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書評 払いすぎた医療費を取り戻せ! 勝村久司 編著 主婦の友社刊

小林 洋二

こうしてレセプト開示は実現した!

患者の権利をめぐっていろいろな方面から前進が見られる昨今ですが、制度的に実現した最も大きな成果は、このレセプト開示です。その立役者が勝村さんであり、勝村さんからは「けんりほうニュース」にも何度か原稿を頂きました。
この本の最後の章「ドキュメント・厚生省交渉」には、勝村さんがレセプト開示運動に取り組むようになったきっかけから、それが実現するまでの経過がまとめられています。ごく簡潔な短い章ですが、開示を拒絶する共済組合の理不尽さ、約束をすぐ反故にする厚生省の不誠実さ、それを突破していった運動の粘り強さは十分に伝わります。勝村さんをはじめとする厚生省交渉団の方々に深く敬意を表したいと思います。  

懇切丁寧なマニュアル

この本のサブタイトルは「レセプト開示&チェックのための完全マニュアル」というものですが、まさにそのとおりの内容です。レセプトとは何であるか、それを手に入れるためにはどうすればいいのかといった基本的なQ&Aからレセプトをチェックするための図解まで、実に懇切丁寧!「レセプトなんて見せてもらってもどうせ分からない」と思っている患者さんも多いかと思いますが、この本一冊あれば心配ご無用というところでしょう。そればかりではなく、このQ&Aを読むと、これまで分かりにくいと思っていた保険医療のシステムがすっきりと頭に入ります。要するにお金の流れで考えれば分かり易いのだな、と改めて納得します。

「払いすぎた医療費を取り戻せ」とは?

ところでタイトル「払いすぎた医療費を取り戻せ」が意味するところは、医療関係者にはピンとくるでしょうが、一般市民には分かりにくいかもしれません。
レセプトというのは医療機関から社会保険支払基金などの支払機関に出された請求書です。支払機関はこの請求を審査してそのまま支払ったり、場合によってはいろいろな理由で減額して支払います。レセプトが開示されると、そのレセプトで請求された診療報酬が減額されているかいないかが患者にも分かります。
ところで患者は診療報酬のうちの2~3割を自己負担分として医療機関の窓口に支払っています。支払機関が審査して減額したのであれば、この自己負担分の2~3割も本当は支払う必要がなかったのではないか、その分は過払いとして医療機関から払い戻してもらえるのではないか、取り戻せるものはきちんと取り戻そうというのがこのタイトルの意味です。

「冷静さを忘れないで」

厚生省はこの点については「当然払い戻しになる」と解釈しているようです。この厚生省見解は最近新聞でも報道されましたから、医療機関の中には相当神経質になっているところもあるかと思います。
しかしこの本の立場は厚生省見解よりもずっと冷静です。この本のタイトルを見たお医者さんは、タイトルだけでうんざりして内容を読まないことも考えられますので念のために本文を引用しておきましょう。
「くれぐれも注意してほしいことは、レセプトが減額されていたからといって、頭から不正・不当請求と決めつけ、病院の窓口で○○円返せと一方的に要求するのではなく、病院側の言い分に耳を傾ける冷静さを忘れないでいただきたいということです。」
「現行の保険制度下では、患者に対して手厚い治療を行った医師や医療機関が、過剰診療を行ったとして、経済的には損をしてしまうことがあり得るのです。もちろん、保険点数を稼ぐために、不必要に薬漬け、検査漬けの濃厚診療を行う医師も少なくありませんが、それと良質な医療行為とは、峻別しなければなりません。良質な医療サービスの恩恵を被ったにもかかわらず、審査で減額されたかたという理由で、なんでもかんでもやみくもに返還請求することがいいかどうか、皆さん一人一人が良識で判断してください。私としてはゴネ得はお勧めできません。」

あまりにラフな厚生省見解

若干書評から外れますが、この「当然払い戻し」という厚生省見解についての私の意見を簡単に述べておきたいと思います。
まず支払機関が減額査定するのにはいろいろな場合がある、ということを理解する必要があります。明らかな架空請求、過大請求が減額されるべきは勿論です。このような理由で減額されているのであれば、患者も当然払い戻しを請求するべきでしょう。しかし医療機関が患者のために本当に必要であると考えて行った治療について、医療費削減という経済的な観点から減額するような場合もあるのです。このような場合、厚生省が患者に対して「払い戻してもらえ」と勧めるのは厚生省の医療費削減政策を貫徹するためには有効な作戦ですが、患者がそれを真に受けてやみくもに払い戻しを請求するようなことになると、真面目な医療機関を窮地に追い込んで患者自身の首を絞めることにもなりかねません。この本が「冷静さを忘れないで」と呼びかけているのはその点だと思います。
また純粋に法律的な観点から見ても二つほど問題があります。
まず一つは支払機関の減点は支払側の言い分に過ぎない、という点です。支払機関が正当な診療報酬であると認めなくても、医療機関としては正当な診療報酬であると考えている場合はあり、どちらが正しいか決着をつけるとすれば裁判するしかありません。減点したのが誤りであったという裁判例も実際にあります。支払機関の減点が当然正しいという前提に立つことはできないのです。
もう一つは、仮に支払機関の減点が正しいとしても、医療機関が患者に払い戻すべき金額は、原則として医療機関が実際に利益を受けた分に限られるということです。ある程度の治療や検査が実際行われていれば、それには当然費用がかかっていますから、医療機関が窓口で受け取った2~3割の自己負担分が、実際かかった費用を上回るかどうかが問題になるわけです(但し医療機関がはじめから不必要であると分かっていてその治療や検査をしている場合は受け取った全額を返還する必要があります)。
このように考えれば、「当然払い戻し」という厚生省見解はあまりにもラフなものです。一口にレセプト減額といってもいろいろな場合があって、法律的に言えば「払い戻しを請求できる場合もあればできない場合もある」というのが正確なところではないでしょうか。

お医者さんも読んで下さい

一番大切なことは、患者がレセプトを手に入れ、不審な点があればレセプトを持参して堂々と医師に聞きに行くこと、それを通じて医師と患者との間に真の信頼関係が醸成されることだ、とこの本は述べています。まさにそのとおりではないでしょうか。
私はレセプト開示を求める市民にだけではなく、是非とも医療関係者にこの本を読んでほしいと願っています。そして情報を開示しないことによって保たれるような偽りの信頼関係はもう存在し得ない、それが存在し得た時代はレセプト開示によって決定的に終わったのだということを自覚していただきたい。その自覚こそが、来たるべきカルテ開示を実りあるものにし、新たな医師と患者の関係を築き上げる基礎になる、と私は考えています。