品機構による救済システムについては、給付対象者が重度障害に限定されること、給付対象とされない除外医薬品の範囲が広いこと、見舞金程度しか補償されないこと等が、それぞれ問題点として指摘された。

に水野弁護士からは、比較対象となる制度として日本における業務上(公務上)災害の補償システムの概要が説明され、現行の制度では、過労による自殺等の非災害性事案について認定が厳しいこと、審査請求等の審理に長期間を要すること、極めて多額の繰越利益が計上されており保険金が被災者救済に十分充てられていないこと等の問題点の指摘がなされた。

いて朝見教授からは、海外における救済システムの事例として、スウェーデンでは自治体が保険会社と契約して医療行為による損害であれば過失の有無を問わず不法行為と同じ水準の給付を行う制度(患者保険制度)が設けられていること、ニュージーランドでは医療事故に限らず全ての事故について保険による補償が実施される(不法行為に基づく損害賠償制度は廃止された)こと等が紹介された。
朝見教授からは、医師の責任を追及しない制度を設けた場合にはモラルハザードを招くおそれがあるが、責任を過剰に追及する制度を設けると責任を問われることをおそれるあまり不必要な検査等が過剰に行われる可能性のあることが指摘された。

後に加藤弁護士から「医療被害防止・救済センター」構想の概略が説明された。
このセンター構想は、特殊法人として「医療被害防止・救済センター」を設置し、税金や患者の負担金、医療関係者・製薬会社等の拠出金、医療過誤を起こした医師に対する求償金等を財源として、医療事故一般から生じた損害について幅広く補償するというものである。
センター構想では、医療行為などから「著しく意外な結果」が生じた場合には因果関係ありと判断し、過失の有無を問わずにセンターから補償がなされるので、申請から三ヶ月程度で極めて迅速に補償がなされることになる。補償の要否の判定は、専門医の意見を参考として陪審員が合議によって行うものとされている。事故のうち、医療機関の過失が認められるものについては、センターがその医療機関に対して求償権を行使するが、被害者の申請以前に医療機関が事故をセンターに報告し事故の再発防止のために改善策を講じたような場合には、医療機関の責任を免除することができるとされている。この免責制度は、被害者の救済と同時に事故の再発予防が実現されることを狙っている。
財政面については、過失ある事故に対する給付額を年間約120億円、無過失案件も含めた年間の総給付額を約500億円、諸経費を含めると年間約1000億円ほどの資金が必要になるのではないか、と報告された。この数字については、浜六郎氏が日本では無駄な薬剤費が年間約四兆円に達すると述べていることを引用し、十分に実現可能であるとの説明がなされた。

雑感

場からは「いつこの構想が実現するのか」「過去に医療被害にあった人も遡及的に救済されるのか」といった質問がなされる等、センター構想が被害者の強い期待を集めていることがうかがわれた。それは現状の医療裁判に対する深い失望の裏返しである。
センター構想に対しては資金面や組織面について様々な意見、異論があることが予想されるが、これまでの常識にとらわれない自由な発想で建設的に議論を進め、迅速な被害者救済を実現する枠組みを考えていくことが急務であると感じられた。

なお、センター構想の概略については、中日新聞平成九年九月三日付夕刊記事「ニュースの追跡」を参照されたい。